Chapter 1 of 4

Larue

巴里の雑踏はそこから始まるという大並木路マデレンの辻の角に名料理店、ラルュウがある。

店をイルミネーションで飾るでもなし、英字新聞の大陸版へ広告を出すでもなし、表の構えは普通に塗った木目の板で囲い、ただ内側だけ気持よくこしらえてしとやかに客を待つといった風だ。もし春の夕闇に鶉の下蒸しの匂いが廚房から匂って出なかったら通りがかりの人はおそらくこの辺にあり勝ちの住宅附事務所とも思って過ぎてしまうだろう。

しかし客が入口の扉を繰るやさすが名料理店の節度が其処に待ち受けている。輩下を従えた老給仕頭が慇懃に迎い入れる。その瞬間に彼は客が食通であるか無いかおおよそ見分ける。舌のない客と鑑別ければ左室の通称「悪い側」の方へ入れる。其処では客はたとえでたらめな皿の取り方をしても宜い、四囲の客も皆そうなのだ。若し舌のある客と認められたら彼は右側の室へ入れられる。気を付けなければいけない、ここは食慾の道場だ。三昧を擾してはならない。人々は敬虔に本能に祷り入っている。人々の態度はいう。

「食事は祭典だ」

客の質は違っても右と左の部屋の造りは同じだ。白と金の羽目框、室内を晴やかに広く見せる四方の鏡壁、窓脇腰掛と向き合う椅子は薔薇いろの天鵞絨張りで深々としている。静で派手な電光。それは一通り世の中を知ったマダムだ。しかし年は若い。彼女は長い裾の着物を着る。絵のような帽子を冠る。そして口紅だけは避けて素でさっぱりしている。ざっとこんな感じの部屋だ。

一たい巴里で料理専門の店にはこうした造りが多い。広さもそう広くない。きまった客の数だけを宝石箱の中へ入れるように大事にして、食事専念の志を擾すまいと万事に努める。給仕に偏執狂を扱う看護卒のような心得がある。これから見ると大ホテルの食堂などは野外饗宴だ。虚栄の風で食物の味は吹き曝されて仕舞う。

真に食道楽の客は大かた一人で来る。彼はかならず窓脇腰掛の角隅に席を選む。彼には何年来定まった席があるのだ。その席がもし他の客に占られていたなら睨む。しばらく立並んで呪いの眼で睨む。それからふしょうぶしょうに臨時の席につく。実際巴里人には妻も子も持たないで生涯の愛を舌に捧げる食道楽がたくさんある。彼等は肥っているが美食に疲れその皮膚は不自然に箍になって弛んでいる。彼等は美しい女を見ても本能を食慾の方へ導いてうまそうだと思う。肝や臓物を多く食うので胆石病にかかり易い。彼等が食道狭窄症に陥ってもう食えなくなる。いよいよ終りが来た。その時彼は好みの白葡萄酒を身体にかけて貰いヨセフ料理店の牡蠣料理を取寄せて眼の前で友人に食べて貰うのを眺めて満足して死ぬ。彼の最後のあきらめはこうである。「おれも一生かなりよく食った――」

マデレーン寺院の片頬を染めた春の西日が全く落ちて道路につぶつぶの燈と共に食酒を飲んだあとの男女の群が華やかに浮出るころ、もう早目の食道楽の客がラリュウの右側の部屋に二人三人席を占めていた。

彼等は首尾よく自分の定席に就けて満足そうだ。天鵞絨の腰掛けへの腰の埋み加減、寛闊な足の踏みはだかり加減も気に入るように調節した。食卓は心持ち身近に引く。そこで指と指を組み合せ馴染の給仕に今日の料理場の内況を逐一聴き取ろうとする気構えだ。だが相憎マネージャアのヂュプラが店に姿を現わしているなら余り委しい様子は聞けない。食通客に馴染の給仕というものはもう店の召使いでは無い。客の間諜として店に入り込んでいるようなものだ。彼は客に料理場の秘密を内通して仕舞う。今日の仕込みの鰈は生きが悪かったとかコック頭とコックと喧嘩して青豆を茹で過ぎたとか、とかく店の為にならない話だ。そこでマネージャアは給仕と食通客と程度以上に親しくするのを監視する。給仕は自然いじける。今夜聴き得た情況はわずかに料理場で鵞鳥料理を特別に成績よく作ったという報告に過ぎなかった。これなら給仕もマネージャアに聞えて差支えない。大きな声でいえる。客の大部分はそれを誂えた。どんな姿で、どんな匂いでどんな味で――それが自分達に遇いに来るか客達は赤葡萄酒の渋味の一杯にまず感覚を引立てて無心のうちに待ちうける。客同志見知り越しのものもある。お互いに目礼はするが言葉に出して期待の時間の静謐を破りはしない。ただ腹の中で互いに想う。「あの食辛棒!」「生をひそかに楽しめ」の曲を四部合奏が囁き出した。この曲なら胃の機嫌に悪影響はない。

