Chapter 1 of 2

序文

長谷川時雨は、生粋の江戸ッ子ということが出来なければ、生抜きの東京女だとは言えるであろう。彼女の明治初期の首都の中心日本橋油町に法律家を父として生れて、最も東京風な家庭教育の下に育って来た女だ。彼女は寺小屋風が多分に遺った小学校に学んだり、三味線、二絃琴の師匠にも其処で就いた。時雨は現在では、さまざまの思想と生活との推移から複雑な人になっているが、内心にはいつも過去の日本橋ッ子としての気魄が残映して、微妙にその感情を操作しているように見える。

とにかく、この『旧聞日本橋』は、きわめて素直に、少女期以来彼女が見聞した、過ぎし日の現象に関する記録である。人文史的に見るも意義なしとせぬと思う。

昭和十年一月三上於菟吉

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