Chapter 2 of 5
しかし我輩は耳はあまり使っておらぬ
それで、海外からの新帰朝者の土産話は、大いに耳学問になるだろうという人がある。それは此方で注意して聴いていたならあるいは耳学問になるかも知れないが、我輩が土産話も聴きはしない。土産話をしに来ると此方から逆に海外の話を聴かしてやる。我輩の談が果して〔当って〕いるかどうかは知らぬが、構うことはない。洋行帰りの先生に海外の話を聴かしてやる。こんな調子で御土産はとんと頂戴はせぬ。頂戴しないどころではない、御土産に熨斗をつけて返してやるのだ。
ところで若い時分はどうであったかというに、若い時分から我輩は剛情張りで、人の話などは聴かなかったのである。なんでも二十三、四の頃からは独りで先生気取りで盛んに講釈を聴かせて今日まで押し通して来たのだから、口は随分使っている。しかし耳はあまり使っておらぬ。