Chapter 1 of 5

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豆潜水艇の行方

海野十三

世界一の潜水艇

みなさんは、潜水艇というものを知っていますね。

潜水艇は、海中ふかくもぐることの出来る船です。わが海軍がもっているのは、潜水艦といいますが、これは世界一のりっぱなものです。潜水艇がりっぱなだけではなく、それにのりくんでいる海軍の士官や水兵さんや機関兵さんたちもりっぱで、これも世界一です。

私がこれからお話ししようと思いますのは、「豆」という名をもった小さい潜水艇の話です。

もっとも、豆潜水艇という名は、この豆潜水艇の発明者であり、これをつくりあげた青木学士がつけた名前ですが、その青木学士と大の仲よしの水上春夫少年は、これを豆潜水艇といわないで、ジャガイモ潜水艇といっています。

ここで、ちょっと二人のこえをおきかせしましょう。二人がいいあっているところは、その豆潜水艇がおいてある青木造船所の中です。

「おい春夫君。君は、この潜水艇のことを、ジャガイモ艇などとわる口をいうが、なぜ、ぼくがいうとおり、豆艇とよばないのかね」

「だって、青木さん。豆というものは、だいたい丸いですよ。ところが、青木さんのつくった潜水艇は、でこぼこしているから豆じゃなくて、ジャガイモですよ」

「でこぼこしているって。なるほど、それはそうだ。舵がついていたり、潜望鏡といって潜水艇の目の役をするものをとりつける台があったり、それから長い鎖のついたうきがとりつけてあったり、すこしはでこぼこしているよ。しかしとにかく、海軍の潜水艦にくらべると、たいへん小さい。豆潜水艇の中のひろさは、バスぐらいしかないから、ずいぶん小さいではないか。だから、豆のように小さい潜水艇、つまり豆潜水艇といっていいじゃないか」

「だって、青木さん。ぼくには、でこぼこしているところが、気になるんですよ。どう考えてみても、やっぱりジャガイモ艇だなあ」

「いや、豆潜水艇だよ」

豆がほんとうか、それともジャガイモがほんとうか。青木学士と春夫君のことばあらそいは、どこまでいっても、きりがつきません。

だから、そのきまりは、もっとあとにつけることにして、私はここで、二人とも、まだ気がついていない一大事について、皆さんにお話いたしましょう。

皆さん、ここは東京の山の手にある大きな洋館のなかです。

森にかこまれたこの洋館は、たいへんしずかです。

窓のそとは、まっくらな夜です。そして、ほうほうと、森の中からふくろうの鳴いているこえがきこえます。

部屋には、明るく電灯がついています。そして三人の西洋人が、大きな椅子にこしをかけて、お酒をのみながら、話をしています。

「むずかしいのは、わかっているよ。しかし、われわれはどうしても、命令にしたがって、やるほかない」

三人のうちで、一ばんえらい人が、英語でそういいました。この人は、たいへんやせぎすですが、一ばんりっぱな顔をしています。

「しかしタムソン部長。あれだけ大きいものをもちだすのは、なかなかですよ」

軍人のように、がっちりしたからだをしている西洋人が、両手を一ぱいにひろげました。この人の顔は、酒のためにまっかです。

「スミス君。われわれは今、大きいだの、おもいだの言っていられないのだ。本国の命令で、ぬすめといわれたのだから、ぬすむよりしかたがない。そうじゃないかねえ、トニー君」

と、タムソン部長は、もう一人の、女のようにやさしい顔つきの青年によびかけました。

「はい。部長のおっしゃるとおりです。命令ですから、やるほかありません。早く、どうしてそれをぬすみだすか、その方法をごそうだんしようじゃありませんか」

「いや、トニーの言葉だけれど、いくらぬすむといっても、かりにも潜水艇一隻だ。あんな大きなものをぬすめると思っては、まちがいだ」

この話から考えると、三人は潜水艇をぬすむ話をしているのです。そしてその潜水艇というのは、じつはさっきお話しした青木学士のつくった豆潜水艇のことなのでありました。だからこれはたいへんです。

