もうひとりの少年
東京の銀座に大きな店をもち、宝石王といわれている玉村宝石店の主人、玉村銀之助さんのすまいは、渋谷区のしずかなやしき町にありました。
玉村さんの家庭には、奥さんと、ふたりの子どもがあります。ねえさんは光子といって高校一年生、弟は銀一といって中学一年生です。
あるとき、その玉村銀一君の身の上に、じつにふしぎなことがおこりました。それがこのお話の出発点になるのです。
その夜、玉村君は、松井君、吉田君という、ふたりの友だちと、渋谷の大東映画館で、日本もののスリラー映画を見ていました。
それは大東映画会社の東京撮影所で作られたもので、映画の中に、ときどき、東京の町があらわれるのです。
「あっ、渋谷駅だっ。ハチ公がいる。」
松井君が、おもわず口に出していいました。それはおっかけの場面で、にげる悪者、追跡する刑事、カメラがそれをズーッとおっていくのですが、そこへ駅前の人通りがうつり、ハチ公の銅像も、画面にはいったのです。
「あらっ、玉村君、きみがいるよ。ほら、ハチ公のむこうに、やあ、へんな顔して、笑ってらあ。」
吉田君が、とんきょうな声をたてたので、まわりの観客が、みんなこちらをむいて、「シーッ。」といいました。
玉村君は、スクリーンの上の自分の姿を見て、へんな気がしました。ハチ公の銅像のうしろから、こちらをのぞいて、にやにや笑っている自分の顔、それが一メートルほどに、大きくうつっているのです。
それがうつったのは、たった十秒ぐらいですが、たしかに自分の顔にちがいありません。玉村君は、ここにうつっているのは、いつのことだろうと考えてみました。
「おやっ、へんだな。ぼくは渋谷駅で、映画のロケーションなんか見たことは、一度もないぞ。」
いくら考えても、おもいだせません。知らないうちに、うつされてしまったのでしょうか。まさか、ロケーションに気づかないはずはありません。
そのばんは、うちにかえって、ベッドにはいってからも、それが気になって、なかなかねむれませんでした。
あれは、自分によくにた少年かもしれないとおもいましたが、しかし、あんなにそっくりの少年が、ほかにあろうとは考えられないではありませんか。
玉村君は、なんだか心配になってきました。自分とそっくりの人間が、どこかにいるとしたら、これはおそろしいことです。
それから一週間ほどたった、ある日のこと、玉村君の心配したことが、じつに気味のわるい形で、あらわれてきました。
玉村君と松井君とは、明智探偵事務所の小林少年を団長とする、少年探偵団の団員でした。ですから、ふたりはたいへんなかよしで、どこかへいくときは、たいてい、いっしょでした。
その松井君が、ある日、学校がおわってから、玉村君をひきとめて、校庭のすみの土手にもたれて、へんなことをいいだしました。
「玉村君、ぼく、すっかり見ちゃったよ。きみは秘密をもっているだろう。」
「秘密なんかないよ。どうしてさ。」
玉村君は、ふしんらしく、聞きかえしました。
「きみのうちは、お金持ちだろう。お金持ちのくせに、スリなんかはたらくことはないじゃないか。」
ますます、みょうなことをいいます。
「えっ、スリだって?」
「そうだよ。ぼくはすっかり見ちゃったんだよ。」
「ぼくがかい? ぼくがスリをやったって?」
玉村君はびっくりしてしまいました。
「ほら、八幡さまの石がき……。あの石がきの石が、一つだけ、ぬけるようになっているんだ。きみはその石のうしろに、からの紙入れを、たくさん、かくしたじゃないか。」
「なにをいっているんだ。ぼくにはちっともわからないね。もっとくわしく話してごらん。」
玉村君は、あまりのいいがかりに、腹がたって、おもわず、つよい声でいいました。
「じゃあ、くわしく話すよ。」
松井君は、ゆうべのできごとを、はなしはじめました。