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人口論 03 第三篇 人口原理より生ずる害悪を除去する目的をもってかつて社会に提案または実施された種々の制度または方策について
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人口論 03 第三篇 人口原理より生ずる害悪を除去する目的をもってかつて社会に提案または実施された種々の制度または方策について
マルサストマス・ロバート
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 10 of 23

第四章 移住について

平等の擁護者が一般に考えているような完全な社会においては、移住の方策などは問題にされないと思われるが、合理的に期待し得る唯一の社会たるすなわち不完全な進歩の状態においては、それは立派に吾々の考慮に入れ得よう。そして人類の勤労は地球上のあらゆる国民を通じて同時に最良の指導を受け始めることはあり得ないから、耕作がより進んだ地方に人口の過剰が生じた場合には、当然に行われる明白な救治策は、未耕地方への移住であると云われるかもしれぬ。かかる地方は面積は広大で人口は稀薄であるから、この方策は、一見したところ、適当な救治策であり、または少くとも人口過剰の害悪を遠い将来に移すことが出来るように、見えるであろう。しかし経験と、世界の非文明国の実情とに徴するに、それは適当な救治策というが如きものでは決してなく、単に一時の姑息手段にすぎないことが、わかるであろう。

新開地の植民について吾々の受けた報告によれば、最初の移民が闘わねばならなかった危険や艱難や辛苦は、彼らがその母国において遭遇したことと想像出来るものよりも、更に大きいように思われる。一家を養育する困難から生ずる不幸を避けようというだけのことで、利得欲とか冒険的精神とか宗教的情熱とかいうもっと強い情熱がこれを指導し鼓舞しなかったのなら、アメリカの新世界は長い間ヨオロッパ人の移民を見なかったことであろう。かかる情熱は当初冒険者をして一切の障害を克服せしめたのであるが、しかし多くの場合、その手段は人類をして戦慄せしめ、移住の真目的をくじくものであった。今日のメキシコやペルウにおけるスペイン系住民の性質如何は別として、吾々は、これらの地方の報告を読むときには、亡ぼされた人種の方が、道徳的価値においても数においても、その破壊者たる人種よりも、優秀であると、痛感せざるを得ないのである。

英蘭人が移住したアメリカの諸地方は、人口が稀薄であったので、新植民地の建設により適当していたが、ここですら最も恐るべき困難が生じた。サア・ウォルタ・ロオリが創始しデラウェア卿が建設したヴァージニア植民地においては、三つの企画が完全に失敗した。第一囘の植民の約半数は蒙昧人に滅ぼされ、その残りは疲労と飢餓に困憊し、国をすてて失望の裡に帰国した。第二囘の植民は何かわからぬ事情で最後の一人まで滅ぼされてしまったが、たぶんインディアンに殺されたものであろうと想像された。第三囘も同じ惨澹たる運命に陥り、そして第四囘のものは、飢饉と疾病のため六箇月間に五〇〇人から六〇人に減ってしまい、この残りのものは、飢えに瀕し絶望して英蘭に帰るところを、チェサピイク湾口で、彼らを救護するため食料その他あらゆるものを積んだ船隊を率いてきたデラウェア卿に出合ったのである1)。

1) Burke's America, vol. ii. p. 219. Robertson, b. ix. p. 83, 86.

ニュウ・イングランドの最初の清教徒移民は少数であった。彼らは悪い季節に上陸し、しかし自分の私財だけが頼りであった。冬は早く襲来し、恐ろしく寒かった。この地方は森林で蔽われ、長い航海に病み疲れた者を励まし幼少者を養うべきものは何も与えなかった。約半数は壊血病と欠乏と厳寒のために斃れたが、生き残った者はその困難に意気沮喪せず性格の力と宗教的迫害から逃れたという満足感に助けられて、この蒙昧国を漸次愉快な生活資料を産する国としたのである1)。

1) Burke's America, vol. ii. p. 144.

後に異常な速度をもって発展したバルバドウズの植民地でさえ、最初は、全く荒凉たる国、極度の食料不足、異常に大きく固い樹木を伐採開墾する無数の困難、第一囘のがっかりするほど少い貧弱な収穫、及び英蘭からの緩慢な不安な食料の供給などと、闘わなければならなかった1)。

1) Id. p. 85.

