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とがは乳母にあった。――最初あやしいと思った時、フリイデマン領事夫人は、そんな悪徳はおさえつけてしまえと、本気になって彼女にいい聞かせたのだが、それがなんの役に立ったろう。今度は滋養になるビイルのほかに、なお赤葡萄酒を毎日一杯ずつ飲ませたのだけれど、それもなんの役に立ったろう。この女があさましくもその上、アルコオル・ランプに使うはずのアルコオルまで、平気で飲むということが、急にわかってしまったのである。そして代りの女中が来ないので、この女に暇をやることができないでいるうちに、あの凶事が持ち上ってしまった。母と、まだ子供っぽい三人の娘たちとが、ある日外から帰って来ると、小さい、生後一カ月ばかりのヨハンネスが、襁褓台からころげ落ちたなり、気味の悪いほどかすかなうめき声を立てながら、床の上に横たわっていて、そのそばに、乳母がぼんやり突っ立っていたのである。
医者は、ちぢこまってぴくぴく動いている嬰児の四肢を、慎重な確かさで調べてみて、それはそれはむずかしい顔をした。娘たち三人はすすり泣きながら片隅に立っていた。フリイデマン夫人は心痛のあまり、声に出して祈っていた。
あわれな夫人は、まだこの児が生れぬ前に、オランダ領事だった良人を、ある突然なしかもはげしい病気のためにうばい去られるという目に、会わなければならなかった。だから、まだあまりに心が弱っていて、小さいヨハンネスの命が取止められるようにと、希望するだけの気力さえなかったのである。しかし二日の後、医者がはげますように夫人の手を握りながら、述べるには、今が今どうということは、もはや断じてない、第一に脳の軽い障害はすっかりなおってしまった、それは視線に、はじめのように見据えたようなところがもうちっともなくなってしまったのでもわかる……もちろん、そのほかの点が、この先どう経過してゆくか、それを待つより仕方がないが――ともかく最善を期することだ、先刻もいったように、最善を期することだ……
ヨハンネス・フリイデマンの育った灰色の破風家は、この古い、やっと中ぐらいな商業都市の、北に寄った都門のそばにあった。大扉を入ると、ひろやかな、床石を敷きつめた玄関に来る。そこから白く塗った木の欄干のある階段が、上階へ通じている。二階の居間の壁布には、色のあせた風景が描いてあり、濃紅の粗ビロオドの布をかけた、どっしりしたマホガニイの卓のまわりには、堅い背の椅子がいくつか置いてある。
ヨハンネスは子供の時分、よくこの部屋のいつもきれいな花に飾られた窓際で、小さな足台に乗ったまま、母の足もとに坐っていた。そして母の滑らかな灰色の髪と、人の好い柔和な顔をながめながら、またたえず母のからだから溢れている、かすかな香りを吸いながら、なにか面白いお伽噺に聴き入っていた。でなければ、父の肖像を見せてもらうようなこともあった。それは灰色の頬髯のある、優しそうな人だった。お父様は天国においでで、そこでみんなを待っていらっしゃるのだ、と母はいった。
家の裏手に小さな庭があって、夏の間みんなは、たいてい一日中そこですごすことになっていた――近所の製糖所から、ほとんどたえ間なく、甘たるい匂いが流れて来たのだけれども。古い、ふしくれ立ったくるみの木が一本、そこにあったが、その樹蔭で、よく小さいヨハンネスが、低い木椅子に腰かけてくるみをかじっていると、フリイデマン夫人と、もう今は大きくなった三人姉妹とが、灰色の帆布でできた天幕の中に集っていた。母のまなざしはしかし、その手仕事から離れて、愁わしげな優しさで、小さい児のほうへ滑って行くことが多かった。
この小さいヨハンネスは、美しい児ではなかった。今そこに、尖って突き出ている胸と、高く盛り上った背と、あまりにも長すぎるやせこけた腕のまま、低い腰掛の上にかがみながら、すばやく一心にくるみをかみ割っている様子は、実に奇妙なおもむきを呈していた。しかし手と足はきゃしゃでほっそりしているし、それに眼は大きく鳶色で、くちびるの線は軟らかいし、髪は細く淡褐色であった。顔はあわれにも両肩の間に埋まってはいたけれど、それでもほとんど美しいと名づけていいくらいだった。
