Chapter 1 of 14

1

三十年後の世界

海野十三

万年雪とける

昭和五十二年の夏は、たいへん暑かった。

ことに七月二十四日から一週間の暑さときたら、まったく話にならないほどの暑さだった。

涼しいはずの信州や上越の山国地方においてさえ、夜は雨戸をあけていないと、ねむられないほどの暑くるしさだった。東京なんかでは、とても暑くて地上に出ていられなくて、都民はほとんどみな地下街に下りて、その一週間をくらしたほどだった。

ものすごい暑さは日本アルプスの深い山の中も別あつかいにはしなかった。アルプス山中の万年雪までがどんどんとけ出した。雪渓の上を、しぶきをあげて流れ下る滝とも川ともつかないものが出来、積雪はどんどんやせていった。

うばガ谷の万年雪のことは、むかしから一番面積のひろいものとして、よく人に知られていた。それはまるで氷河のようにこちこちに固まった古い雪であったが、それさえこんどの暑さで両側からとけだし、日に日にやせていった。登山者たちがおどろいたのもむりではない。

「こんなところに流れがあったかね」

「いや、知らないね。地図でみると、どうしてもここはうばガ谷のはずなんだが?」

「でも、へんよ。地図からはかって、ここはどうしてもうばガ谷よ。この地図をごらんなさい。ほら、この岩」

「なるほどなあ、あれはたしかに三角岩だ。これはおどろいた。おい君、有名な万年雪が今年はすっかりとけてしまったんだぜ」

その人は、とつぜんことばを切って、目を皿のように大きく見ひらいた。

「――何だろう、あれは。……あそこを見たまえ、何だかしらないが、大きなまるい球がある。あの沢の曲ったところだ。見えないかい、君たちには……」

彼はおどろきをこめて、前へのりだしながら下手を指さした。

「なるほど。見えるよ。大きな球だ。ぴかぴか光っているね。金属球だ」

「ふしぎだ。とにかくそばへ行ってみよう」

「おいおい、待ちたまえ。あれは危険なものじゃないか」

「そういえば、昔の写真に出ている機雷みたいな形をしていますわね」

「ふん、機雷に似たところもあるけれど、機雷は海の中にあるもので、こんな山の中にあるはずがない」

四人の登山者は、それから谷間をつたわって、下手へおりていった。みんな何となくおそろしいが、しかし自分たちで発見したものだから、ぜひその正体をたしかめたかった。

ようやくそばへ近よることが出来た。

沢のまん中に、直径三メートルもあると思われる大きな金属球が、でんと腰をすえていた。表面はぴかぴかに金属光沢を放っている。十字にバンドがしてある。アイ・ボルトが何本かうちこんである。一同はそのまわりをまわってみた。

「や、字が書いてある」

たしかに字が書いてある。書いてあるというより、字を酸水素焔かなんかで焼きつけてあるといった方が正しいであろう。

×取扱注意、扉Aを開け× それだけのことが書いてある。

はて、この球は一たい何であろう。

冷凍人間

四人の登山者の好奇心は、いやがうえにもえあがった。

もう登山どころでない。このふしぎな金属球の中をのぞいてみないと、承知ができなかった。

「とにかくこの球は、万年雪がとけて、その下から出て来たものだよ。もっと上にあったのが、ころがりだして、ここまで来て停ったんだと思う」

「火星からなげてよこしたものじゃないか。開けると、中から火星人の手紙かなんか入っているんじゃない?」

「火星からじゃないよ。だってこのとおり×取扱注意、扉Aを開け×と、日本文字で書いてあるんだから、これは日本でこしらえたものにちがいない」

「早く、その扉Aというのをあけてみた方がよかないでしょうか」

「そうだ。それがいい。そうしよう」

扉Aというのはどこかと、球の表面をさがしまわった結果、後の方に半ば土にうずもれて×扉A×と書いてあるものが見つかった。土を掘ってみると、扉Aはまるいふたのようなものであった。それにはハンドルがついていて、左へ二十回ねじるように示してあったので、そのとおりにした。

