Chapter 1 of 3

かず子さんが、見せてくれた紅い貝は、なんという美しい色をしていたでしょう。また、紫ばんだ青い貝も、海の色が、そのまま染まったような、めったに見たことのないものでありました。

「ねえやが、お嫁にいくので、お家へ帰ったのよ。そして、私に送ってくれたのよ。図画の先生が、ほしいとおっしゃったから、私いくつもあげたわ。」と、かず子さんが、いいました。正吉は自分もほしいと思ったけれど、おくれと口に出してはいいませんでした。かえって、反対に、

「なあんだい、もっと、もっと、きれいなものをかず子ちゃんは、知っていないだろう?」と、いったのです。かず子さんは、ぼんやりと、正吉の顔をながめて、

「もっときれいなものって、貝? 石? 正ちゃんは、持っているの。」と、ききました。

「持っていないけど、あるよ。」

「ありゃしないわ。」

「あるから。」

「じゃ、見せてよ。」と、かず子さんは、いいました。

正吉は、ただ、なんでも悪口をいってみたかったのです。なぜなら、自分の家にいた女中のしげは、お嫁の話どころでなく、いつも欲深げな父親がたずねてきては、外へ呼び出して、おしげが働いてもらったお金を、みんな取り上げていってしまった末に、無理におしげをよそへやってしまったのでした。それを考えると、だれにもいうことなく、腹が立つのであります。

「悪口をいうから、正ちゃんにはあげないわ。」

「いるもんか、かず子ちゃんは、もっと、もっと、きれいなものがあるのを知らないだろう。」

このとき、正吉は、ほんとうにきれいなものがあるのを思い出したのでした。それで、ほくほくしていると、

「ああわかった、正ちゃん、お花でしょう?」

「花なもんか。」

「正ちゃんの知っているもの?」

「うん、そうだよ。」

「ありゃしないわ。」

かず子ちゃんは、勝ち誇ったように、片足を上げて、トン、トンと跳ねました。

「じゃ、きてごらんよ。」

正吉は先に立って、くさむらの中へ入りました。木にからんだ、からすうりの葉に止まっている、うす赤い蛾を捕らえました。

「ほら、かず子ちゃんの貝より、もっときれいだろう。」

生きている蛾のほうが、貝がらよりもきれいでありました。けれど、かず子さんは、気味悪がって、その蛾を取ろうとしませんでした。

「ほんとうに、きれいだわね。ついている白い粉、毒でしょう。」

「あとで、手を洗うからいいよ。数珠玉だって、この青い貝よりきれいだぜ。」

「やっぱり、私、貝がらのほうがいいわ。だって、海にあるんですもの。」

海ときいて、正吉は、だまって、考え込んでいました。

「正ちゃん、なにしてんだい。」

そこへ、義雄くんがやってきました。義雄は、小さな空きかんを握っていました。

「みみずを取りにきたの?」と、正吉が、きくと、彼は、頭が横に振って、

「君、がまがえるを見ない。」といいました。

「ひきがえるなら、私の家のお庭にいてよ。」と、かず子さんが、いいました。

「いまいる?」

「雨が降ると、出てくるわ。」

「なあんだ、そんなんじゃ、しかたがないよ。」

「がまがえる、どうするんだい。」と、正吉がききました。しかし、義雄は、きかぬふりをして、

「正ちゃん、僕、よく釣れるところをきいたから、こんどの日曜にゆかない。」と、話をそらしました。

「義雄さん、ほんとう、つれていってくれる?」

正吉は、目をまるくして、義雄を見ました。義雄は、うなずきました。

「どっかに、がまはいないかなあ。かたつむりでもいいんだけど。」

釣りにつれていってくれるといったので、正吉は、もう有頂天でした。

「かたつむりでもいいの、かたつむりなら、僕、さがしてあげるよ。」

正吉は、くさむらの中を潜って、かけずりました。そして、義雄が、まだ一ぴきも見つけないうちに、正吉は、三びきも見つけて、義雄に与えました。

「これだけあれば、いいよ。」

「義雄さん、飼っておくの。」と、正吉は、ききました。

「学校へ持っていって、理科の時間に解剖するのだよ。」

「えっ、殺してしまうの?」

正吉は、ぞっとしました。それなら、捕まえてやるのではなかったと思ったが、もうおそかったのです。心の中が、急に暗くなりました。そして、なにもかも、おもしろくなかったのです。

「かわいそうだなあ。」

やった、かたつむりを取り返す、いい智慧が浮かんできませんでした。

「毒びんの中に入れると、苦しまなくて、死んでしまうのだよ。」と、義雄は、心配する必要はないと、いいました。けれど、正吉には、命を取るということが問題なのです。義雄は、びんの中へ、草の葉も入れて持ってゆきました。いつのまにか、かず子さんはいなくなりました。正吉だけ、いつまでも自分のしたことを後悔していました。

Chapter 1 of 3