Chapter 1 of 5

〔今日の世界と東アジア〕

諸君、近来支那朝鮮という問題がよほど世間の注意を惹くことになった。ことに満韓という問題は政治家、学者は勿論、事業家の間などにも、よほど注意せらるることになったのは甚だ喜ぶべきことであります。我輩はほとんど十数年以来支那の問題を研究している。しかし今までは社会はあまりこれに耳を傾けなかった。然るに近来は全社会を通じて、この問題によほど重きを置くということになったのは、諸君と共に最も喜ぶべき事である。抑々この問題を解釈するために最も必要なる事件は、目下起っているところの我が国家の安危栄辱に関するこの戦争である。この戦争の結果がどうなるかということが先決問題である。もしこれが負ければ清韓どころではない。我が海岸線を守らなければならぬという事になる。これは実に容易ならぬ問題である。国民の頭上に臨んでいるところの最も大なる問題である。しかしこの戦争には必ず勝つと信じている。当局者も無論信じている。ことに軍隊は最も大なる自信力を以て戦いつつあるのである。日本の勇敢なる軍隊と、智勇兼備の将校の力に依って必ず勝つに違いない。しかしながら、戦争の勝利によりてすべての事は決せられぬのである。

今日の世界は決して日露で支配している訳ではない。日露以外、世界に強国、大国が存在しているということを忘れることはならぬ。今日世界に如何なる大国があるか、如何なる強国があるかといえば、是非七つ八つ指を屈せねばならぬ。あたかも支那の春秋戦国の時代、戦国七雄というような有様である。欧羅巴に於ては英、仏、独、露西亜、墺太利、伊太利、この六大国がある。これに北米合衆国を加えて七大国である。戦国七雄に比しても、まさか現在戦国ではないが、ほとんど戦国の有様を現している。而して今まさに絶東の日本帝国がこの七大国に加わって、第八国にならんとする時であるから、このたびの戦いは日露のみで解釈は出来ない。世界の問題である。そこで私が今日議論をする問題は、まず「世界に於ける日本の地位」という演題にしても宜いかと思う。しかしこれではあまり大き過ぎる。今少し縮めて「日本の大陸に於ける勢力」、大陸というても少し漠然としている。「亜細亜に於ける勢力」としようかとも考えたが、亜細亜というてもあまり大き過ぎる。そこで私は「東亜細亜に於ける日本の勢力」、こういう問題にした方が適当であろうと思う。

そこでこの世界の強国に、今や日本がその一とならんとしつつある、――まだなった訳ではない。自ら強国なりというても戦いに勝っただけで強国になるものではない。種々の強国が日本を強国なりと認識(レコグナイズ)して初めて強国となる。自分一人で豪がっても、世界の強国がこれを認めなければ強国とはなれない。言い換れば、世界の問題に発言権を持するに至って、初めて世界強国の間に立つことが出来るのである。自分一人豪がっていても何処からも相談をされない。世界の大なる問題を決するには、他の世界強国の間で決してしまって、ただ通告を受けるというのみでは強国とはなれない。果して日本がそういう地位に達するや否や。そこでこの戦いだ。

この戦いはどういう有様であるかというと、私は軍人でないからこれを軍事上からは論じないが、まずごく簡単にこれを説明しますると、露西亜はほとんど欧羅巴の中古時代の国である。私は昨年の十一月にある所で演説をしたが、その時に露西亜は全く蒙古と同じ事である、露西亜の武力は蒙古的武力である、露西亜の軍隊の組織は蒙古的である、露西亜の君主専制も蒙古的である、こういう事を言った。蒙古の勢力はもはや五世紀も前になってしまったのに、今日までそれと同じ露西亜の勢力が残っているというは如何にも不思議である。およそ進化の理を以て論ずるも、またかくの如き中古時代のものが今日まで存在しているということは頗る疑問である。これは全く一種の外交的関係から来ているのであろう。即ち国際的関係、勢力平衡の上から露西亜という国が世界に大なる勢力を現しているので、その実力はすでに無くなっている。実勢は既に過去って惰力的の勢力が存在しているというに過ぎぬ。ところが日本は如何なる勢力であるか。即ち新勢力である。新たに勃興したところの勢力である。世界の文明、世界のあらゆる科学を応用して、而して中古的、専制的、封建的の羈絆を脱却してついに立憲の政治を行い、憲法を制定し宗教の自由を認めたという国柄である。歴史を読んでみても、仏蘭西の大革命以来専制の勢力は次第に消耗して、尠なくとも千八百四十八年以後は専制の勢力はほとんど全く消滅したのである。今日の流行語を以ていえば、頑強に立憲的運動に反抗した墺太利も普魯西も日耳曼列国もことごとく敗北して立憲政治を施くに至った。この時に露西亜という一国のみは依然としてその制度を改めない。これは国が僻在しておって守旧に便利なのと、「スラーブ」民族が元来政治思想に乏しきが故であるが、その地勢が守るに易く攻むるに難く、奈波列翁の失敗なぞのために西欧羅巴の国々が勢力を買いかぶったに原因すると思う。しかしながらかくの如き勢力が新勢力に競争して勝つということは進化の理に戻っている。中古の遺物として蒙古的勢力、亜細亜的勢力が欧羅巴に存在している。然るに亜細亜にありながら世界の最も進んだる文明を有する日本がこれに打ち勝つ。即ち欧羅巴に国しておるところの「スラボニック」民族が亜細亜的の働きをして、亜細亜に国しながら新文明の空気を呼吸する日本に打撃されるとは如何にも不思議なる現象であるが、これ蓋し真理である。進化の原理に符合するのである。故にこの戦いは必ず勝つと思う。

