Chapter 1 of 3

Chapter 1

一年ほど前、私は何人かと共にインドに向けて文学作品を放送する事業に携わっていた。種々のものをとりあげた中で、かなりの部分が現代ないしそれに近い時代の英国作家の韻文だった――例えばエリオット、ハーバート・リード、オーデン、スペンダー、ディラン・トーマス、ヘンリー・トリース、アレックス・コンフォート、ロバート・ブリッジズ、エドムンド・ブルンデン、D・H・ローレンス。詩の実作者に参加してもらえる場合はいつでもそうしていた。何故にこういう特殊な番組(ラジオ戦争における遠方からのささやかな側面攻撃だ)が始められることになったかは改めて説明するまでもないが、インド人聴衆に向けた放送である、という事実によって、我々の技法がある程度まで規定されていたという点には触れる必要があるだろう。要点はこうだ。我々の文芸番組はインド大学の学生たちをターゲットにしていた。彼らは少数かつ敵対的な聴衆で、英国のプロパガンダと表現しうるものは一つとして届かなかった。あらかじめ、聴取者は多めに見積もっても数千人を越すことはないだろうということがわかっていた。これが通常オンエアできる範囲を超えて「ハイブロウ」な番組を作るための口実になったのだ。

言語は知っているものの文化的背景を共有しない人々に対して詩を放送するなら、かなりの分量の注釈と説明とが欠かせない。そこで我々が通常従っていた定石というのが、月刊文芸誌の体裁をとる、というものだった。編集部員がオフィスにいる設定で、次号に掲載する内容を話し合う。一人が一篇の詩を推せば、他の者が別のこれはどうかという。短い議論があって、そこに詩そのものが登場する。朗読するのは別の人物で、できるなら詩人本人が望ましい。この詩から自然にもう一篇の詩が招集され、かくしてプログラムは流れていく。詩と詩との間の議論は三十秒以上続くのが通例だった。三十分番組だったので、登場人物を六名にすると最も具合が良いようだった。こういったタイプの番組はどことなくまとまりのないものにならざるを得ないのだが、一つのテーマを決め、それを巡る形で番組を作ったので、一応の統一感は出せた。例を挙げれば、我らが想像上の雑誌のとある号は、まるまる戦争関連だった。それにはエドマンド・ブルンデンの二作、オーデンの「一九四一年九月」、G・S・フレイザーの長詩「アン・リドラーへの手紙」からの抜粋、バイロンの「ギリシャの島々」、T・E・ロレンスの「沙漠の叛乱」からの抜粋が含まれていた。これら半ダースの作品は、前後に配置された議論と相まって、戦争に対し人が取り得る態度をよくカヴァーしていた。放送時間のうち、詩と抜粋された散文はおよそ二十分間で、議論がおよそ八分間だった。

この定石はいささか滑稽であり、またかなり恩着せがましく見えるかもしれないが、次のような利点がある。シリアスで時として「難解な」韻文を放送しようとする際には避けがたい純然たる知識や教科書的主題も、くだけた話し合いの中では幾分とっつきやすいものになる。様々な登場人物は実際には聴衆に向かって語っているのだが、表向き他の人物に話しかけているふりができる。この方法によって、また、詩に文脈を与えることができる。平均的な人間の視点では、この文脈こそ詩から欠落しているものなのだ。だがもちろん他の手法も存在する。我々が頻用したのは詩を音楽にはめ込む方法だった。これから数分間かくかくしかじかの詩を放送します、とアナウンスして、音楽をおよそ一分間流し、フェイドアウトして詩を始める。この時はタイトルもアナウンスもない。そして詩が終わると音楽が再びフェイドインして一・二分続く――トータル約五分。適切な音楽を選ぶのは大事だが、言うまでもなく、音楽の実際の目的は番組の他の部分から詩を隔離することだ。まあ、この手を使えば短いニュース番組の中にシェイクスピアのソネットを三分間流すことができ、その際、少なくとも私の耳には大した違和感がなくてすむ。