ロア・オウ・マロンという名の鵞鳥料理は手数のかかったものだった。

まず鵞鳥の臓腑を頭から抜き取る。指程の腸詰十八を白葡萄酒で煮て冷してから匙でくずす。マデール葡萄酒で煮た同量の肝臓脂肪と前のくずした腸詰とを一緒にこねる。それへ家禽か牛肉のスープで汁気たっぷりに煮込んだ栗を混ぜる。こうして出来た詰物を臓腑を出したあとの鵞鳥の腹の中に詰め口を糸で括り金串にさして汁で湿しながら焼く。

ロア・オウ・マロンが現れたときの客の悦びは異様であった。掴みかかり度いのを堪えて彼等は指の節々を撫で折って手をしなやかにした。かすかな痙攣のような興奮を顔の或部分に現わしたものもある。「オウ・ムッシュウ!」思わず叫び声を挙げてマネージャアのヂュプラの顔に驚きの眼を与える客もある。ヂュプラは名優がアンコールされたときの態度のように少し首を傾げ上目使いに揉手しながら気取って答礼をしている。鵞鳥の一片とその間からこぼれかかった詰物との調和は巴里の一流料理の威容を保ち乍ら食卓の上の濃厚な焦茶で客達に媚びる。

若い男女の客もあった。しかし彼等にねばついたところは見え無い。恋にたんのうし生活にたんのうしもうこの上何の動きも必要としない境地に落ちついた間柄に見える。おいしいものでも喰べて春の宵をしずかに過そうという水なら淵へ流れ入った間柄と見える。若いままで好い老境に入った恋人同志に見えた。

女が好きで註文したものか彼等の食卓の前で給仕頭がこの店の名物、レ・クレープ・スゼットを手際よく作って居る。

此菓子はまずオレンジの内莢で香をつけた牛乳四デシリットルの中に、玉子十個とフルーレットクレーム四デシリットルを混ぜる。この中に五百グラムの小麦粉と、百五十グラムの粉砂糖と、一摘みの塩を入れて攪きまぜる。最後にシャンパン半デシリットルを加えモスリンの布で漉す。それによく攪拌した、クリーム三デシリットルを加える。これを黄金色に平に焼いて料理場で用意して置く。その柔い生乾きの煎餅に似たものを、食後の客の前に出してアルコールランプの皿鍋が程よく焼けると、その中でシャンパンとリキールグラシ、マルニエ、コルドン、ルージュを注ぎ込んだオレンジのバタで、料理人が揚げる。夢のように甘い、南欧の春のオレンジの香がにおい立つ。客は料理人の得意の手際を見乍ら揚げるそばから食べるのがつくづくうまい。

芝居の始りにもう一時間という時間になり右の部屋も左の部屋も相当客が立て込んで来た。音楽はだんだん弾んだ曲に入る。料理場は口を引結んで弾丸を矢継ぎ早やに詰め代える塹壕の光景になった。

この忙しさに一向頓着なく料理場の片隅に一つのストーヴと一つの料理卓を控えて七十近い老翁がいる、彼のこまかい料理の運びは殆んど自然のように遅速は無い。ときどき味を試す為に瞑目する。周囲の忙しい人達は老翁の存在を気にかけ無い。だが、もし老翁の仕事を妨げそうにでもなると誰も急いで遠慮する。老翁は今前菜の一種を拵えている。

料理卓の上にはアンショア(ひしこの塩漬)の三枚におろしたのが昨日からオリーブ油に浸けられている。それを和蘭の馬鈴薯を雪の様におろしてオリーブ油、酢、塩、胡椒で味をつけた中へなかば埋める。ゆでた海老の薄身を赤く周囲に点ずる。トマト・ケチャップをかける。