ギアナに即時有力な植民地を建設しようとした一六六三年のフランスの計画は最も惨澹たる結果を伴った。一万二千人は雨季に上陸し、天幕と惨めな小屋に居を占めた。この状態で、逼塞し、生活に疲れ、一切の必要品に欠乏し、そして粗悪な食物から常に生ずる流行病に襲われ、怠惰が下層階級の間に生ぜしめる不規律に陥って、彼らのほとんどはあらゆる絶望の恐怖の中に死亡した。計画は完全に失敗した。体躯強健にして酷烈な気候と窮乏とに堪え得た二千人は、フランスに連れ帰られた。そしてこの遠征に費された二六、〇〇〇、〇〇〇リイヴル(訳註)は全然失われてしまった1)。

1) Raynal, Hist. des Indes, tom. vii. liv. xiii. p. 43. 10 vols. 8vo. 1795.

〔訳註〕この数字は第二―三版では二五、〇〇〇、〇〇〇となっている。

ニュウ・オランダのポオト・ジャクソンの最近の植民地において、その初期移民が自給自足に至るまで闘わなければならなかった数年間の困難について、コリンズは陰惨悲痛な描写をしている。これらの困窮は疑いもなく移民の質が悪いためにいっそう増大されたのであるが、しかし新開墾地の不健康、最初の収穫の失敗、遠い母国からの供給の不確実などによる困窮は、それだけで移民の意気を沮喪せしめ、未開国の植民に当っては多大の資源と不抜の忍耐心とを必要とすることを、痛感せしめるのである。

ヨオロッパ及びアジアのもっと人口稀薄な地方に植民地を建設するには、明かに更により大なる資源が必要であろう。これらの地方の住民は強くて好戦的であるから、移民がたちまち全滅しないようにするには、大きな兵力が必要であろう。最強国の辺境諸州でさえ、かかる不穏な隣人の侵入を防衛するのは非常に困難であり、耕作者の平和的な労働は彼らの掠奪侵入によって絶えず妨害されている。ロシアの先女帝カザリンは、ヴォルガ河附近の地方に建設した植民地を正規の要塞で保護しなければならなかった。そしてその臣民がクリム韃靼人の侵掠を受けて苦しんだので、女帝はこの、おそらくは正当な口実に基づいて、クリミア全部を占領し、擾乱的隣人の大部分を駆逐し、残りのものをもっと平穏な生活法を採用せざるを得なくさせたのである。

最初に植民地を建設する際に、土地や気候や適当なる便宜品の欠如から生ずる困難は、これらの地方でもアメリカでもほとんど同一である。イートゥン氏はその『トルコ帝国誌』Account of the Turkish Empire. において曰く、七五、〇〇〇人のクリスト教徒はロシアによりクリミアから移住させられ、ノガイ韃靼人が抛棄した地方に送られたが、しかし家が出来ないうちに冬となり、その多くのものは、地中に穴を掘り、何でも手に入り次第これで覆いをして住む外に、棲家とてなく、その大部分は死んでしまった。数年後にはわずか七千人しか残っていなかった。もう一つの、ボリステネス河両岸に作られたイタリア植民地の運命もこれと同様であり、それは彼らに物資を供給すべき任にあるものの処置不良によるものである、と。

新植民地で経験される困難はすべてほとんど同様であるから、こうした事例を加える必要はない。フランクリン博士の一文通者は次の如く述べているが、これは正当である。曰く、ヨオロッパの諸列強が莫大な公私の経費を投じて植民地を作ろうと企てながら頻々と失敗している理由の一つは、母国に適する道徳的技術的習慣は往々にして新植民地には適せず、また多くは予見の出来ぬ外部的出来事にも適しないということであり、そして英蘭の植民地はいずれも、必要な風習がその地で発生し発達するまでは、それほど大きくならなかったことは、注意すべきことである、と。またパラスは特に、ロシアが建設した植民地に適当な習慣がなかったことが、その発達が予期されたように急速でなかった原因の一つである、と述べている。

これに加うるになお、新植民地の建設当初は、一般に人口がその現実の生産物よりも遥かに以上の場合に属することも、注意してよかろう。そしてその自然的結果として、この人口は、母国からの供給を受けない場合には、その建設当初に、最初の僅少な生産物の水準まで減少され、そして残存人口が自己の生存に足る以上の量の食物を産するほど土地の耕作を拡張するまでは、永続的増加を開始しないであろう。新植民地の建設がしばしば失敗する事実は、人口と食物との先後の関係を力強く証示する傾向がある。

従って、過度に急速な人口増加から生ずる災厄を主として負担する階級は、おそらく遠隔の地に新植民地を創設し得るものではないことを、認めなければならぬ。彼らは、その境遇の性質上当然に、成功を保証するただ一つのものたる資本を有たぬはずである。そして、貪欲か冒険心かまたは宗教的政治的不満に駆られた上流階級者の中から指導者を見出し得るか、または政府から資力や援助を受けない限り、自国において生活資料の不足にどれだけ苦しもうとも、彼らは、地球上にこんなにたくさんある未墾地のいかなる部分をも絶対に所有し得ないであろう。

