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風蕭々
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風蕭々
尾崎士郎
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번역 Pagera AI
원문 Public Domain
Chapter 10 of 10

10

十月十八日の夕方――外務省の石垣(その大半は今壊れてしまっているが)にそった椎の並木の下を、星成は散歩するような足どりで往ったり来たりしていた。彼はときどき懐中時計を、帯と袴のあいだからとりだしては考えこんでいたが、四時になって分秒が、かすかに動いたとき、そこからすぐ真下に見える濠に沿った道を、下げ髪に結った女学生らしい少女が、白い支那鞄のような箱を足のあいだにはさんで、俥にゆられながら半蔵門の方から近づいてきた。陽はまだ落ちてはいなかったが、石垣のかげに早くも黄昏の色がちらついている。秋の日暮れがたは街の濁音が空に吸いとられたようにひっそりとしずまりかえって、風の音が心にしみるようである。そのしずけさをやぶって馬車のきしる音がだんだん大きく聞えてきたのである。彼は石垣の上に片足をかけ、右手で手頃な椎の木の幹を抱えた。彼は息を呑み、胸の鼓動をおさえるために唇を噛みしめた。そのとき、――モーニングに山高シャッポをかぶり、蝙蝠傘を左脇にした背の高い紳士が外務省の正門に向って歩いてくる姿が見えた。来たな、と思ったとき、左から来た馬車が流れるように彼の前を横切ろうとしたのである。彼の眼に深く垂れた幌だけが見えた。あっ、と思ったとたん、――たちまち大地が崩れるような音がした。片手でおさえた石垣がぐらぐらっと動いたような気がして、無意識のうちに慌てて椎の幹に両手でよりすがったときには、あたりは砲煙のような白い煙にとざされて眼をひらくこともできなかった。馬車に乗っていたのは大隈重信で、彼は数分前、閣議を終えて内閣を退出し、一気に馬車を走らせて桜田門をぬけ、近衛旧教導団の前を通り、霞ヶ関の官邸に帰ろうとして馬首を外務省正門に向けようとしたとき、モーニングに山高帽の男が前屈みになり、お辞儀をするような身体つきをして石垣のかげからのっそり出てきたのである。間一髪であった。馭者は夢中になって鞭をくれたので、音響におどろいた馬はとび跳ねるようにして門内ふかく駈け入った。来島はたしかに効を奏したと思ったらしい。右のポケットにおさめた左文字の短刀を抜こうとしたとき、門の中から五、六人の警吏がとびだしてきた。いずれも慌てふためいているらしく、落ちつき払って立っている来島を見ると、

「犯人は?」と、気を失った顫え声で問いかけた。「犯人はどっちへ逃げたか?」。

「ああ、犯人は」。

と来島がボキボキした調子で答えた。「虎の門の方へ逃げよりました、閣下は御無事ですたい」。

突嗟の心理作用で、警吏の一団が濠に沿った道の方へ走りだしたあとで、来島は工事用の煉瓦の積みかさねてある前に腰をおろし、抜き放った短刀を、ぐさっと耳尻にふかく突き刺したのである。彼は杉山に教わったとおりに斜めに気管に掛けて刎ね切ろうとしたが、手がすべってそのままのめるように前に倒れ伏した。その姿がうすれてゆく煙をとおして星成の眼に夢のように映ったのである。彼はこみあげてくる涙をおさえ、そのまま石垣づたいに外務省の裏門の横をぬけて日比谷の方角へ大股に歩いていった。隊伍を組んだ警官の一隊が駈け足で霞ヶ関の方角へ駈けてゆくあとから、群衆が騒ぎたてながらあとからついてゆくのが涙に曇る彼の視野をチラチラとかすめる。――日比谷の交叉点の前までくると、感動と不安とがからみあって何も彼も終ってしまったような、空虚な味気なさで胸が一ぱいになった。彼は四つ角にある居酒屋へ入ると、ひとりでぐいぐいと酒を呷った。涙はあとからあとからあふれてくる。ようやく灯がついたばかりの銀座通りには町の辻々にいかめしく武装した巡査が立ち、通行人を誰彼の区別なく調べているのが見えた。

●図書カード

Chapter 10 of 10
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