するとそのふたみたいなものが開いた。金属板の上には、やはり薄彫りになった文字がつらなっていた。それを読むと、おどろくべきことが書いてあった。

この中には小杉正吉という勇敢な少年が冷凍されている。彼は本年十三歳である。彼は二十年間この中で冷凍生活を続けた後、ふたたび世の中へ出たい希望である。この球を発見せられたる人は、この球が封印したるときより二十年以上たっていることをたしかめた後、この少年を冷凍球の中からとりだしていただきたい。それはむずかしいことではない。この底のBとしるした金属板を焼ききると、その中には電気のプラグがある。そのプラグへ五十サイクル交流電気を百ボルトの電圧で供給すれば、四十八時間後には、自動的に球がひらいて、小杉正吉少年が出て来るであろう。それまでの四十八時間は、静かにこの球をおく以外に何も手を加えてはならない。昭和二十二年八月十三日     *

たいへんな拾い物だ。この球の中には、少年が冷凍されているのだ。二十年たったら、ふたたび世の中へ出て来たいのだという。

二十年どころか、もう三十年もたっている、早く出してやらなくてはならない。しかし人間を冷凍する技術が、今から三十年も前にすでに考えられていたとは、大した発見である。と、登山者の一人であるカンノ博士はおどろいた。

相談の結果、この大きな拾い物は、東京へ持ちかえることとなった。

博士は、携帯無電機を使って、東京へ電話をかけた。五トンぐらいのものがらくに持ちあがるヘリコプター(竹とんぼ式飛行機)を一台至急ここまでまわしてくれるように、航空商会の千代田支店に頼んだ。

二十分ほどすると、空から一台のヘリコプターがゆうゆうと下りて来た。頼んだ、のりものであった。カンノ博士たちは、ハンカチーフをふった。

着陸したヘリコプターの貨物庫の中に、金属球を入れた。それから博士たちは客席へ入った。ヘリコプターは間もなく離陸して、東京へ向った。

とちゅう相談の結果、拾った金属球はヤク大学の生理学部の大講堂へ持込み、そこで開くことにきめた。カンノ博士は、その学部の教授だった。

他の三人は博士の友人だったが、婦人は通信技術者、男の一人は音楽家、もう一人は小説家だった。

いよいよ金属球を開く日が来た。

大講堂は大入満員だった。

ここは階段式になっていて、まわりの座席は高く、演壇はまん中にあって、どこよりも低く、そこへあがるには地下道からしなければならなかった。問題の金属球は、この演壇の上におかれてあった。そして周囲には偏光ガラスのついたてがとりまいていた。これは、中からは外が見えないが、反対に外から中はよく見えるものだった。こんな、ついたてを用いたわけは、金属球の中から出て来るはずの小杉正吉少年を、あまりたくさんの見物人のためにびっくりさせないための心づかいだった。

カンノ博士とあと五人の人だけがついたての中に入った。そして金属球の扉Aの中にあった注意書のとおり、その底をやぶって電気のプラグを出し、それに指定どおりの交流電気を送りこんだ。それはちょうど午前十時だった。

その翌々日の午前十時に、みんなが手に、あせにぎっているうちに、その球がひらくように、しずかに四つにわれた。そして中からかわいい少年があらわれた。小杉正吉君だった。七百名の見学者は、思わず手をたたいてしまった。三十年前に冷凍された少年が、今りっぱに生きかえってあらわれたからだ。この少年は三十年間、氷のようになっていて、年をとることをしなかったのだ。