「考えれば、きっといいちえが出てくるものだ。およそ世の中に、人間がちえをしぼって、できないことはない。さあ、三人でちえを出そうじゃないか」

と、タムソン部長は、二人をはげましながら、酒のはいったびんをとりあげて、二人のまえのさかづきに、酒をついでやりました。

毒ガス弾

酒をのみながら、ものを考えて、どんなちえが出るでしょうか。とにかくその夜のうちに、タムソンたちは、ついにある奇妙な方法を考えつきました。

「はははは、これなら、きっとうまくいく」

「なかなかおもしろい方法ですね」

「いや、考えてみれば、やっぱり方法があるものですねえ」

三人は、たいへん、うれしそうでありました。その喜んでいるありさまから見ると、豆潜水艇をぬすみだすのになかなかいい方法を考えついたようです。いったいそれは、どんな方法であったか、それはしばらくおあずかりにしておくことにしましょう。

それから、十日ほどすぎました。そこで話は、造船所のすみにころがっている豆潜水艇のことになります。

この潜水艇は、すっかり出来あがっていました。艇内には、すでに食べものや、水や、ハンモックなどもつみこまれ、いつでも出かけられるようになっていました。ただ、この豆潜水艇は、まだ台のうえにのっています。艇の下をささえているくさびをはずせば、この潜水艇は、台の上をよこすべりして、ぼちゃんと海へおちて、うかぶようになっていました。つまり、あとは進水式だけがのこっていたのです。

進水式のことを、青木学士も春夫少年も、どんなにか、待ちこがれていました。豆潜水艇は、進水をすませると、そのまま港を出かけることになっていました。もちろん、乗組員というのは、艇長の青木学士と、それから副艇長の春夫少年の二人きりでありました。

それは、いよいよ明日が、待ちに待った進水式だという、その前日の夜のことでありました。青木学士と春夫少年は、潜水艇の中にはいって、しきりに艇内をとりかたづけていました。

そのとき、このまっくらな造船所へどこからやってきたのかくろい服をきた、十四五人のからだの大きい人が、しのびこんでまいりました。

「あ、部長。あれが潜水艇ですよ。青木学士の発明した世界一小さい潜水艇は、あれなんです」

「おお、あれか。あのぼーっとあかるいのは、なにかね」

「あれは、潜水艇の出入口の蓋があいているのです。艇内にはだれかがいて、電灯をつけているから、それが出入口のところから外にもれて、あのように、ぼーっとあかるいのです」

「ああ、そうかね、トニー。しかし、中に人がいるのでは、ぬすむのに、つごうがわるいじゃないか。なぜといって、そうなると、きっと相手がさわぎだすにちがいないからね」

「しかたがありません。すこし荒っぽいが、あいつらを、ねむらせてやりましょう」

「ねむらせるといって、どうするのか」

「毒ガスを使うのです。みていてください」

トニーは、三四人の仲間をつれて、そっと潜水艇の近くにしのびよりました。トニーの手には、手榴弾のような形の毒ガス弾がにぎられています。

「やるから、みんな、用心をして……」

トニーは手をあげて、合図をしました。それから、豆潜水艇のそばによると、蓋のあいだから毒ガス弾を、えいとなげこみました。

「それ、蓋をしろ!」

トニーの二度目の合図で、うしろにしたがっていた数人の大きな男は、豆潜水艇のうえにとびあがると、ちょっと蓋の中に手をさし入れて、つっかい棒をはずし、蓋を上からおさえて、ぴしゃんとしめてしまいました。

「よし、大出来だ。早く、あれをかぶせろ」

トニーの号令で、うしろに待っていたタムソン部長たちの一団は、懐中電灯をふって合図をすると、くらやみの中から、大きなトラックが、あとずさりをしてきました。

そのうえには、大なバスの車体がのっていました。ぎりぎりと音がして、もう一台別のトラックの上にしかけてあった起重機(重いものをつりあげる機械のこと)から、鎖のついたかぎがおりてきて、バスの車体をつりあげました。そしてその車体を、豆潜水艇のうえに、すっぽりかぶせてしまったのです。

