Chapter 1 of 79

大西洋上のメリー号

三千夫少年の乗り組んだ海の女王といわれる巨船クイーン・メリー号は、いま大西洋のまっただなかを航行中だった。

ニューヨークを出たのが七月一日だったから、きょうは三日目の七月三日にあたる。油のようにないだ海面を、いま三十ノットの快速を出して航行している。あと二日たてばフランスのシェルブール港にはいる予定だった。

ちょうど時刻は昼さがり。食堂もひととおり片づいて、乗客たちは、水着に着かえて船内の大プールにとびこんだり、または船尾の何段にもわかれた広い甲板の上でテニスをやる者、デッキ・ゴルフをやる者、輪なげをやる者など、それぞれに楽しい遊びにむちゅうであった。

「オイ、日本のボーイ君。ここへきて、点をつけてくれんか」

などと、そこへ船長をさがしにきた三千夫少年に声をかけるフランスの老富豪などもあった。

「ハイ、すぐまいります」

三千夫はにこやかにあいさつをして、船客たちの間をかけぬけていった。船長はどこの組にはいってゲームをしていられるのか。

「船長! 船長!」

三千夫のかわいい声が耳にはいったものと見え、ゴルフ組にいたデブデブふとった船長ストロングが、打ちかけた手をとめて、

「オイ、ボーイ。なんの用だ。大した用事でなかったら、おれがいまお客さまに、とくいのファイン・プレーをやってお目にかけるまで待て」

三千夫少年は、船長のことばにおかまいなく、まりのようにそばへ飛んでいった。

「船長。いま、事務長から電話がございました。すぐお耳に入れるようにとのいいつけです」

「ああ、そうか」

事務長からの電話だと聞くと、ストロング船長は、ついに球をうつことをあきらめて、三千夫を手まねきした。そしてひくい声でいった。

「いったい何事か」

三千夫はふとった船長に腰をかがめてもらい、その耳もとに口を近づけて、なにごとかをボソボソささやいた。船長のくちびるがグッと、への字にまがるのを船客たちは見のがさなかった。なにか一大事らしい。船底から水がもり出したというのではなかろうか。まさか海の女王クイーン・メリー号にそんなことがあってたまるものかと思うが……。

「進路はかえない方がいいだろうといえ」

船長は三千夫に命じた。

船客たちは、ハッと顔を見合わせた。

「船長さん。この船はどうかしたんですか」

「事務長はなにを見つけたのですか」

船客たちは、もうゲームどころではなかった。船長の顔色の中に、なにごとか突発したらしい事件を読もうとした。

そのとき、ストロング船長は微笑を浮かべていった。

「いや、ただいま、本船の前方十マイルさきの海面に、おびただしいサケの大群がおよいでいることを発見したというんです。どうも非常な数らしいので、本船がそのまま突っきってもいいかどうかと、事務長は聞いてきたんです」

「なんですって、サケの大群ですって。あッはッはッ」

これを聞いた船客たちはドッと爆笑した。

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