ここまで私が語ってきた番組は、それ自体としては大して価値のないものだった。それでもわざわざ言及したのは、私を含め何人かが、この番組によって、詩を普及させる手段としてのラジオという着想を抱いたからだ。私は早いうちから、詩を、それを生んだ詩人の声で放送することによって、聴衆のみならず詩人その人にも影響を与え得るかもしれないという事実に驚かされた。英国ではこれまで詩を放送する試みが極めて貧弱であり、韻文の作者にとって、作品を大きな声で朗読するなど思いもよらなかった、ということをご記憶だろう。マイクロホンの前に座る時、殊にそれが定期放送であれば、詩人は自作との間に新たな関係を築くことになる。我々の時代および国にあっては、これは他の手段では達成しえない。詩が次第次第に音楽とも、声に出して読まれる言葉とも無関係になっていく、この経過は近現代――この二百年ばかり――ではありふれている。詩が存在するためにはとにかく印刷されなければならないのであり、もはや詩人は歌うことはおろか、朗誦することすら期待されていない。その程度たるや建築家が天井に漆喰を塗る方法を知るべく期待されること以下である。叙情的な詩も修辞的な詩もほぼ書かれなくなってしまい、誰もが文字を読める国家においては例外なく、一般人の間における詩への敵意は当然のものとなってしまった。そして、この種の割れ目は、ひとたびできてしまうと拡大していくものなのだ。その理由は、詩が主として出版されるものであり、少数派によってのみ理解されうるものだという考え方が、難解さと cleverness とを推進するからである。一目で意味がわかるような詩なんて、どこかうまくいっていないに決まっている、半ば本能的にこう感じていない人がどれだけいるだろうか? 再び一般人が韻文を朗々と読み上げるようにならない限り、これらの傾向は抑制されることがないであろう。そしてまたこれは、ラジオという媒体抜きには実現することが困難だと思われるのだ。しかしここで、ラジオの持つ特別な利点について触れねばならない。すなわち正しい聴衆を選び出す能力および、舞台上でアガったり恥ずかしがったりしないで済む点である。

放送を聞いているのは誰か、それは推測する他ない。だが、聴衆はひとりなのだ。何百万の人々が耳を傾けているかもしれない、だが、各々はひとりぼっちで聞いている。それが小集団の一人だったとしても、夫々のリスナーは貴方が自分一人に向けて語りかけているように感じている(あるいは、そう感じさせなければならない)。それ以上に、聴衆が貴方に対し共感的であり、少なくとも興味を抱いていると仮定していい理由がある。つまらないと思えば、つまみ一つで貴方のスイッチを切ることができるのだから。恐らくは共感的でありながら、しかし聴衆は貴方に力を及ぼさない。放送と演説ないし講義との間の差異、それはまさにここにある。演壇に立てば、公衆の面前でよく話す人なら誰でも知っているように、どうしても聴衆に合わせた喋り方になるものだ。彼らが何に反応し、何に反応しないか、そんなことはわずか数分間でわかってしまうのが常だ。そして実のところ貴方は、集まった中で最も愚かだと思われる人物のために話さざるを得なくなり、ご機嫌取りを始めてしまうことになる。「パーソナリティ」の名で知られる誇大宣伝の手法によって。そうしなければ、結果は常に冷え冷えとしたきまり悪さだ。悍ましきもの、それは「詩の朗読会」である。なんとなれば聴衆の中には常に飽き飽きした人が、ほとんど剥き出しの敵意めいたものを抱いている人がいるからだ。それなのに彼らはスイッチひとつで立ち去るというわけにはいかない。これと通底する同一の困難さが劇場にもあり――そこに集う聴衆もまた選ばれてはいない点だ――このため英国においては真っ当なシェイクスピアの上演は不可能になってしまった。電波の世界ではこれらの条件は存在しない。詩人は、詩になにがしかの意味を見出している人々に語りかけていると感じるのだし、実際、放送慣れした詩人ならマイクロホンに向って、聴衆を目前にした場合には決してなしえない朗読の妙技を発揮しうるのだ。ここには思い込み的な要素が紛れ込んでいるが、それは重要ではない。大切なのは次の点だ。すなわち、詩人が韻文を朗々と読み上げても、自然で、恥ずかしくない感じがする場をつくりあげるためには、人間同士の通常のやりとりに見える状況をつくりあげるためには、目下の所これが唯一の方法であるという点である。そして詩人はこの方法によって、自作を紙の上に広がるパタンではなく音として考えるように導かれるのだ。これだけで詩と一般人との間の和平が近づく。エーテル波の詩人側ではすでにかような和議が存在している。反対側でどのような変化が進もうと。

