Chapter 3 of 6
三
彼は気の進まない自分を強ひて、午後の散歩を続けてゐる。そしていつか、彼は彼の散歩する範囲内では、どこのランプ屋では金魚を置いてる、置いてないかが大概わかるやうになつてゐた。彼は都会から、生活から、朋友から、あらゆる色彩、あらゆる音楽、その種のすべてから執拗に自己を封じて、ぢつと自分の小さな世界に黙想してるやうな冷たい暗い詩人なのであつた。それが、金魚を見ることは、彼の小さな世界へ焼鏝をさし入れるものであらねばならない。彼は金魚を見ることを恐れた。そして彼はなるべく金魚の見えない通りを/\と避けて歩くのであつたが、うつかりして、立止つて、ガラスの箱なんかにしな/\と泳いでゐるのに見入つてゐることがあつた。そして気がついて、日のカン/\照つた往来を、涙を呑んで歩いてゐるのであつた。けれども、彼もだん/\とそれに慣れては行つた。が、彼は今年になつてはじめて、どこかの場末の町の木陰に荷を下し休んでゐた金魚売を見た時の、その最初の感傷を忘れることが出来ない。……