七つになった時、ヨハンネスは学校に入れられた。それから後は、歳月が単調に迅速に流れて行った。彼は毎日、不具者によくあるあの変にもったいぶった足どりで、破風家や商店の間を通って、ゴシック風の丸天井のある古い校舎へと歩いて行った。また、家で勉強をすませてしまうと、きれいな五彩の口絵のついた本でも読むか、でなければ、庭に出てなにかしていた。姉たちのほうは病勝ちな母を助けて、家政を執っていた。彼女等はまたいろんな集りへも出かけて行った。フリイデマン家は、町の上流階級に属していたからである。だが、彼女等は気の毒にもまだ結婚はしていなかった。財産が別段多いわけでもなく、それにみんなかなり醜かったのである。
ヨハンネスもやはり同年配の友だちから、時々招待を受けることがあったけれど、そういう友だちとつきあうのを、大して喜んではいなかった。みんなの遊びに仲間入りすることができなかったし、またみんな彼に対して、いつも窮屈に遠慮ばかりしていたので、友情というものは生れるはずがないのだった。
そのうちに彼は、みんなが校庭でよく或る種の経験について話し合うのを聞くようになった。みんなそれぞれあの小さい娘や、この小さい娘に夢中になっているというような話に、彼は気を入れて、眼を見張って聴き入りながら、しかもなんとも口は出さなかった。みんなの頭を確かにみたしきっているらしい、そうした事柄は、体操や投げと同じく、自分の柄にないことなのだと、彼はひそかに思っていた。そう思うと、時々少し悲しくなった。が、結局彼は、ひとりぼっちで暮して、他人と利害を分たぬことに、もとから馴れていたのであった。それでもこんなことがあった。その時彼は十六になっていたが――ある同年の少女を、急に好きはじめたのである。少女は彼のある同級生の妹で、金髪の、思い切って陽気な子だった。その兄のところで、彼はその少女を識ったのである。彼女のそばにいると、彼は妙に胸をおされる心持がした。そして彼女もまた、ぎこちない、わざといたわるような調子で彼を扱うのが、彼の心を深い悲しみで一ぱいにした。
ある夏の午後、ひとりで町外れの土手を散歩していた時、彼は素馨の茂みがくれに、ささやきの声を聞きつけた。そして枝の間から、そっと様子をうかがった。そこにあるベンチの上に、あの少女が、彼のよく識っている背の高い髪の赤い少年と、並んで腰かけている。腕を少女のからだにまいていた少年が、そのくちびるに接吻すると、少女はくすくす笑いながら接吻を返した。それを見てしまうと、ヨハンネス・フリイデマンはきびすを返して、音もなくその場を立ち去った。
首は常よりも深く肩の間に埋もれ、両手はふるえて、鋭い、切ない苦痛が、胸からのどへこみ上げてきた。しかし彼はそれをぐっと呑みくだして、でき得るかぎり決然と身をそらせた。「よし。」と彼は自分にいい聞かせた。「これでおしまいだ。二度とふたたび、こんなことに煩わされるのはよそう。ほかの人たちはそのために仕合せになったり喜んだりするだろうが、おれはそのためにいつも、ただ恨んだり悩んだりするだけなのだ。もうこんなことはやめだ。それはおれにとっては、すんでしまったことだ。もう決してしないぞ。――」
この決心は気持をやわらげた。彼はあきらめた。永久にあきらめた。家へ帰ると、本を手に取ったり、ヴァイオリンを奏でたりした。これは胸が人並でないにもかかわらず、習い覚えていたのである。
十七歳で、彼は商人になるために学校を退いた。彼の仲間内では、誰も彼も商人だったのである。そして下町の河縁にある、シュリイフォオクト氏の大きな材木店に、徒弟として入った。みんなは寛大に彼を扱ったし、また彼のほうでも、優しくみんなの意を迎えるようにしたので、時は穏かにつつがなく過ぎて行った。ところが、彼の二十一の年、永いわずらいの後に母がなくなった。
