Chapter 1 of 8

雲の上の怪物

少年探偵団の小林団長と、団員でいちばん力の強い井上一郎君と、すこしおくびょうだけれど、あいきょうものの野呂一平君の三人が、春の休みに、長野県のある温泉へ旅行しました。

その温泉を、仮に矢倉温泉と名づけておきましょう。国鉄から私設鉄道にのりかえて、矢倉駅でおり、すこし山道をのぼると、そこに、温泉村があります。山にかこまれた、けしきのよい温泉です。

その温泉のトキワ館という旅館の主人が、井上君のおじさんなので、小林団長と野呂君をさそって、五日ほど滞在する用意でやってきたのです。

井上君のおとうさんは、もとボクシングの選手だったので、井上君も、ときどきボクシングをおそわることがあります。生まれつきからだが大きくて力が強いうえに、ボクシングの手まで知っているのですから、学校でも、だれも井上君にかなうものはありません。

野呂一平君は、ノロちゃんというあだなでよばれていますが、からだの動かしかたがのろいわけではありません。なかなか、すばしっこいのです。しかし、やせっぽちで力もなく、そのうえ、すこし、おくびょうなのです。

そんなおくびょうものが、どうして少年探偵団にはいったかといいますと、ノロちゃんは、小林団長を、ひじょうに尊敬しているので、どうしてもはいりたいといって、きかなかったからです。小林君も、ノロちゃんがすきですし、おくびょうだけれどもすばしっこいのと、だれにもすかれる、あいきょうものなので、団員に入れることにしたのです。

三人がトキワ館につきますと、井上君のおじさんや、おばさんは「よくきた、よくきた。」といって、ひじょうに、かんげいしてくれました。

トキワ館のそばに、岩をくんだ野天ぶろがあります。三人はまずそこへはいって、およいだり、お湯のかけっこをやったり、大はしゃぎをしたあとで、部屋にもどって、おいしい夕食をたべました。

そのとき、おきゅうじをしてくれたのは、よくしゃべる女中さんで、いろいろ話してくれましたが、そのうちに、みょうなことをいいだしたのです。

「あんたがた、少年探偵団だってね。そんならばちょうどいい。いまこの村に、おっかねえことが、おこってるだよ。おまわりさんでも、どうにもできねえような、おっかねえことがよ。」

女中さんは、いなかの人ですから、ことばがへんですが、いみがわからないほどではありません。

三人の少年はそれを聞くと、にわかに、からだがシャンとしたような気がしました。じつはそういう話を、待ちかまえていたからです。

「おっかないって、いったい、どんなことですか。」

小林団長が、ひざをのりだすようにしてたずねました。

「それがね、わけがわからねえだよ。なんでも、雲の上に、おっかねえばけものがいて、わるさをするっていうのよ。」

いよいよ、おもしろくなってきました。

「わるさって、どんなわるさをするんです。」

「雲の上から、でっかい手が、ニューッとおりてきて、ニワトリや畑のものをつかんでいくんだって。牛や馬でも、つかみころされたことがあるくれえよ。」

「ねえさんは、その大きな手を、見たことがあるの?」

「いんや、わしは見ねえけんど、大ぜい見た人があるだよ。そのばけものの腕は、ふたかかえもあるマツの木のような、でっけえ腕だとよ。」

三人の少年は、顔を見あわせました。いったい、そんなばかなことが、あるものでしょうか。雲の中から、巨人の腕がニューッとあらわれて、いろんなものをつかんでいくなんて、いままで聞いたこともない、へんな話です。

「ねえさんは、そんなことをいって、ぼくらをおどかすんだろう。東京の子どもは、山の中のことを、なんにも知らないと思って、おどかしているんだろう。」

ノロちゃんが、にやにや笑いながらいいました。ほんとうは、すこしこわくなってきたのですが、笑い顔でごまかしているのです。すると女中さんは、しんけんなちょうしで、

「いんや、おどかしでねえ。なんでわしが、おどかしなんかいうもんか。ほんとのこったよ。だがね、この話をしちゃいけねえって、だんなさんにいわれてるだ。そんなうわさがたてば、温泉がさびれるだから、いっちゃいけねえってね。だが、あんたたち少年探偵団だから、わし、ちょっといってみただ。だからよ、これ、ほかのお客さんに話すでねえよ。わしが、しゃべったことがわかると、だんなさんにしかられるだからね。」

少年たちは、もっと、いろいろ聞きだそうとしましたが、女中さんは自分で見たわけではないので、くわしいことは、わかりませんでした。

そのあくる日、井上君がおじさんにあったとき、女中さんから聞いたといわないで、それとなくたずねてみますと、おじさんは、こまったような顔をして、

「もう一郎君の耳にはいったのかい。ばかばかしい怪談だよ。雲の上から巨人の手が出て、いろんなものをつかんでいくなんて、そんなことが、信じられるかい。きっと、どろぼうがいるんだよ。いろんなものをぬすんでおいて、そんな、巨人のうわさをいいふらし、自分のつみをのがれようとしているんだよ。」

「じゃ、おまわりさんが、しらべればいいんですね。この村にだって警察があるんでしょう。」

井上君がいいますと、おじさんは、うなずいて、

「むろんあるさ。警察分署があって、四―五人のおまわりさんがいる。このあいだから、いっしょうけんめいに、しらべているんだが、まだ、どろぼうはつかまらない。じつにこまったことだ。」

と、ためいきをつくのでした。

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