しかし勝つということになった暁、我輩の言うところの世界に於ける日本の地位は如何なる変化をなすか。我輩をしてごく露骨に自分の理想、自分の希望を言い現さしめば、世界のすべての問題に日本帝国が発言権を十分に占めたいと、こう思うのである。しかし一時にそういう勢力を得るということは如何であるか、これは疑わしいのである。そこで数歩を譲って、まず日本という国が東亜細亜に対して十分なる権力を持ちたいのである。かく謙遜したならば、諸君の中にはあるいは大隈老いたりということを言うかも知れぬが、私はまずそこまで譲りたいと思う。ご覧なさい、亜米利加合衆国が英国より独立して段々国が勃興するに付いてどういう地位をもつに至るか。かの国が今日世界に対してどういう地位をもっているかということを諸君に考えてもらいたい。諸君の知らるる通り、米国の大統領の「モンロー」がかつて宣言書を出した。これは「モンロードクトリン」というて亜米利加合衆国ではほとんど神聖視している。これは即ち亜米利加合衆国は自分の勢力範囲に欧羅巴の干渉は断じて許さないと同時に、欧羅巴の事件に関係しないということを宣言したのである。亜米利加合衆国でさえ、なお且つかくの如きものである。日本の突然勃興したところの勢力で、世界の発言権を持ち世界のすべての問題に権力を振いたいということはあまり空想である。しかし疑いも無くこのたびの勝利に依り、東亜細亜に於ては日本政府の意に戻って如何なる強国も我儘をやることは出来ないというだけの点には、必ず目的を達するに相違ない。

しかしこれも漠然としておっては目的を達しないのである。歴史も教えている通り、自分の国の地位は既にある点に達したに拘わらず、外交がそれに伴わなければ思う様に往かぬ事がある。しかしながら国民が十分に進歩して、国民的勢力が常に政府の後えにあれば必ずこの国の外交は成功する。国民の対外観念の発達に伴う外交は、着々功を奏するに相違ないと信ずるのである。そこでまず日本の勢力が亜細亜大陸に於て、支那朝鮮もしくは西比利亜に於て十分に実現されたということは、日本国民が十分知覚しなければならぬ。同時に国民の熱心が世界をしてこれを認めしむる、日本の勢力は如何なる強国もこれを認めねばならぬという事になって、初めて東洋に起った問題に付いては日本の一言一行というものが世界を動かす力を持つに至るのである。

そこで日本の地位が定まると同時に、問題が諸君の常に論ずる清韓という区域に移って来る。日本は勝つ、必ず勝つ。何故に勝つかというと、世界文明の潮流に乗じて世界文明に反対するものを打つからである。孔子のいわゆる仁者仁道を以て立つという訳である。先方は不仁をいうに此方は仁を行う。仁道を以て隣国に臨む。その隣国とは如何なる国であるかといえば、ほとんど大患に罹っている気の毒なる国民が吾人の周囲に存在しているのである。これをどうするかというに、少年客気の人は侵略論を唱えるそうである。そういう人達の議論はどうかというと、まず個人の上には道徳はよほど進んだが、国際的道徳は少しも進まない。いわゆる権謀術数、春秋に義戦なし、何でも強い者が勝つ。日本が強くなったから隣国を侵略して引き奪ってしまうという、これは実に驚き入った訳である。抑々国際的道義が成り立たぬということは大なる間違いである。ある場合に権謀術数を弄ぶものがあれば、その一、二の場合を挙げて全体の国際的道義甚だ幼稚なるものと断定するのは大早計である。二十世紀の今日に於ては、もはや「マキャベリー」の権謀術数は許さぬ。

また人の国を侵略すれば必ずその復讐として自分がまた他から侵略されることが起る。古より、武力を以て人の国を侵略したという国の結果は何時も宜いことはない。露西亜が無闇に侵略をする。この侵略に日本が反対をした。隣国を扶植してこれを進歩せしめる、こういう言葉を以て戦いをなすや否や、直ぐにかの侵略を真似て自分が侵略するというは何事ぞ。覇者もなおかくの如きことは為さぬ。況んや王者をや。実に人間の欲望は驚くべきものである。露帝は何と宣言したか。支那の現状維持、支那の保全のために支那の開放ということを宣言された。一度ならず何度も宣言した。千九百年に露帝は宣言した。露帝の外務大臣「ラムスドルフ」は亜米利加の国務卿に向って同様の返事をやった。前の「マッキンレー」大統領が支那の開放という事について列国に廻文を発した。それに「ラムスドルフ」は熱心に同意を表した。然るに当時は露帝も外務大臣も内閣も、ことに参謀本部では地図へ線を引いて、これは皆露西亜の地面にしてしまうといって、支那に対する侵略の計画は熟していた。それでもなお且つ表面は支那の現状保全を唱えて、少しも侵略ということは言わない。実に畏るべき国である。

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