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露都雑記
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露都雑記
二葉亭四迷
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 2 of 2

二

ネミローウ※チ、ダンチェンコ氏が東洋漫遊より帰らるゝや、旧情を温め旁々一夕僕は氏をニコラーエフスカヤの其の宅に訪うた事がある。其の時既に先客があつて頻りに感心して氏の日本談を聴いてゐる所だつたから、僕も他人の興を妨げるでもないと思つて、挨拶が済むと、黙して矢張り氏の日本談を聴く身となつた。按るに氏は決して雄弁家ではない、いや雄弁家の沈着を欠く。感じ早い氏の頭に驚くべき速力を以て僅少の時間内に弥が上畳み込んだ日本の百千の印象が今其の一端を抓んで引越して見ると、ぞろ/\と釣し柿のやうに連がつて際限なくめくれて来るから、氏は殆ど始末に窮せられるらしい。其結果狼狽せられる、で、今山の話をしてゐられるかと思ふと、忽ち川の話になる。それもドブンと不意に川に陥つたやうに其話に移るので、聴手は一寸呆気に取られてゐる中に、話は一蹶して向岸に躍り上つてしまふ事がある。

僕は氏の日本談に横槍を入れるどころでなかつた、流石に意見を異にする点もないではなかつたが、それを言はうと口をむくつかせてゐる中に、話が狂奔して別事に移るから、此方も喘ぎ/\走つて其の尻に附く、なか/\口を開く暇がなかつたが、其の中にフト例の異人馬鹿の話になつた。

其の時ダンチェンコ氏は僕を顧みて、ニツコリして、

「この彼得堡でそんな悪口を聞く事は無いでせう?」

無論ないといふだらうと予期してゐられたのだらう。僕が有るといふと、眼を円るくして、

「え、有る?……」

「有りますとも、不断の事だ!……」

「そ、そ、それは怪しからん! どんな悪口を?……」

それから僕は此の地着以来の経験を語つた。

僕は元来散歩嫌ひの男だが、こゝへ来てから急に散歩好きになつたのぢやない、部屋の構造が冬向一方だから、空気の流通が頗る宜しくないので、外出して比較的新鮮の空気を呼吸せざるを得んのだ。しかるに外出すると、毎度悪口を言はれる、外出の方面によつては、出る度といつてもよろしい。

人の面をぢろ/\視て「支那人が通る」は無礼に相違ないが、まづ悪口の部には入れない。が中には図星日本人と看て取て、ヤポーシカが通るといふ。ヤポーシカとは我国の露助と同格で、日本人の賤称だ。複数だとヤポーシキとなる。之をヤポンスキイと間違へて単に日本人の事だと思ふ人が露語を知らぬ人に多いやうだが、大間違で、ヤポンスキイとは日本のといふ形容詞で日本人の事でない、日本人の事は露語ではヤポーネツといふのだ。

(明治四十二年三月十七・十八日)

●図書カード

Chapter 2 of 2
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