「待っていましたよ、小杉君。われわれは君を歓迎します」

と、カンノ博士がいった。

「わたしたちがお世話しますから、安心していらっしゃいね」

スミレ女史がいった。

かわりはてた銀座

「二十年たったら、世の中がどんなに変っているか、それを見たかったから、こんな冒険をしたんです」

と、小杉少年は、まわりの人たちに話した。

「ああ、お話中しつれいですが、じつは二十年じゃなく、あなたが冷凍されてから三十年たっているのですよ。ことしは昭和五十二年なんですからね」

「おやおや、三十年もぼくは睡っていたのですか」

少年の伯父のモウリ博士が、この冷造金属球の設計者だったそうな。日本アルプスの万年雪を掘ってその中へおとしこんだのもモウリ博士の考えだった。その博士は二十年後になってこの冷凍球を雪の中から掘りだしてくれる約束になっていたのに、博士はその約束をはたさなかった。いったいどうしたわけであろうか。正吉のそんな話を、みんなはおもしろく聞いた。そしてモウリ博士の安否はいずれしらべてあげましょう。それはそれとして、まず久しぶりにかるい食事をなさいといって、正吉を食堂へ案内して流動食をごちそうした。

少年は思いのほか元気であった。例の四人組の外に、東京区長カニザワ氏と大学病院長のサクラ女史が少年をとりまいていたが、少年は三十年前の話をいろいろとした。そして三十年後の東京がどんなに変っているか、あまりに変っているのでそれを見物しているうちに気がへんにならないであろうかと心配したりした。

「大丈夫です。あたしがついていますもの。すぐ手あてをしてあげます」

と、女医サクラ博士は、すぐにこたえた。

「ねえ、小杉君。君はまず、はじめにどこを見物したいですか」

と、カンノ博士はきいた。

「そうですね。まず第一に見たいのは、三十年前に、ぼくの住んでいた東京の銀座を見たいですね。同じところを歩いてみたいです」

少年は、なつかしげに銀座の名をいった。

「よろしい。ではすぐ出かけましょう。しかし、あなたは少々おどろくことでしょう」

一同は正吉を連れて出た。

「ここは見なれないところですが、銀座の近くでしょうか」

「さよう。銀座までは三キロばかりはなれています。しかしすぐですよ、動く道路にのっていけば……」

「なんですって。何にのるのですか」

「動く道路です。そうそう、あなたの住んでいた三十年前には、動く道路はなかったんでしょうね。そのころは電車や自動車ばかりだったんでしょう。今はそんなものは、ほとんどなくなりました。その代りは動く道路がしています。道が動くのです。五本の動く道路が並んでいるのです。昔あったでしょう。ベルトというものがね。あれみたいに動くのです。歩道に平行に五本並んでいて、歩道に一番近いのが時速十キロで動いているもの。次が二十キロ、それから三十キロ、四十キロ、五十キロという風にだんだん早くなります。そしてその動く道路は、どこへ行くか、方向がかいてあるのです。……ほらごらんなさい。これが銀座行きの動く道路ですから」

ようやく外に出た。日光がかがやいていた。それまでは地下にいたことが分った。なつかしい日光、うまい空気! しかし変だ。

「ここはどこですか。みたことがない野原ですね」

「ここが銀座です。あなたの立っているところが、昔の銀座四丁目の辻のあったところです」

「うそでしょう。……おやおや、妙な塔がある。それから土まんじゅうみたいなものが、あちこちにありますね。あれは何ですか」

林と草原の間に、妙にねじれた塔や、低い緑色の鍋をふせたようなものが見える。

「あのまるいものは、住宅の屋上になっています。塔は、原子弾が近づくのを監視している警戒塔です。すべて原子弾を警戒して、こんな銀座風景になったのです。みんな地下に住んでいます。ときどきものずきな者が、こうして地上に出て散歩するくらいです。おどろきましたか」

正吉はたしかにおどろいた。あのにぎやかな銀座風景は、今は全く地上から姿をけしてしまったのだ。

近づく星人

「まだ、戦争をする国があるんですか」

正吉少年は、ふしぎでたまらないという顔つきで、案内人のカニザワ区長にきいた。

「やあ、そのことですがね、まず戦争はもうしないことにきめたようです」

「戦争をするもしないも日本は戦争放棄をしているんだから、日本から戦争をしかけるはずはないんでしょう。もっともこれは今から三十何年もむかしの話でしたがね」

Chapter 1 of 14