Chapter 1 of 1

Chapter 1

人生凡そ金の無い程つらい事はない

人間凡そ米の無い程なさけない事はない。

あたしゃ機械のブラケットのから生れた無籍女さけれども人なみに何か世の為めに尽くしてみたくなって始めたしょうばいがこれだよ妻を買う金も無い貧乏な労働者に最も安値で飯のつぎに必要なものを供給することは簡易食堂や無料浴場より少しは重い社会奉仕

あたしゃ随分やすく売ったねえひとが二枚半とるところは一枚それも無い者にはオブ代だけで殆ど無制限に提供したよおかげでオヤジからは何時も叱られどおしたまに有る奴からウントしぼってもうまい汁は皆な吸われてしまう

ところが、その報いは結核性痔瘻と梅毒の硬化ええ! 肛門も何も滅茶苦茶だおまけに感覚はすっかり痲痺なおその上に拘留と罰金さそれを宣告した巡査が、二度もあたしを買いに来たよ

でも、尻をおさえながら我慢して稼ぎ漸く痔瘻と梅毒の手術代を儲けて医学博士の病院へ入院さ

何のことはない魚の料理ガラスの手術台へ素っ裸にして乗せられ手も脚も縛って目隠しを当て

メス、※法ガーゼ、テジタイ(物理学の「音」その儘な医者の声)

じりじりっと肉が焦げたらお終いだドクトルの労賃はまた素的に高い

腰髄魔睡が醒めると皮をはぐような疼痛看護婦の眼は冷たく氷色の侮蔑 淫売婦、狐、畜生しょうばいの罰だ、といっている院長先生医学博士は、過ぎし日あたしが持った杼と同じようにあたしの体を只だ一個の器械としてより以上には取り扱わない工場主と魔窟のオヤジと院長とそこにどれ丈けの距たりがあるね?

ためたお金では傷口の肉がまだ二分の一しかあがらず退院した時にゃ腰のきれない程の借金で、それを返す為めの詮方ない荒稼ぎさ(廉売は必然止しこねえ)ところが、三つき目の今日は早もと通りで再び病院へ奉公しなきゃもう持ち堪えん

これがあたしの考えた犠牲的奉仕の報酬だってさええ! くそ癪に触わる群がる鴉どもに此の腐肉をつつかせて(消毒もせずに其の儘)羅馬の滅亡でも偲ぼうかなあ……

――五月二十二日、淫売窟に近き小工場にてペレスを廻わしながら――

(一九二六年七月改造社刊『無限の鐘』を底本)

●図書カード

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