一
「獲物の山分けには間に合ったが、銃撃戦には遅すぎたな」
とデンが言った。
デンの指し示す先に恐ろしい光景が、相棒のハウスマンの前にあった。敏腕記者デンはかつてキューバ取材でちょっぴり残酷な場面を目撃したけど、身の毛がよだつのも無理はない。一方の相棒のハウスマンは草ぶき小屋の陰に倒れ込んでいた。大きな手足も今や単なる飾りに過ぎない。
ハウスマンがあえいだ。
「キニーネをくれ。ああ、ひどい吐き気がする」
デンが四〇ポンドもする元気の素キニーネ粉末をたっぷり渡すと、相棒のハウスマンがゴボッゴボッと吸い込んだ。渇いた喉には痛かった。
二人の肌はかさかさに乾燥し、周囲の暑さと言ったらボイラーなみ、日陰でも温度計は摂氏五〇度を指している。
デンが感情を抑えて言った。
「男を上げる良い場所だ。君の弱点は、こんなへんぴな所で病気になることだな。俺を見ろ」
ハウスマンがうめいた。
「お前は赤毛の野獣だ。力が出せたら殴りたいぐらいだぜ。せめて一杯の水があればなあ……」
「俺達は水を探しに来たんじゃない。ここへ来たのは象牙のためだ」
ハウスマンが弱った腕を振って、おおざっぱに村の方を指差した。それなりに大きい村であり、小屋が百~二百戸ばかり、滑稽な祈祷所が二棟、酋長の宮殿が一棟。柵で村を囲っている。
どの小屋の杭も、先端が尖り、黄色い色をしており、太陽の地獄火に照らされて、きらきら光っている。祈祷所や宮殿すら、尖った黄色い杭で創られている。
ハウスマンがぶつぶつ言った。
「あれだ。忌まわしい突起の一つ一つが無傷の象牙だ。お前のたわごとじゃなく、正真正銘の象牙だ。少なくとも数万本、重さにして五百トンあるぜ。一杯の水で俺の分をくれてやらあ」
ハウスマンがキニーネを噛んでうめいた。六週間、デンと一緒にコンゴ自由国の周辺をうろつき、本物の宝庫を探してきた。
二人の見るところ、ブリュッセルにあるキング・レオポルド社の人間が、この象牙村を嗅ぎつけた気配はない。
この村のことは現地人から聞き出したのだが、なかなか本当のことを言わないものだから、ジン酒を二本、特許品の肉切り包丁一本を取引に使った。
現地人のラマニが同意し、ハウスマンを村に案内した藪道は残忍なベルギー人に知られておらず、確実に取引が成立するはずだった。
そこにデンが一緒に行くと飛びついた。デンが言うに、コンゴ川のボマ周辺に重大な不正があり、夏期は記録的な灼熱地獄になり、これにたっぷり薬味を振りかければ、自社新聞の部数を増やせるし、それに自分には自由裁量権があるとか。
ハウスマンはデンみたいな相棒なら反対しなかった。
六週間、深いシャズ森の周りを進み、常にユニユニ火山の頂を見る位置にいた。この火山は今も、いや何年も眠っており、シャズ森が眼前に広がっている。ハウスマンは森を近道したが、現地人のラマニは身震いし、その訳を言わなかった。おそらくオビとか、そんな想像上の野獣だろうと、ハウスマンは思った。
そしていまついに象牙村に着いた。国境を越えたのは、ラバ隊列、大量の荷物、たとえばマンチェスターの商品、バーミンガムの宝石、それに現地人が十数人、及びラマニだ。
これら豪華な隊列の内、残っているのは白人二人と、ウィンチェスタ銃二丁と、弾薬の一箱だけになった。でもいま着いたこの村の住民なら、強いラム酒や狂信的な宗教に毒されていないから、たぶん友好的だろう。
おそらく、うさん臭い契約で象牙はここコンゴへ運ばれてきたのだろうが、二人の名声は言うに及ばず、運命も決まるはず。
新聞には誠に好都合な事件だが、残念ながら残酷な現実は認めがたい。かつて笑いに満ちていた平凡な村はいまや滅亡している。
通りに散らばる骨の山、恐ろしく露出する骸骨の忌まわしい姿は男、女、子供。無残に大虐殺されている。ばらばらになった骨は白化し、無慈悲な太陽に焼かれている。何百羽もの灰色ハゲワシが空中に舞い、不意に近づけば死体からハエのように飛び上がる。村は巨大な死体安置所だ。死臭や悪臭はない。ハゲワシが片づけたからだ。
おそらく大量殺人から数時間しか経っていないだろう。どこにも人がおらず静かだった。空に太陽がブロンズみたいに耀き、熱を放射する様は、さながらマスケット銃で一斉射撃をするかのよう。
「銃撃戦には遅すぎたな」
とデンが繰り返した。
デンならどんな悲劇も茶化しかねない。ハウスマンをいらだたせると同時に元気づけた。キニーネが効いてきた。
ハウスマンが言った。
「いいか。この恐ろしい仕業には原因があるに違いないぜ」
デンが探りを入れた。
「内輪もめか。部族間の些細な口論か」
「たぶん部族だ、でも、なぜだ? 午後に立ち寄ったどころの騒ぎじゃないぜ。あたりを調べて、何か見つけろ。こんな気候は日没まで耐えられん、日が暮れたら手持ちの服を着る。もし、水の入ったひょうたんか革袋を見つけたら――」
デンが調査に出発した。デンは肝の据わった男であり、かつての調査以上に気を引き締めた。村民の大虐殺が余りにも完璧だったので、犬一匹すらいない。少しぞっとしながらも好奇心を持ち、歯をむいている頭骸骨を二、三個調べていると、ある事実が分った。
「べらぼうめ、撃たれている。目に見える以上の何かがあるな。この襲撃は白人に主導され、腹黒い目的で行ったようだ。こんなひどい気候だから、おそらく個人的な勢力拡大だろう。おや、この頭骸骨は――」
頭骸骨に食い込んでつぶれた弾丸を詳しく調べていると、パン、グシャッと音がして頭蓋骨が手から転がり落ちた。
デンがウィンチェスタ銃をひっつかんで、硝煙跡に向けて反撃した。小屋の華奢な外壁に数十発撃ち込むと、腐ったチーズのようにズタズタになった。そのとき、誰かがまともな英語で、やめてくれ、と言った。
デンが命令。
「出てこい、姿を見せろ」
男が四つん這いで小屋から出てきた。見れば、顔はギニー金貨のように黄色、邪悪で、しわだらけ、脂ぎっており、鼻は、まさかりのよう、ぼさぼさのあごひげは古いシルクハットの毛羽のよう。
デンが吠えた。
「両手を挙げろ」
男が従い、デンの指示で静かに前進した。デンの鋭い目は男の尻ポケットが膨らんでいるのを見逃さなかった。説得して、拳銃を渡すように迫った。しぶしぶ拳銃を渡した。デンが自分のポケットに入れて、言った。
「小屋へ戻れ。お前はシャレオツな家主じゃないが、背に腹は代えられない」