しかしながら、反対側で起きていることを等閑視することはできない。ここまであたかも詩に関わる事柄すべてが気恥ずかしくほとんど猥雑であるかのように、亦あたかも詩の普及は、本質的には子供に薬を飲み込ませたり、迫害されてきたセクトにたいする寛容さを育てたりするといった、戦略上の作戦行動であるかのように述べてきたと見えるだろう。だが不幸なことには、実態はそんな感じなのだ。我々の文明ではこれまでのところ、詩が全芸術中で最も信頼を喪失した芸術であることに疑いはない。そう、平均的な人間が一切の価値を否定する唯一の芸術である。英語を話す国々の間で「詩」なる語が群衆を即座に蹴散らすこと消防ホース以上であるとアーノルド・ベネットが語った時、それは誇張とは到底言い難かったのだ。前述のように、この種の裂孔は存在するだけで広がっていくものだ。一般人はますます詩を厭い、詩人はますます傲慢かつ理解不能になり、最終的には詩と大衆文化との間の離婚は、それが我々の時代と比較的狭い地域にのみ属するのに、なにか自然法則でもあるかの如く受容されるに至る。高度に文明化された国々に住む平均的な人間が、美学的には最下級の野蛮人以下であるような、そんな時代に我々は生きている。総じてかかる事態は、いかなる意識的な行動によっても治癒不能だと看做されている一方、社会が見目麗しく変貌するや否や外力なしに自分自身を糺すものと期待される。わずかに表現を変えれば、マルクス主義者、無政府主義者、および宗教の信者の誰もが同じことを言うだろうし、大まかにいってこれは疑いなく正しい。我々は醜悪さの中に生きているのだが、その醜悪さには精神・経済両面の原因があり、単純に何らかの点における伝統の堕落に帰着させることはできない。しかし、だからといって我々が持つ現行の枠組みの中では全く改善が見込めないとか、社会を救済する上で美学的な改善は不要であるとかいうことにはならないのだ。であるからして、ここで立ち止まって考えるのは悪くない。いったい、現在でも、詩を最も憎悪された芸術というあり方から救い出し、少なくとも音楽に対して存在している程度の寛容性を勝ち取ることは可能なのか、と。だが、まずは次の疑問から始めなければならない。詩はどのように、またどの程度不人気なのか?

