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Chapter 1

身辺雑記

尾形亀之助

九月、十月、それから十一月とはなつた。隣家の門にからんだ蔦が這つて来て庭の一間ほどの竹垣で海老茶に枯れてゐる。雨が降る度に天井と畳と障子がぬれる。引越すつもりであつたが、そのうちには引越すことになつてしまつた。何のことはないのである。

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こゝに一つの変な文章がある。或る描写論なのである。私はその一部分書き写して「左の一文を解釈せよ」といふやうなことで薄謝を呈することにして何処かの雑誌に掲載するつもりであつた。が、金がなくなつたので中止することになつた。審査は春山行夫君にたのむつもりであつた。で、薄謝を呈することが出来得なくなつたが、せつかく思ひついたことがらであるから、その変な文章の初め二三行を書き写す。興ある読者はひまをつぶされるがよい。

「描写は決定することに成功してそこにそれが結合されるに到つたまで描写することがあるやうにせんがため描写を研究しながら、そして描写のなかにある。研究等描写は建築であるところのものである魅惑によるに到るまで栽培の場合に於て一個として描写された。そしてかく描写の研究はのみならずまた完成されずしかも描写として理解されてゐる。それを全体何もないやうに…………………」

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「氾濫の再刊の言葉」はすこぶるふるつてゐる。私は「氾濫」の同人の一人であるために、そのふるつてゐるすこぶるさに頭をかゝへてしまつた。

四五日前、月船君が訪れて来たのでそのハンバク文を書くと言つたら「困るよ―」といふことであつた。「氾濫」は再刊する最初のモノがなくなつてゐるのだから私はどうでもいゝとは思つてゐたが、私の「鶴」を評する一文を「何故月船君が同誌に掲載させたのだらう」と室生犀星が思つたらうといふ月船君の話に、私は何のことだ機会があつたら同人をやめることだと思つた。

こんなことを書いたのは月船君へのあてつけではない。すみ心地のわるい詩壇であるといふことである。

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私の詩集「色ガラスの街」が五十部ほど残つてゐる。売つてしまひたい。今度引越のときは焼き捨てゝしまふつもり。贈呈してまで読んでもらうつもりは更にないからである。次に今年の五月に出した「雨になる朝」は七百部も刷つたのでまだ沢山残つてゐることだらうと思ふ。これも売りつくしたいものだと思つてゐる。「色ガラスの街」は五百部刷つて三百五十部ほど売つたのであつた。

秋も末。金が欲しいと思つてゐることなのである。

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この一年僅七篇の詩作しかなかつた。そんなわけでもあるまいが、詩壇的な交際は一切さけたいと思ふやうになつた。

(一九二九、一一、九)(南方詩人 昭和5年1月発行)

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