ひとたび新植民地の基礎が確定すれば、移住の困難はなるほど著しく減少するけれども、それでもなお渡航の船を用意し、また移民が定着してこの新国で職業を見出し得るまでの支給や助力をするために、多少の資力が必要である。政府がかかる資力を与えるべきどれだけの義務があるかは問題であろうが、しかしこの点に関する政府の義務の如何にかかわらず、何か特別な植民地利益が提供された場合の外は、おそらく政府が移住を積極的に奨励すると期待するのは行きすぎであろう。

しかしながら運賃や生活費はしばしば個人または私設会社によって提供される。アメリカ独立戦争前多年の間、またその後数年間、この新大陸への移住の上の便宜と、それから得られる利益の見込とは非常に大きかった。そして疑いもなく、いかなる国にとっても、その過剰人口に対するこんな気楽な避難所をもつということは、非常に幸福な事情と考えなければならない。しかしなお私は問いたい、この期間中においてすら、我国の一般人民の困窮はほとんどまたは全くなかったかどうか。また各人は、結婚をあえてするに先立って、家族の数がどんなに多くなろうとも教区の助力を受けずこれを養うに少しも困難を感じないということを、確信し得るかどうか、と。これに対する答はおそらく肯定的ではあり得ないであろう。

有利な移住の機会が提供された場合、これを受容れないで、本国で独身や極貧の生活を送ることを選ぶならば、それはその人間自身が悪いのだ、と云う人があるであろう。では、強度に愛着をもち、自分を養ってくれた両親や親戚や友人や幼な友達に愛着をもつのは、その人が悪いのであろうか。または、自然が人間の心情に幾重にもかたく巻きつけたこれらの絆を断つよりもむしろ繋ぎとめておくために苦労するのは害悪ではないのであろうか。なるほど神の叡慮に従ってこの絆が時に断たれなければならぬこともあろうが、しかしそれだからといってこの別離の苦痛が減るというものではなく、そして社会の一般的福祉はそのために増進されるかもしれないけれども、それが個人的害悪であることに変りはない。その上、すべての遠隔地への移住には疑惑と不安とが伴うものであり、ことに下層階級の人々の憂慮はそこにある。彼らは、労働の価格が高いとか土地が安いとかいう話が全く本当であるかどうかについて、確信を有つことが出来ない。彼らは運賃や生活費を提供してくれる人に身をまかすのであるが、こうした人はおそらく彼らを欺こうとするのかもしれない。彼らの渡るべき海は、彼らには、一切の旧関係との死別であり、云わば失敗した場合帰れなくしてしまうものと思われるのであるが、けだし帰国する場合には移住の場合と同じ資力を提供してもらえるとは期待し得ないからである。しからば、貧困の不安に加えて冒険的精神が存在する場合の外は、これらの事情を考慮した結果、しばしば、

『未知の苦悩に逃れるよりは

今の苦悩を堪え忍ぶ』

ということになるのも、決して驚くに当らないのである。

もし我国ほどの大きさの肥沃な土地が不意に合併され、それが小区域に分って売られまたは小農場として貸出されるならば、事情は一変し、一般人民の状態は不意に著しく改善されるであろう。もっともその場合には、富者は、労働の価格が高いことや、下層階級が高慢なことや、仕事をしてもらうのが難しいことなどを、絶えず喞つことであろう。かかる不平はアメリカの財産家がしばしば喞つところであると私は聞いている。

しかしながら、移住によるあらゆる方策は、たとえ有効に使用しても、短期間に限られなければならぬ。ロシアを除いては、ヨオロッパで、住民がしばしば、他国への移住によりその境遇を改善しようとしない国はほとんどない。従ってこれらの国はほとんど全部、その生産物に比して人口は不足であるよりはむしろ過剰なのであるから、相互に何らかの移住の資源を与え得るものとは、考え得ない。今しばらく、文明の進歩のより進んでいるこれら諸国において、各国の国内経済が非常にうまく行っているために人口に対する妨げは何もなく、また各国政府は移住に対するあらゆる便宜を与えるものと、仮定しよう。ロシアを除いたヨオロッパの人口が一億であるとし、そして母国における生産物の増加が蓋然的または可能的である以上であると仮定すれば、一世紀後の母国人口の過剰は十一億となるが、これを同一期間内における植民地の自然的増加に加えると全世界の現在人口と想像されているものの二倍以上となることとなる。