これは料理家の間にアンショア・ア・ラ・ブレトンヌと名づけられる前菜なのだ。老翁は一先ずこれを拵えて見てそれからこれをなおより善く巴里人の好みに引直そうと工風を進める。膚のつやつやしいむき玉子の一つ二つ、白葡萄酒で煮た鰻のはぜた肉などが老翁の節の短い太い指の間に取り上げられた。そしてまた老翁は考え直す。基本の味から彼の味を引き、この味を加える――老翁の頭の中では味が数学のように取扱われている。

老翁はその間に深い溜息をした。料理の心労の為では無い。死んだ息子が思い切れないのだ。老翁はラルュウの前店主エドアール・ニニヨンである。たった一人の息子は大戦のはじめにソンヌで戦死した。老翁は七十近くなった。店を弟子であり甥でもある現マネージャア、ヂュプラに譲って生れ故郷のブレターニュのルンヌスに引退した。

年が経つに従って彼の息子を憶う情が切なくなった。ブレターニュの景色も老翁を慰めなかった。老翁は矢張り料理するのが宜いと思い極めた。あの息子のマルセルに食わすつもりで料理を工風するがいいと思い極めた。マルセルは食通では無かった。生きている時には父のこしらえた一等料理もそこらのレストランの料理も見境なく食った。父は息子の舌には苦笑していた。

併しそれが何だ。俺はやっぱり息子に、俺の腕でこしらえた一等料理を食わせたいのだ。死んでいようと、一度は俺の料理の味をほんとうに息子に知らせてやりたいのが俺の願いだ。俺は料理をする、料理の力で息子を俺の眼の前に呼び返して見せる。

彼はむしろ生死を界する天地の法則に怒りを含んで再び老の手に庖丁を取り上げた。ルンヌスの田舎街に新らしい小さな料理場が出来た。

ニニヨンは若いとき露西亜の貴族の料理頭を勤めた。欧洲の宮廷料理の粋はその時代を最後としてそこで滅びた。彼は滅亡の中からいま店の名物となって居る dortsch というスープと「スウヴァロフの鶉」という二いろ料理を持ち出した。彼はその後あらゆる名料理店の料理頭をも勤めた。彼はその数十年の蘊蓄を傾けて、フランス料理の憲法を編み初めた。彼はそれを再実験すると同時にぼつぼつ老の手で紙に書き留めた。原稿の丁数を分ける為頁の間に芹の葉や田鴫の足が挟まっていた。

とうとう一堆の紙の山が積まれた。彼はそれを二巻に分けて印刷した。「食好み七日物語」は彼が出遇ったあらゆる欧洲名料理の記録である。「食卓の歓び」は、彼が案出した千種以上の料理法の記述である。各巻の巻頭には息子の写真を入れデヂケートした。「愛するマルセルへ」書き入れる時彼は墓中の息子を確実にわが息子にした。両書とも限定版で特に「食好み七日物語」は百五十円ほどする彩色木版入りの豪華版だ。ニニヨンはこれを欧洲の各宮廷へ献贈した。

老翁がラルュウの忙しい料理場の一隅で先程から加減していたのは「食卓の歓び」の著書の中に編み入れる前菜の一種であった。基本のアンショア・ア・ラ・ブレトンヌに加減していた味の数学は漸く割り切れた。茹玉子はトマト・ケチャップで練って薄く皿の底に敷いた。その上にオリーヴ油のアンショアを乗せ蝦の肉で彩るのだった。

結果は巴里服のプランに似てごく簡単だ。しかしその約数にまで落付かせるため老翁の頭の中にいくつの味の数が加減乗除されたことだろう。鰻も捨てられた、独活も捨てられた――そして「巴里人のアンショア」の名で一つの前菜が新しく生れた。

田舎の景色の中では殊に巴里人の好みがはっきり感じられないといって、老翁は故郷の料理研究所から臨時にラルュウの料理場まで出て来たのだった。

「巴里のアンショア」の最初の一皿は、ほんの端だけ老翁に味われあとはゴミ桶へ捨てられた。老翁はその晩の最終でさっさと故郷の田舎へ帰って行った。

「巴里は年寄の舌には強すぎる」

老料理人ニニヨンはこういう口の利き方をする。

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