Chapter 1 of 1

Chapter 1

金魚鉢にいれてあるすいれんが、かわいらしい黄色な花を開きました。どこから飛んできたか小さなはちがみつを吸っています。勇ちゃんは日当たりに出て、花と水の上に映った雲影をじっとながめながら、

「木田くんは、どうしたろうな。」と、思いました。

二人は、同じ組でいっしょにデッドボールをやれば、まりほうりをして遊んだものです。木田は、小さくなったズボンをはいていたもので、うずくまるとおしりが割れて、さるのおしりのように見えたのも目にうつってきました。

ある日のこと雑誌を貸してやると、

「ふなをあげるから遊びにこない?」と、木田はいいました。

勇ちゃんは、ふながほしかったから、急にゆきたくなりました。

「どうしたの、君が釣ってきたのかい。」とたずねました。木田は、棒切れで砂の上に字をかきながら、

「ああ、お父さんと川へいって釣ってきたんだ。こんど、君もいっしょにゆかない?」と、いきいきとした顔を上げたのであります。

「いつか、つれていっておくれよ。君のお父さん、釣るのはうまい?」

「なにうまいもんか、いつも僕のほうがたくさん釣るのさ。ふなをあげるから、遊びにこない。」と、木田はすすめたのでした。

「いこうか、じゃ、うちへ帰ったら、かばんを置いてすぐにね。」

遊びにゆく約束をしたので勇ちゃんは、その日、木田から教わった道を歩いてたずねてゆきました。すると坂の下のところに、小さなみすぼらしい床屋がありました。

「この床屋かしらん。」と、勇ちゃんは思ったが、まさかこんな汚らしい家ではあるまいというような気もして、その前までいってみると、木田の姿が、すぐ目にはいったのです。

「勇ちゃん、裏の方へおまわりよ。」

木田は、喜んでたずねてきてくれた友だちを迎えました。みかん箱を持ってきて、中からいろいろのものを出して拡げました。珍しい貝がらもあれば、金光りのする石もあり、また釣りの道具もまじっていれば、形の変わったべいごまもはいっていました。

「こんど釣りにゆくとき、さおがなかったなら、僕のお父さんに造ってもらうといいぜ。」と、木田はいいました。木田は、なんでもお父さんにというのです。それで、勇ちゃんが、

「君のお母さんは?」と、きくと、木田は、急にさびしそうな顔つきをして、

「僕のお母さんは、なくなったのだ。お父さんと二人きりなんだよ。だけど、さびしいこともないや。」と、口だけでは、元気にいいました。木田くんのお父さんは、木田によく似ていました。脊が低くて、丸顔でした。白い仕事服を着て、お客の頭を刈っていましたが、それが終わったとみえて、二人の遊んでいるへやへ塩せんべいの盆と、お茶のはいった土びんと持ってきて、

「よくいらっしゃいました。」と、置いてゆかれたのでした。

勇ちゃんは、帰りに、ふなを三匹もらって、ブリキかんの中へいれて下げながら、お母さんのない木田くんのことを考えつつ歩いてきました。

「しかし、やさしい、いいお父さんだな。」と思うと、なぜかしらずに熱い涙が目の中にわいてきました。

その後学校では、二人はいっとう仲よくなりました。

ある日のこと、勇ちゃんのお母さんは、だいぶ髪の伸びた勇ちゃんの頭を見て、

「きょうは、お湯をわかしますから、床屋へいっておいでなさい。」とおっしゃいました。勇ちゃんは、床屋へゆくのがきらいでした。それで、いつもおとなしくいったことがなかったのですが、

「僕のお友だちのうちの、床屋へいってもいいでしょう。」とたずねました。

お母さんは、床屋へゆくのがいやなものだから、また、なにかいいがかりをつけるのだと思いましたので、

「いつもの床屋へおいでなさい。そのお友だちの家というのはどこですか。」とおっしゃいました。

「遠いところで、小さな床屋なんです。」

そばで、この話をきいていたお姉さんが、

「汚い床屋へいって、病気でもうつるといけないから、いつもの床屋へいったほうがいいでしょう。」といわれました。

けれども、勇ちゃんは木田のうちのことを考えると、自分は、どうしてもあすこへゆかなければならぬような気がしました。

「僕は、ほかで頭を刈って遊びにゆくと、なんだか気がすまんのだもの。」といいました。するとお母さんは、その心持ちをお察しになって、

「ほんとうに、そうお考えなら、お友だちのお父さんに、刈っておもらいなさい。」と、おっしゃったのです。

そんなことがあって、以後勇ちゃんは、ずっと木田くんのところへいって、髪を刈ってもらいました。そして、お父さんとも仲よしになりました。

ところが、突然のことでした。木田が学校で、

「勇ちゃん、僕のうち急に引っ越すので転校しなければならんのだよ。だから、きょう遊びにおいでよ。」といいました。

「どこへ引っ越しするの?」

「遠い、浅草の方なんだ。」

その日、勇ちゃんは、学校から帰ると遊びにいきました。

すると、もう店には道具がなかったのです。

「このすいれんをあげよう。クリーム色の花が咲くんだぜ。」と、木田が裏から持ってきました。

「坊ちゃん、よく頭を刈りにきてくださいましたね。勉強してえらい人におなりなさいよ。」と、お父さんがいいました。

ちょうど一年たって、そのすいれんの花が咲いたのです。けれど、木田くんからは、一度もたよりがありません。勇ちゃんは花をながめながら、友だちとお父さんの無事を祈ったのでありました。

●図書カード

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