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教門論疑問
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教門論疑問
柏原孝章
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원문 Public Domain
Chapter 3 of 3

○教門論疑問 第三

上世の歴史を見るに、たいてい荒唐疑うべきもの多し。しかれども数千年の後にありて、またこれを如何ともすべからざるなり。西洋太古の伝説もまた、往々疑うべきものあり。いわゆる諾威方舟を造り、その族人および禽獣の属おのおの一を乗せて洪水を避しというがごときこれなり。

けだしその船の大小、人員の多寡、いまだ知るべからずといえども、動物の属その数億のみならず、あにことごとくこれを載するに勝んや。また獣類中にも残貪なるものあり、猛悪なるものあり、かつ肉食の獣は養うに蒭菜をもってすべからず。一頭を屠て数頭を養うべきものといえども、なおかつ一頭の配を失うべし。いわんや数頭を殺め、わずかに一頭の餓を救べきものにおいてをや。その餓るやその勢必ずあい喰に至らん。あに上世の虎は目今の猫のごとく、太古の熊は今日の犬のごとしというべけんや。もし猛獣、毒蛇をして一舟の中に戦わしめば、人いずくんぞその災を蒙らざるべけんや。しかして諾威の舟アララに漂着する、数月の久きを経たりといえり。これあに理をもって論ずべけんや。

わが邦皇統連綿、天地と極なし。しかして上世の史を閲するに、天孫降臨すというもの、これを今日に徴すれば、はなはだ疑うべきがごとし。しかれども上世の人、なおかつ、これを非する者なきは、当時すでに確として証すべきものありて存せしならん。近来これを外史に比較するに及て、おおいにその疑を解くを得たり。すなわち百露古王の先もまた大陽より来るというがごときこれなり。これ必ずわが上世の皇子流竄せらるる者、彼地に漂着して、ついにここに王たりしなるべし。今その服を見るに、胸前に飾るに菊章をもってす〈千八百六十三年鏤行、米人メッテェル氏地理書九十葉に見ゆ〉。かつその邦語の転化、おおいにわが国の法に類するものありという。またヲハイの女王額上に菊章を文する類〈和蘭人ム、イ、ハンオーヘン氏著述、千八百五十五年鏤行、地上人民風俗通四百六十四葉の図に出ず〉、皇国学者をしてこれを論ぜしめば必ず云わん、わが邦上世の人、外国に流竄せらるる者、外境において国を興せる者なりと。しかれども王家あにこれをもって教を立るものならんや。百露の王すでに西班牙のために滅さる今に至て、天孫の国、万国と角立するもの、ひとり皇国あるのみ。百露の轍、それあに鑑せざるべけんや。たといここに人あり、いま現に雲漢より降るも、その言行神聖ならずんば、人いずくんぞ上帝の一子なりとなさんや。いわんやその子孫においてをや。いわんやその現に雲漢より降るを見ざる者においてをや。これ天子より庶人に至るまで、みな必ず教なくんばあるべからざるゆえんなり。

それわが国古より教あり、天然の教という。その法、人をして自ら本然の性に復らしむるものにして、すなわち誠心の一なり。しかれども世運ようやく下るに及で人事日に繁く、天然の教いまだもって邪を正すに足らず。これをもって名教を布き施せり。しかしてまた、いまだ下愚を移すに足らず。加うるに釈氏の教をもってす。しかりしかして虫獣木石の魔道、紛然としてその間に雑出す。今日にありてこれを見れば、そのはじめより教なきの簡なるをもって優れりとなすものは何ぞや。これけだし教法多端にして、人心を二、三ならしむればなり。教門の弊、ここにおいてか極る。この時にあたりて新教を分布し、旧弊を救わずんば、その政に害ある、言うべからざるものあらんとす。しかれどもこれを救う法、もしその宜きを得ざれば、その害もまた少々ならざるべし。あるいは云、天下最良の教を撰ぶべし。あるいは云、人々の好むところに任すべし。あるいは云、諸教を折衷して邦俗に合うべきを取るべしと。これみな、その一を知て、いまだその二を知らざるの論なり。それ大声は閭耳に入らず、上乗は凡夫を導くに足らず。君子の信ずるところは小人の疑うところとなり、老婆の安ずる所は少年の笑うところとなる。新を貪る者は陳を嫌い、古を好む者は奇を怪む。人心の同からざる、なおその面のごとし。ゆえに、いやしくもその人を得るにあらずんば、教法、正しといえども行われず、論説、理ありといえども信ぜられず。ああ信の難き、これを信ぜしむるを難しとす。教の道たる、あによく言語・文字の尽すべきところならんや。

●図書カード

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