一見すると、詩の不人気さはこれ以上は不可能なほど最悪だ。しかしもう一歩を進めると、これにはいささか奇妙な限定条件がついているに相違ないと思われる。はじめに、現在でも、広く知られ、引用され、皆の心の背景の一部を成している民俗的な詩(わらべ唄など)が相当数ある。一握りだが大昔の唄やバラッドも廃れてはいない。加えて、総じて愛国的なあるいは感傷的な「良い悪詩」は人気であり、少なくとも我慢はされている。仮にそうでないなら的外れなのだが、実際にはそれらの「良い悪詩」は、平均的な人間が表向き真の詩を嫌う原因としている性格を全て備えているのだ。韻文であり、押韻し、屹立する感傷と珍奇なる言語とを振りかざしている――それも顕著に。この手の悪い詩が、良い詩よりも「詩的」なのが自明な程に。それは積極的に愛好されないかもしれないが、少なくとも受け入れられている。例えばこれを書くちょっと前のこと、BBCを聴いていると、一組のコメディアンが九時のニュースの前のいつもの番組をやっていた。放送時間があと三分で終わるというとき、一人が突然「しばらくシリアスにいきたい」と言い出し、国王を礼賛して「古き良き英国紳士」(*1)と題する愛国的な戯言を朗唱し始めた。さあ、この唐突な最底辺の韻律付き英雄譚への堕落に対し、聴取者の反応やいかに? 暴力的なまでに悪い、ということはありえない。さもなくばBBCにこんな行為をやめさせるだけの怒りの手紙の束が届くだろう。巨大大衆は詩を敵視するものの、韻文への敵意は然程ではない、と結論せざるをえない。とにかく、韻律がそれ自体のせいで嫌われているのなら、唄も汚れたリメリック(*2)も人気の出ようがないのだ。詩が嫌われるのは、それが理解不能性(*3)、高慢さ、および「平日の中の日曜日」的感覚と結びついているからだ。「詩」なる名は、「神」なる語や牧師のまとう犬の首輪に先んじて、同種の悪印象を生み出す。詩の人気を高めるのは、ある程度まで、いかに後天的な抑制を打破するかという問題なのだ。人々に機械的なブーブー音を発するのではなく、耳をすますようにさせることなのだ。先に私が耳にしたようなゴミ作品はどうやら普通に感じられるらしいのだが、真の詩をそれと同程度の普通っぽい見かけで巨大大衆に紹介することが可能なら、真の詩に対する偏見の一部は克服されることだろう。

詩の人気を再興させるには、公衆の趣味における計算尽くの教育が必要だとしか思えない。それは戦略を、おそらくは謀略とさえ呼べるものを伴うことになる。かつてT・S・エリオットは、詩、殊に劇詩はミュージック・ホールという媒体を介して普通人の意識の中に戻るかもしれない、と示唆した。そこにパントマイムを加えても良かっただろう。その広範な可能性はいまだなお完全には探求され尽くしていないのだ。恐らく「闘技士スウィーニー」はこういった考えを裡に秘めて執筆されたのだろうし、実際、演芸場の出し物の一つとして、あるいは少なくともレヴューの一シーンとしてなら上演できそうである。私はここまでラジオがそれ以上に期待できる媒体であると示唆し、特に詩人側から見たラジオの技術面での利点について指摘してきた。かような示唆が初めのうち絶望的に聞こえるのは、ほとんどの人々にとっては、ラジオをくだらぬ戯言を撒き散らすこと以外のやり方で用いるなど想定外だからである。人々は世界中のラウドスピーカから現にその種のものが滴り落ちるのを聴取しており、無線通信は他ならぬこの目的のためのみに存在するのだと結論する。そう、「無電」という単語は、独裁者の咆哮やら、お上品な低い嗄声が我が方の未帰還機は三機でありますとアナウンスする光景やらを彷彿とさせるのだ。オンエアされる詩、それは縞々のズボンを履いた美神たちのように聞こえる。にもかかわらず、道具の可能性と現在の用途とを混同すべきではない。放送がこのような有様なのは、それが生れながらにして馬鹿げているからでも、マイクロホンから送信機までの機器全てが不実であるからでもない。それは現在のところ、放送が世界のどこにいっても政府や、独占的な大企業の支配下にあるからだ。それらの関心の的は status quo の維持なのであり、従って一般人が知的になり過ぎないように活動している。似た状況が映画についても存在する。ラジオと同じく、映画は資本主義が独占段階に至った期間に出現し、途轍もなく多額の資金を必要とする。この傾向はあらゆる芸術で進行している。制作者たちはますます官僚たちによって支配され、官僚たちの狙いは芸術家の破壊ないしは少なくとも去勢である。世界中で進行中であり今後も疑いなく進行していくに違いない全体主義化が、他の何らかのプロセスによって緩和されない限り、荒涼たる情景がもたらされるであろう。そしてそのような緩和プロセスはわずか五年という近い過去(*4)においても容易には予見し得なかった。