アジアやアフリカやアメリカの未墾地方において、最大の努力と最良の指導をもってしても、かかる短期間に、果してかかる人口を養うに足る耕地を得ることが出来るであろうか。もし誰か楽天家がこの問題につき疑念をいだくならば、更に二五年または五〇年を加えさせてみればよい。そうすればあらゆる疑念は圧倒的確信のうちに粉砕されるであろう。

従って、移住の方策が長い間過剰人口に対する救治策として主張され続けている理由が、人々がその故国を当然去りたがらず、また新らしい土地を開墾し耕作するのが困難であるために、それは決して十分に行われてはおらず、また決して十分に行われ得るものではない、という事実にあるのは、明かである。たとえこの救治策が実際本当に有効であり、旧国における罪悪及び窮乏という病気を救治し、それを最も繁栄せる新植民地の状態に変ずる力をもつとしても、この薬瓶はまもなく空になるのであり、そしてこの病気がいっそうの猛毒をもって再発するときには、この方面からの一切の希望は封ぜられてしまうであろう。

従って、無制限の人口増加に対し余地を作るという目的から見れば、移住が全く不適当なるものであることは明かである。しかも部分的な一時的な便法として、また土地耕作の普及及ぶ文明の拡大という目的からすれば、それは有用でもあれば適当でもあると思われる。そして仮に政府は積極的にこれを奨励する義務を負うものであるとは証明し得ないとしても、これを妨害するのは啻に著しく不当であるのみならず、またこの上もなく不得策である。移住によって人口が減退しはしまいかという恐怖ほど、全く無根拠な恐怖はない。人民大衆の惰性とその家郷への愛着とは極めて強力な一般的な性質であり、従って政治的不満または極貧により彼らが出ていく方が国のためにもなれば本人のためにもなるという場合を除けば、彼らは移住するものではない、と安んじてよかろう。移出の結果として労賃が騰貴するという不平は、一切の不平のうち最も不合理なものであり、決して耳をかす必要のないものである。もしある国の労働の労賃が下層階級の人民をしてかなり安易に暮させる程度であるならば、彼らは移住しないものと断言し得よう。そしてもし労賃がその程度に達していないとすれば、彼らを抑止するのは残酷であり不公正である。

あらゆる国において(訳註)、富の増進は主として、各個人の勤労や熟練や成功に、及び他国の状態及び需要に、依存する。従ってあらゆる国において、富の増加率と労働に対する需要とには、時を異にするにつれて大きな変化が生ずるであろう。しかし、人口の増進は主として労働に対する有効需要によって左右されるけれども、人口がこの需要の状態に直ちに一致し得るものではないことは、明かである。より多くの労働が要求されるときに、これを市場にもたらすためには、多少の時間が必要であり、またそれが余りに急速に流入しているときに、その供給を妨げるには多少の時間が必要である。もしかかる変動が、本書の初めの方で述べた、人口と食物の増進にほとんど常に伴うと思われる、自然的擺動以上に出でないならば、それは日常事態の一部分としてこれに服さなければならない。しかし事情によってはこの変動は時に大きな力を与えられ、その場合には労働の供給が需要よりも急速に増加を続ける期間中は、労働階級は最も甚だしい苦境に陥ることとなる。例えばもし、内外両方面の原因によって一国の人口に非常に大きな刺戟が十年または十二年間引続き与えられ、しかして後に比較的にそういうことがなくなるならば、労働は引続きほとんどその速度を減ぜずに市場に流入するのに、他方これを雇傭し支払う手段は本質的に縮少していることは明かである。移住が一時的救治策として最も有用なのはまさにかかる場合であり、そして大英国の現状はまさにこれである1)。たとえ移住が少しも行われなくとも、人口は徐々に労働に対する需要の状態に一致するようになるであろうが、しかしその間最も甚だしい苦境を免れ得ず、その甚だしさは人間のいかなる努力をもってしてもほとんどこれを軽減し得ないのである。それはけだし、それは特定の期間には緩和され得ようが、また特定の階級に影響を及ぼすものであるから、それに比例してより長期間に亙りかつより多数の人間にこれを拡大することとなるであろうからである。かかる場合における唯一の真の救治策は移住である。従ってこの問題は、人道の問題としてまた政策の問題として、現在、十分政府の注意に値するものである。

1) 一八一六年及び一八一七年。

〔訳註〕このパラグラフは第五版より現わる。

Chapter 10 of 23
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