Chapter 1 of 26

空とぶ円盤

空とぶ円盤は、アメリカからはじまって、世界じゅうの空にあらわれました。日本にもあらわれたことが、ずっとまえの新聞にのっていましたが、そのお話のはじまるころには、それが日本の空に、しきりにあらわれるようになったのです。大きなおさらのような丸いものが、ひじょうな早さで、高い空を飛んでいくのです。どこかの国の新がたの偵察飛行機ではないかという人もありました。いや、ひょっとしたら、宇宙のどこかの星から、地球のようすを、さぐりにきたのかもしれない、という人もありました。

でも、おおくの人は、

「そんなばかなことがあるものか、大都会の人が、空をながめていて、みんなが見たのなら信用できるが、山おくや、いなかの人が、ひとりや、ふたり見たというのでは、見ちがいということがある。大きな流星を、円盤のように感じたのかもしれない。また空には蜃気楼のような現象がおこるものだから、山道などを走っている自動車のヘッドライトが、空にうつって、ちょうど円盤が飛んでいるように、見えたのかもしれない。いずれにしても、そんなふしぎな飛行機などあるはずがない。なによりのしょうこには、空とぶ円盤が、この地球の上へ、一どだって着陸したことがないじゃないか。」

といって、まじめに考えようともしませんでした。

しかし、空とぶ円盤のほうでは、そんなうわさにはむとんじゃくに、このごろでは、また、ほうぼうの国へと、しきりと、あらわれるようになりました。いままで、あまり飛んでこなかった日本の空へも、たびたび、すがたをあらわすのです。でも、じっさいに、それを見た人は、ごくすくないのですから、新聞にそのはなしが出ても、見ない人たちは信用しません。きっと、なにかほかのものと、見まちがえたのだろうと、たかをくくっていました。

ところが、ある日のこと、空とぶ円盤をバカにしていた人たちを、アッといったまま、息もできないほど、びっくりさせる事件がおこりました。それは、いったい、どんなできごとだったのでしょう。それをおはなしするまえに、まず、平野少年を、ごしょうかいしなければなりません。

平野少年は、小学校の六年生で、おうちは、世田谷区のはずれの、さびしいところにありました。平野君のおうちのそばに、北村さんという、二十五、六歳の、理科のことをよく知っているおじさんがすんでいて、一月ほどまえから、平野君は、その北村おじさんのうちへ、よく遊びにいくようになっていました。平野君は理科がすきで、おじさんのお話が、おもしろくてたまらなかったからです。

北村さんのおうちは、バラックだての、三つしかへやのない、小さな家で、おじさんは、耳の遠いばあやと、ふたりきりで、そこにすんでいました。おへやには、むずかしい理科の本が、たくさんならんでいて、けんび鏡や天体望遠鏡などもおいてありました。平野少年は、その望遠鏡で、月や火星を見るのが、だいすきでした。

「おじさん、空とぶ円盤って、ほんとうでしょうか。」

あるとき、平野少年がたずねますと、北村さんは、まってましたとばかり、空とぶ円盤のせつめいをはじめました。アメリカの、どこのなんという人が、さいしょ、それを見たということ、そのつぎには、どこ、そのつぎには、どこと、世界各国にあらわれた、円盤の歴史を、くわしく話し、それから、このお話のさいしょに書いたように、空とぶ円盤については、いろいろの考えかたがあることを説明したあとで、こんなふうにいうのでした。

「ところで、ぼくの考えだがね。ぼくはこのうわさをバカにしてはいけないとおもうのだよ。見まちがいといっても、こんなに世界各国の人が、おなじ見まちがいをするというのは、へんだからね。

人間というものは、はじめて見たものを、信用しないようにできている。新しい発明でも、おなじことだよ。たとえば、飛行機だね。いまから百年まえには、人間が空を飛べるなんて、夢にも知らなかった。それよりずっとはやく、鳥のように空を飛ぶことを考えた人は、たくさんある。日本の江戸時代にも、じぶんのからだに、大きなはねをしばりつけて、空中飛行をやってみた人がある。しかし、そんな人たちは、きちがいだといわれた。空を飛ぶなんて、バカなことができるものかと、ものわらいになった。

それがどうだね。いまでは、五十人、六十人という人をのせて、じゆうじざいに空を飛び、二、三日で地球をひとまわりできるほどになってしまった。

だから、空とぶ円盤だって、バカにしてはいけない。われわれの頭では考えられなくても、もっとべつの世界の人には、わけもないことかもしれないのだからね。」

「べつの世界の人って?」

平野少年は、ふしぎそうな顔をしてたずねました。

「つまり地球のそとの世界さ。宇宙には地球よりも大きい世界が、かずかぎりなく、あるんだからね。」

「アア、それじゃ、火星ですか。あれは火星から飛んでくるのですか。」

平野少年の顔が、ポッと赤くなりました。そして、胸がドキドキしてきました。

「火星かもしれない。もっと、ほかの星かもしれない。いずれにしても、宇宙の、どこか、べつの世界から、われわれの地球を偵察にやってくるということは、考えられないことじゃないからね。」

「それじゃ、あの円盤の中には、どこかの星の世界の人間が、はいっているのでしょうか。」

「はいっているかもしれない。いないかもしれない。だれも、はいっていなくても、機械のちからで、偵察できるからね。われわれ地球の人間が発明した、無線操縦飛行機のことを考えてみたまえ。どこかの星の世界には、あれよりもっと進歩した機械があるかもしれない。そうすれば、中に人間がはいっていなくても、じゆうに円盤を飛ばすことができるし、地球のありさまを、写真にとることもできるわけだからね。」

平野少年は、そんな話をきいていますと、こわいような、たのしいような、なんともいえない、気もちになってくるのでした。

「でも、星の世界の人間って、いったい、どんなかたちをしているでしょうね。火星人はタコみたいなグニャグニャした足が、たくさんある、おそろしい怪物ですね。」

「あれはウエルズという、イギリスの小説家が考えだしたものだよ。ほんとうは、どんなかたちだか、だれもしらない。だいいち、火星に、生きものがすんでいるかどうかさえ、わかっていない。だから、円盤を飛ばしているのは、火星とはかぎらないのだよ。もっと遠い、大きな星かもしれない。」

「じゃ、タコよりも、もっとおそろしい、かたちをしているのでしょうか。」

「それはなんともいえないね。グニャグニャしたクラゲみたいなやつかもしれない。それとも、ゴツゴツした機械みたいな、かたちをしているかもしれない。また、ひょっとしたら、あんがい、地球の人間に、似ているかもしれない。」

「こわいなあ、もし、そんなやつに、道で出くわしたらどうしよう。」

「ハハハ……、わからないよ。出くわすかも、わからないよ。あの円盤の中に、星の人間がはいっていて、円盤が、地球のどこかへ着陸したとすればね。」

北村さんは、そういって、平野少年の顔を、じっとみつめました。

平野君は、そのとき、ゾーッと、からだが、しびれたようになって、いっしゅんかん目の前がモヤモヤとかすみ、北村のおじさんが、とほうもない怪物のように見えました。

「どうしたんだい、平野君。そんなこわい顔して、ぼくをにらみつけて。」

「いえ、なんでもないんです。もういいんです。」

それは、むろん気のせいでした。北村さんは、いつものような、やさしい顔でニコニコ笑っているのでした。

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