一
ドレントン・デン特派員がニューヨークポスト紙の編集室へぶらりやってきた。両手をノーフォークジャケットに突っ込み、口端に巻煙草を噛み、捨てる気などさらさらない。
相手のお偉方は短い煙管をくわえ、上着もチョッキも着てない。でもペリグリン・プライド編集長は大物だ。いつかは社長になれるかも。だが、好きなのはこの世で一番洗練された新聞を牛耳ることだ。
「やあ、戻ったか」
と編集長が声をかけた。
デンが割り込んで、
「キューバからです。高くつきましたけど、面白い記事を二本持ってきました。費用検査はまっぴらですよ」
斜にかぶった汚い藁帽が左目にかかっている。
「金なんかくそくらえ。ネタさえ持ってくればいい。とにかく戻って嬉しい。あの犬は君のか」
デンがうなずくと、指さす方に、もじゃもじゃの牧羊テリア犬が椅子の近くで丸まっていた。
「名前はプリンス。話す以外何でもできます。我々より優秀ですよ。で、仕事は?」
「はっきり言えば、度胸と勇気がいる。危険は君の大好物だよな。当然放火団は知ってるだろ。知らない? そうか、とにかく承知の通り、ニューヨークの年間火災件数は、まあロンドンの比じゃない。噂を時々耳にするが、悪党組織があって、火付けを請け負い、結果として全焼を傍観し、何も手が打てない。当然、にせ在庫に保険を掛けており、保険会社から金をだまし取る」
「それが本当かどうかの調査ですね」
「おう、そういうことだ。一味の一人がここで喋った。ちょっとした情報にも部長級の五百ドルを払う。安いもんだ」
「なぜ奴はタレこまなかったのですか」
「サツはやる気がないからだ。しかもここへ来れば金になるし、復讐もできる。奴の名はジェイコブ・リスキだが、一味と喧嘩して仕返しをしたかった、つまり我社に暴露してほしい。特ダネの材料がいっぱいあるぞ。君が暴いてくれ」
デンが食いついた。全ての材料がそろい、ヤマは面白そうだし、何はさておき記者冥利に尽きる。それにデンは冒険の為ならいつでも晩餐を犠牲にする覚悟だ。根っから危険好きの為、特派員の至宝となった。
ポスト紙が暴露記事に専念するとき、金は二の次だ。藁帽を斜にかぶったままデンが素早く考えを巡らした。
「ドイツユダヤ商人に化けます。にせ在庫と高額保険を仕立ててください。保険業者と掛け合ってうまくやってください。すぐ、リスキを呼んで会わせてください」
一日か二日のうちに準備が整った。ニューヨーク郊外で見つけたユダヤ紳士がドイツへ帰りたがっており、借家と在庫を処分してくれれば謝礼を払うという。
保険業界は当然、放火団に付け込まれない物件なら契約する。デンの変名であるニコラス・メイヤに対し、高額の保険証券を発行するのみならず、期間を三年に限定し、保険料を全額要求し、領収書を切った。
デンは新しいお店を数日ほっといた方がいいと考え、そのあと次に進むことにした。商売にはちっとも困らない。だって何もないもの。そして六日目の晩、暗くなって垂込屋のジェイコブ・リスキが現れた。
背が低く、眼がぎらぎら邪悪で、流ちょうな話ぶりは生来の役者だ。数時間以内でリスキは、すぐ行動を起こしてくれとデンに告げて、こう締めた。
「これ以上協力できない。モーゼス・パート一味のアジトを教えよう。やり方さえ分かれば簡単なはずだ」
俺なら現場で衝突せずうまくやると、あわててリスキに確約した。
一時間後、周到に変装し単身で潜りこんだ。場所は不潔なバワリー街の酒場だった。
じっくり、目当ての男を探し始めた。そもそも奴らは極度に用心深く、疑い深い。だがデンはゲームの達人。夜が明けないうちに奴らに印象付けた。自分も同じ悪の狢という雰囲気だ。
一晩か二晩おいてデンは思い切って酒場へ出かけた。モーゼス・パートは片目で強面のならず者、これが手掛かり。放火団は全部で五人だった。大体こんな野郎など想像すらできまい。
デンが奴らの手口を笑って聞きながら、ぐっと押し殺した衝動は、拳銃を取り出し、その場で奴らを始末してやりたい。奴らの話が本当なら、これまで保険会社は何百万ドルも奪われたに違いない。多くの火事で焼け死んだと大っぴらに自慢している。
デンがおずおず言った。
「俺のブツにも油をつけてもらいたいな」
モーゼス・パートが耳をそばだて、
「何を持ってんだ? ああそういえば来てたな。最初の晩ここにいたろ」
と食いついてきた。
デンは店がティファニー通りにあると認め、現物在庫はないが、昔は繁盛したなどと、小指をぴくぴく曲げて喋った。
「保険証券はあるのかい」
とパートが猫なで声で訊いた。
「一万ドルだ。三年物で、保険金は支払い済みだよ。見てくれ」
パートの片目が宝物を前にギラリ。まさに思うつぼ。それに三年物の保険証券は放火団に久々のお宝だった。
「おめえ、金はもらったも同じだ。半分はおめえ、残りは俺達だ。だがな、過信はしねえ。まず、おめえの在庫品と保険証券を俺の仲間に渡しな。そうすればやってやる。あした暗くなったら、おめえの店に行って段取りするぜ」