これはヨハンネス・フリイデマンがためには、大きな苦痛であった。彼はそれを長い間、胸におさめていた。それを、その苦痛を、彼は享楽したのである。人が大きな幸福に身をゆだねるごとく、彼はその苦痛に身をゆだねて、数知れぬ幼年の思い出でそれをはぐくみながら、最初の力強い体験として、あくまで味わい尽したのである。
人生というものは、われわれにとって、たとえ「幸福な」と呼ばれるような形を取ろうが取るまいが、それ自身として善きものなのではなかろうか。ヨハンネス・フリイデマンはそう感じた。そして人生を愛していた。人生がわれわれに呈し得る最大の幸福を断念してしまった彼が、自分に手のとどく限りの歓びを、どんなに心をこめた丹念さで享楽し終せたか、それは誰にもわからない。町外れにある遊園地の春の散策、ある花の香り、ある鳥の歌――そういうものに対して、人は感謝せずにいられようか。
それに、享楽し得るためには、教養が必要であること、いや、教養は常に取りも直さず享楽能力であること――それも彼にはわかっていた。だから、彼は自らを教養したのである。音楽が好きだったので、町で催されるような演奏会には、欠かさず出かけていった。自分でも、ずいぶん変な恰好をしながらではあったが、ヴァイオリンをだんだん上手に弾くようになって、きれいな柔かい音が出るたびに、それを楽しんでいた。また大いに本を読んで、おそらく町中誰もともにする人がないほどの、文学趣味をも次第に体得した。彼は内外の近代作家に通じていたし、詩の節奏的な魅力を味わい尽すことも心得ていたし、微妙に書かれた短篇小説の、立ち入った気分に、心をひたすことも知っていた……ほんとに、彼はエピキュリアンだといっても差支えないぐらいだったのである。
いっさいが享楽に値すること、そして幸福な体験とか、不幸な体験とか、区別をつけるのが、ほとんどばかげていることを、彼は悟るようになった。自分のあらゆる感覚と気分とを、どしどし受け容れてははぐくんだ。陰気なのも陽気なのも。みたされぬ願望――あこがれをさえもはぐくんだのである。彼はあこがれをあこがれとして愛した。それがみたされたら、最も善いところはなくなってしまうだろうと思っていた。静かな春のゆうべの、甘いやるせないあてもないあこがれと望みのほうが、夏のもたらし得るすべての実現よりも、さらに楽しみ甲斐がありはしないか。――まったく彼はエピキュリアンなのだ、この小フリイデマン氏は。
往来で会うと、彼が昔から馴れている、あのあわれむように優しい調子で、彼に挨拶してゆく人々は、おそらくそんなことは知らなかったであろう。おかしくもったいぶった様子で、薄色の外套を着て、光り輝くシルクハットをかぶって――ふしぎにも彼は少し見栄坊だった――往来を行進してゆくこのあわれなかたわ者が、大きな感動こそなけれ、自分で創り得た静かな柔かな幸福にみたされながら、穏かに流れてゆく生活を、優しく愛しているということ、それをその人々は知らなかったのである。
ところで、フリイデマン氏の第一の嗜好、彼が本当に夢中になっているのは、芝居であった。彼は非常に強い劇的感覚を持っていたので、なにか大きな舞台効果、たとえば悲劇の大詰めなどになると、彼の小さなからだ全体がわなわな震え出すこともよくあった。市立劇場の二階桟敷に指定席を取っておいて、彼は規則正しく見に行った。ときおりは三人の姉たちがついて行くこともあった。彼女等は母が死んでから、自分たちと弟とのために、三人きりで古い家の世帯を司っていた。その家を、三人は弟と共同に持っていたのである。
姉たちは、気の毒ながら、まだ相変らず結婚してはいなかったが、しかしもう夙うにその分に安んずる年頃になっていた。なにしろ総領のフリデリイケが、フリイデマン氏より十七も年上だったのである。フリデリイケとその妹ヘンリエッテは、少しひょろ長すぎるし、末のプィッフィのほうは、あまり小柄でふとりすぎていた。なおこの娘は、ものをいうたびにからだをゆすって、口のはたに泡を立てるという、滑稽なくせを持っていた。