科学上の仕事
ラヴォアジエの研究のすぐれていたのは、精密な天秤をつかって、物質の変化を数量的に測ったことにあるということを、すでにお話ししましたが、この点をよく心にとめて彼の仕事を見てゆかなくてはなりません。さて、その頃酸素をとり出すのに成功したのは前にも記したように、イギリスのプリーストリーで、これは一七七四年のことでありました。そのときプリーストリーは水銀を焼いて赤い粉となし、それを熱して酸素を得たのだということも前に記しましたが、ラヴォアジエはこの変化に対して重さの変り方を研究しました。そして水銀を焼いて出来た粉はもとの水銀よりもいくらか重くなっていることを見つけ出したのです。また密閉した容器のなかで水銀を焼くと、容器のなかにあった空気の重さがちょうど水銀が赤い粉になって増した重さだけ減っていることもわかりました。これで見ると、つまり空気のある成分が水銀に結びついて、それで赤い粉になったことが知られるのです。その次に赤い粉を熱して酸素を発生させると、その酸素の重さが、ちょうど以前に水銀に結びついたと考えられる空気の成分の重さに等しいこともわかりました。ですからこの空気の成分が酸素であるということが、これではっきりと示されたのです。
このような結論を得たことも、つまりは重さの関係を精密にしらべたからだと云うことが、この一つの例で明らかになるでしょう。そればかりではなく、この実験からして水銀の焼かれるのは、水銀が空気中の酸素と結びつくのだと云うことが確かになったので、若しその際にフロジストンが逃げてゆくのなら、却って重さが減らなければならないのに、実際はそれとちがうことも示されたのでした。これですべて燃焼というのは、燃える物が酸素と結びつくこと、すなわち今日の言葉でいえば、酸化するのだと云うことも明らかになったのでした。
燃焼のはたらきがこれでわかったのと同時に、もう一つの大切なことは、燃焼のような物化学的変化に際してそれに与かる物質の重さは全体としてはその前後に於て少しも変らないと云うことが確かめられた点です。これは今では質量不変の法則として呼ばれていますが、それもラヴォアジエの数量的な研究方法のおかげでわかったのでした。
ラヴォアジエはまた、炭を燃すと、炭酸ガスの生ずるのを実験で示し、従って炭酸ガスは炭素と酸素との化合物であることを確かにしました。それから人間の呼吸は、空気中から酸素をとって血液にまぜて身体のなかに送り、そこで酸化作用を行わせ、それによって生じた炭酸ガスを再び肺から吐き出すのだと云うことを、はっきりと示しました。また水素と酸素とを化合させると水になることを実験で示したのも、彼の大きな仕事の一つです。水が水素と酸素とから出来ているということは、それ以前にキャヴェンディッシュの研究で大体はわかっていたのですが、ラヴォアジエは一層これを確かにしたばかりでなく、水を分析してこの二つの成分の割合をも測ったのでした。
このほかにも、ラヴォアジエの行った研究はたくさんにあるので、ここでは一々それを説明しているわけにゆきませんが、何れにしても物化学の研究に数量的な方法を導き入れたことによって近代のそれのすばらしい発展の基礎を据えたという点が最も重要視されなくてはならないのでしょう。
最後に、ラヴォアジエが革命の大騒動で捕われて牢屋に入れられたときの話ですが、実はこの数年前にフランス議会ではメートル法を設定するという仕事がはじめられて、政府も学者もこれに協力することとなり、メートル法によって長さや重さの単位を確立するのは学問のために最も重要な事がらであるだけに、それを仕遂げるのはフランス国の大きな誇りであると云うので、大いに骨折っていたのでした。そこへ革命騒ぎでこの仕事がひどく妨げられてしまったのですが、それでもこれだけはぜひとも仕遂げたいと云うので、学者たちにこれを続けさせていたのです。ラヴォアジエもそのなかで重さの単位をきめる仕事に従っていたのでしたが、それが捕われて牢屋へ入れられてしまったのですから、その仕事がゆきづまりになってしまいました。それでこれでは困るというので、毎日兵隊が附添って、ラヴォアジエを牢屋から出して実験室へ通わせてその仕事を続けさせたという話さえ伝わっています。それで見ても彼がその頃学者として他にかけがえの無い人であり、どれほど重きを置かれていたかがわかるわけです。
一人の偉い学者が出ると、それに続いてまた次にその仕事を進める人々が現れて来るもので、このラヴォアジエに次いでは、フランスにベルトレー、ゲイ・リュサック、イギリスにドルトン、イタリヤにアヴォガドロなどというすぐれた学者が出て来て、そのおかげで十九世紀の初頭には物化学の目ざましい進歩が実現するようになったのでした。それらについては、ここでは略しますが、ともかく十八世紀の末にラヴォアジエによって物化学の新しい道が踏み出されたのだと云うことを、よく知っておいて下さい。
●図書カード