Chapter 1 of 1

Chapter 1

町の方から、いつもいい音が聞こえてきます。

チンチン、ゴーゴーという電車の音のようなのや、プープーというらっぱの音のようなのや、ピーイ、ポポーという笛の音のようなのや、聞いても聞いてもその音がいろいろであって、どんなにぎやかなおもしろいことがあるのか、考えてもわからないような気がしました。

小さな政ちゃんは、白いエプロンをかけて、往来の上に立ってその音を聞いていましたが、ついその音のする方へさそわれて、とぼとぼと歩いていきました。

そこは、ちょうど町のまがり角になっていました。車がとおります。人が歩いていきます。それは、ほんとうににぎやかなのでした。

「おまえひとりで町へいってはいけませんよ、道をまようとたいへんですから。」と、よくお母さんのおっしゃったことばを政ちゃんは思いだしたのでした。

「なんで、道などまようものか。」と、政ちゃんは心の中で強くいいました。

ちょうどこのとき、あちらに子供たちがたくさんあつまって、なにかを見ていました。きっとおもしろいものが、あったにちがいありません。

「なんだろうな?」

小さな政ちゃんは、そこまでいってみることにしました。

一人のおじいさんが、紙でつくったお面を売っていました。それをかぶると、しわだらけのおじいさんの顔が、おかしいひょっとこの顔にかわりました。あんまりおもしろいので、政ちゃんはわらいました。政ちゃんばかりではありません。見ていた子供たちはみんなわらったのです。それだけでなく、おじいさんのひょっとこがぷっと息を吹くと、口から赤い長い舌がぺろりと出て、その舌が自由にのびたりちぢんだりしたのでした。もうみんなは、声を出してわらってしまいました。

「さあ、このお面がたった三銭ですよ。」と、おじいさんは顔からお面を取ると、いいました。

見ていた子供たちは、それがほしかったのでした。けれど、お銭を持っていないものは買うことができません。幸い、政ちゃんはお母さんからもらった三銭がエプロンのかくしの中にありましたから、それを出して買うことができました。政ちゃんはよろこんで、お家へかえっていきました。

政ちゃんはお面を持って、おとなりの清ちゃんのところへ遊びにいきました。そして、ひょっとこのお面をかぶってぷっと赤い舌を出してみせると、清ちゃんもおばさんもびっくりしましたが、きゅうにおもしろがってわらいだしました。

「ねえ、お母さん、僕にもひょっとこのお面を買っておくれよ。」と、清ちゃんが泣きだしました。

「なんでも人の持っているものを、ほしがるものではありません。」と、お母さんはおっしゃいました。

けれど、政ちゃんよりもっと小さな清ちゃんには、ききわけがなかったのです。

「僕も、あんなお面がほしいんだよ。」と、いいました。

「政ちゃん、いためませんから、すこし清ちゃんにかしてやってくださいね。」と、おばさんは政ちゃんにたのみました。

政ちゃんは困ったけれど、清ちゃんにかしてやりました。清ちゃんはすぐにお面をかぶってみました。そして、ぷっと吹くと、ひょっとこは赤い舌をぺろりと出しました。政ちゃんは、自分がするときは見えなくてわからなかったけれど、清ちゃんがすると、おもしろくてしようがなかったのです。

「もういい? こんど僕がしてみせるよ。」と、政ちゃんはいいました。

しかし、清ちゃんは、かりたお面を放そうとはしなかったのでした。

これを見た清ちゃんのお母さんは、

「さあ、政ちゃんにお返しなさい。そのかわり、清ちゃんにも買ってあげますからね。」と、おっしゃいました。

「買ってくれるの?」と、清ちゃんはよろこびました。

「政ちゃん、そのお面はどこに売っていましたの?」と、おばさんはおききになりました。

「あっち!」と、政ちゃんは町の方をゆびさしました。

あの人や車のとおって、にぎやかな景色が目にうかんできたのです。

「そう、おばさんをつれていっておくれね。」と、おばさんはたのみました。

かぜぎみなので清ちゃんは、すこしのあいだお家におるすいをすることにして、おばさんは政ちゃんと町へいきました。

「どこで、政ちゃんは買ったの?」と、おばさんは政ちゃんのあとからついてきて、いいました。

政ちゃんは方々を見まわしました。けれど、どこにもおじいさんはいませんでした。

「あすこにいたんだよ。どこへいったんだろうな?」と、政ちゃんは頭の毛を風に吹かせながら、ふしぎそうな顔つきをしていたのです。

「ああ、もうどこかへいってしまったんでしょう。」と、おばさんもさびしい顔つきをして、おっしゃいました。

その立っていたそばに、果物店がありました。そして、りんごがたくさんならべられていました。おばさんはその店に立ちよって、りんごをお買いになったのです。山のようにつまれているいちばん上にのっていた大きな赤いりんごは、それはみごとでありました。政ちゃんは、

「あのりんごをほしいな。」と、心の中でいいました。

すると、おばさんは、

「あの大きいのも入れてください。」と、そのりんごをゆびさしておっしゃいました。

赤い大きなりんごは、ほかのりんごといっしょにふくろの中へはいりました。

お家には、清ちゃんがお母さんのかえるのを待っていました。

「清ちゃん、もうおじいさんがいないのですよ。こんどきたら、お面を買ってあげますからがまんなさい。その代わり、清ちゃんのすきなりんごをたくさん買ってきてあげましたよ。」といって、お母さんはりんごをお出しになりました。

清ちゃんはお面がなくてつまらなかったけれど、目の前にならべられた目のさめるような美しいりんごを見ているうちに、わらいがしぜんと顔にあらわれてきました。そして、じっと見ているうちに、その中のいちばん大きな赤いのをとりあげました。それは、さっき、店にあるときから政ちゃんの目にとまっていた大きなりんごでありました。

これをごらんになったおばさんは、

「そのいいのは、政ちゃんにあげるのですよ。」と、おっしゃいました。

清ちゃんは、うらめしそうな顔つきをしましたが、

「清ちゃんは、こんなにたくさんあるのですから。」とお母さんにいわれると、よくわかって、持っていたりんごを政ちゃんの手にわたしたのでした。

政ちゃんはうれしいやらわるいやら、どうしていいかわからなかったが、清ちゃんがりんごをくれたので、自分もよくばってはならないと思いました。そして、やはり清ちゃんのほしいものをやらねばならぬと悟りました。で、だいじにして持っていたお面を清ちゃんにやりました。

「これは、政ちゃんのだいじなのでしょう。」と、おばさんはおっしゃいました。

「清ちゃんは病気なんだから、僕これをあげるよ。」と、政ちゃんはいいました。

「まあ!」といったおばさんの目には、なみだが光りました。清ちゃんの目にも、なみだが光りました。

町の方からは、あいかわらずいい音が聞こえていました。

●図書カード

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