つまり、そのバスは、ちょっとみると、本物のバスのようですが、じつは、車がついていないもので、いわば箱の蓋ばかりのようなものでありました。

豆潜水艇は、外から見ると、まるでバスのようなかたちになりました。

そのうちに、別のトラックが、ぎりぎりと鎖をくりだして、豆潜水艇を、トラックのうえに引きあげました。これはただのトラックではなく、軍隊でよく使っている牽引車というものと同じで、すばらしい力を出すものでありました。

「よかろう。いそいで、出発しろ」

タムソン部長が命令をくだしたので、豆潜水艇を、バスの車体の中にかくしてつみこんだトラックは、そのまま走りだしました。そしてやみの中にかくれると、どこともなくいってしまいました。

さあ、たいへんなことになりました。毒ガスにみまわれた青木学士と春夫少年は、どうなったでしょうか。そして、豆潜水艇は、どこへもっていかれたのでしょうか。

警戒の目

豆潜水艇をつんだトラックは、いま国道をどんどん西の方へ走っていきます。

国道には、お巡りさんが、交番の中から、じっと夜の番をしていました。

もし、国道をあやしいものがとおれば、「とまれ!」と命令して、しらべるつもりでありました。

お巡りさんの前を、豆潜水艇をのせたトラックは、すこしもとがめられないで、通りすぎていきました。

その次の交番でも、やはりおなじように、通りすぎました。

なにしろ、お巡りさんが見ても、憲兵さんが見ても、造船学の大家が見ても、まさかトラックのうえに豆潜水艇がのっていると、気がつくわけがありません。

それもそのはずです。そのトラックの上にあるのは、どう見てもバスとしか見えません。まさかその下に、豆潜水艇がかくれていようなどとは、神さまだって気がつかないでしょう。

トラックは、どんどん国道を西に走りつづけます。

豆潜水艇は、トラックのうえで、ごとんごとんと、ゆれています。

トラックの運転台では、運転手と、その横にのっているトニーという外人とが、英語で話をはじめました。

「トニーの旦那、ちょっとうしろを、みてください」

「なんだって、うしろをみろというのかね」

「なんだか、うしろでごとんごとんといっているが、大丈夫ですかい」

「なに、ごとんごとんといっているって。あ、そうか。ひょっとしたら、豆潜水艇が、車の上からすべりおちそうになったのかもしれない。まてよ、いましらべてやる」

トニーは中腰になって、うしろへ懐中電灯をてらしてみました。

「大丈夫だよ。綱はちゃんとしているよ」

トニーは、バスと車体とをむすびつけている綱のむすび目が、しっかりしているのをみて、安心したのでありました。

そういわれて、運転手は、

「そうですかねえ。しかし、ごとんごとんと、いっていますよ。ふしぎだなあ」

「それは、お前の気のせいだろう」

「そうですかなあ」

運転手の耳には、トニーにはきこえない変な音がかんじるのでしょうか。

しばらくたって、運転手はまたトニーにはなしかけました。

「あ、またきこえた。トニーの旦那、いままた、大きくごっとんと、うごきましたよ。ああ気持がわるい。そのうちに、豆潜水艇が、道のうえに、ころがりおちてしまいますよ。もういちど、よくしらべてください」

「大丈夫だというのになあ」

トニーは、もういちど、綱のむすび目をよくしらべました。しかし、さっきと同じで、べつにとけた様子もありませんでした。

くらい海

そのうちに、トラックは、大きな川っぷちにつきました。

石垣の下に、だるま船が待っていました。

岸から板がわたしかけてありましたから、トラックのうえのにもつであるバスは、しずかに板のうえへおろされ、そしてだるま船の中につみこまれました。

「オーライ。さあ、早いところ、でかけよう」

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