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茗荷畠
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茗荷畠
真山青果
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 2 of 7

二

湯村はこの日、朝ツから癇が立つて、妹ばかり叱つて居た。塩鰺の塩加減、座敷の掃除、銅壺に湯を断らしたの、一々癪に触る。襦袢の洗濯を忘れて居たのでは、妹が泣出すほど叱り付けてやつた。「馬鹿、不親切極る、何を着れば好いんだ。如何に田舎者だつて、それ位の注意が出来んで何うなる。」と散々毒づいて見たが、妹は病上りの蒼い顔して黙つて俯向いてばかり居るので、終にはじれ出して、「こんな事ぢや所詮駄目だ。下女を一人傭はう、幸ひ先生から話がある。然うすりやお前達はお客さまになつて、三度々々あげ膳で喰はれる。」とまで突込んだ。これだけはと思つて居たのに、到頭口へ出して了つた。果して妹はオロ/\声で謝る。気の付かない所は改めるから、今日の所は勘弁して下さい。「今下女なぞ置かれては、私共お気の毒で、御厄介になつて居られません。」と、畳へ手をついてシク/\泣く。でも湯村は、「駄目だ/\、そんな不親切な兄妹の世話になるより、金で傭つた他人の方が幾ら好いか知れない。」と云ひ/\書斎へ引込んだ。妹が襖越しに切りと謝るのに返事も為ない。

妹婿が商法上の失敗から、夫婦して湯村の家へ寄つてから最う三月近くになる。気の小さい二人は、「済まない/\。」と、口癖に云つては居るが、さて恰好な仕事口も無いので、兄の筆耕をしたり、走使なぞしてブラ/\日を送つて居る。常の湯村はたゞ鷹揚に、「何有、喰べる位の事なら何時まで居ても好い、ユツクリ勤口を探すさ。」

と然う云つて慰めて居る。妹と云つてもこれは早くから里子に行つて居て、里子流れに先方へ取られたのを、ツイ四年前に返つて来たのゆゑ、自然湯村とは兄妹の情愛もうすい。教育も受けず、生れたまゝに育つて来たのだ。婿はもと湯村の故郷仙台に銀行員の頃、伯母の世話で一緒にしたのだ。生れは東京の者である。今朝仕事口を探しに家を出た限未だ帰つて来ない。下町に親戚があるから、大方そこへ泊る気かも知れぬ。

まづい晩飯を済まして、湯村は独り縁側に寝転んで居た。仕事の机へ向ふ気も無い。酒屋と魚屋は月末の勘定を延して居る事ゆゑ、是非書かなければ約束の五日の間に合はぬと思ふが、それでも筆が取れない。書き掛けの分など仕上げねばならぬのだが、それも厭である。遊びに行く所をとも思つたが、面白い話のありさうな所も無い。K―先生からは絶交状が来て居る。辰馬が家を持つたと聞いたが、何れあれも今度の絶交一件に関連して居るだらうから、尋ねて行くのも変なものだ。それに、第一まだ宿所の通知も無い。

K―先生に絶交状を附けられたのは最う度々の事で、他に話しても、「又ですか。」と笑はれる。感情の強い人ゆゑ、些とした事で騒ぎたてるが、直る事もすぐ直る。十日か十五日も遠ざかつて居ると、直ぐ迎の人か、手紙が来る。この前、後の月の晩、酒の上から同門の誰彼を捉へて、ひどい暴言を浴せかけた際も、その時は大した立腹であつたが、ものの一月と先生の強情はつゞかなかつた。今度だつて数は知れて居る。事柄が事柄だ。根も葉も無い蔭口が新聞へ麗々しく出たのでそれを湯村の悪戯と察して怒つただけだ。日を腐らした上、此方から謝つて行けば何の事なく収るに相違ない。そして又些と酒が廻つて来ると湯村の手を握つて、「憎い奴だ、君のやうな面憎い男は無い。今度こそ今度こそとは思ふが、別れて見れば寂しい、何しても別れる事が出来ぬ。君とは全く腐れ縁と云ふんだらうね。」と斯う云ふのも見え透いてる。無論気にする程の事では無い。

然し、とも湯村は思つた。現に二十三日の晩、最後に会つた時でも別に変つた様子は無く、常の如く快く飲んで別れたのに、踵なぐりに十日と経たぬ昨日、唯あの新聞記事だけで絶交するとは可笑しい。何か無ければならぬ、と考へた。自分の態度のあまり強情なのも癪に触つたらう、事を好んで好く面倒事を引起すのも癪に触つたらう。近頃遠々しくして居るのも癪に触つたらう、と思つた。然しそれだけでは足らぬ。何かある、何かあると切りに考へた。

湯村はボンヤリ空を見上げた。行く夏の夕、静けさは水のやうである。

Chapter 2 of 7
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