つまり、我々全員が加担しているところの巨大な官僚主義的機械が、身を軋ませつつ動き始めているのだ。単にその大きさ、その成長の維持のために。近代国家は知的自由を一掃したがるもので、そのくせ同時にどんな国家も、戦争の圧力下にある国家なら尚更、宣伝活動のためのインテリゲンチャがもっともっと必要だということに気づいている。近代国家が必要としているのは、例えば、あじビラ・ライター、ポスター・アーチスト、イラストレータ、放送従事者、講師、映画製作者、俳優、歌の作曲家であり、画家や彫刻家も例外ではない。心理学者、社会学者、生化学者、数学者といった面々については言わすもがなである。英国政府は今次の戦争(*5)を始めるにあたり、文学界のインテリゲンチャを締め出す意向を多かれ少なかれ公式に表明していた。然るに三年後、政府はほとんどの著述家を彼らの政治的来歴や見解を無視して各省庁やBBCに送り込んだ。そればかりか、軍隊に入った者もしばらくして気がつけば宣伝部門その他の本質的に文章に関わる仕事に従事していることが多かった。政府が嫌々ながらこういった人々を吸い上げたのは、彼らなしには済まないことがわかったからだ。当局の視点からすると、理想的には広報活動全部を「安全な」人々、すなわちA・P・ハーバートやイアン・ケイといった人々に任せてしまいたかったのだろうが、それでは人手が足りず、手近のインテリゲンチャたちを動員せざるを得なかった。そのため、公式のプロパガンダはそのトーンを変えることになった。内容までもがある程度は変わったのだ。この二年間に発行された政府のパンフレット、ABCA(*6)の講演、占領された国々へのドキュメンタリー映画や放送を知る者なら、我が国の統治者があんなモノにまでカネを出す羽目に陥っていたとは想像できまい。政府という機械が大きくなるにつれ、その中にますます多くの放置状態の末端や忘れられた一隅が含まれることになるという話に過ぎないのだが。これは恐らくささやかな慰めだ、ささやかではあるが卑小ではなく。これが意味するのは、ある国で既にリベラルな伝統が強固な足場を築いているなら、官僚主義は恐らくその暴虐を完遂することができない、という点である。支配者となるのは縞々のズボンを履いた人々だろう。だが、彼らがインテリゲンチャを手元におこうとする限り、インテリゲンチャはある程度の自律性を持つことになる。例えば、仮に政府がドキュメンタリー映画を欲するとする。映画の技術に特に興味を持つ人々を雇用する必要がある。そして政府は彼らに必要最低限の自由を与えなければならない。結果として、官僚的な目から見ると不都合きわまる映画が現れがちになるのだ。絵画、写真、脚本書き、ルポルタージュ、講演など、複雑な近代国家が必要とするあらゆる芸術や半芸術についても同様だ。

これはラジオにも明白に当てはまる。現在では創造的な書き手の敵であるラウドスピーカだが、放送の量と範囲が拡大した時にもそのままであるとは限らない。BBCは現代文学趣味のつまらぬレギュラー番組を流しているものの、目下のところ、詩を放送するための五分間を獲得する方が、嘘八百のプロパガンダ、ブリキ缶入り音楽、陳腐なジョーク、サクラによる「討論」、その他諸々を撒き散らすための十二時間を獲得するより困難なのだ。だがかかる状況は、前述のような方向に変わるかもしれないし、そんな時が来たなら、いま障害になっている様々な敵対的影響など一切無視して、韻文の放送という真摯な実験を行えるようになるだろう。この実験によって偉大なる結果が導かれる、と主張するつもりはない。ラジオは生まれた後あまりにも早く官僚機構化されてしまったため、放送と文学との関係は十分には検討されてこなかった。マイクロホンが詩を一般人の許に返す手段になるのかはよくわからない。詩が読むもの以上に語るものになるのかもわからない。だが私は訴える。そういった可能性は存在するのだと。そして文学を気遣ってくれる方に対して、この酷く軽蔑された媒体のことを、その良き力をおそらくはジョード教授(*7)とゲッベルス博士(*8)の声によってかき消されてしまっている媒体のことを、もっと考えてみて欲しいと。

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