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七月の水玉
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七月の水玉
片岡義男
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번역 Pagera AI
원문 Public Domain
Chapter 8 of 13

2

川島健一郎のひとり暮らしの家へ、岡部恵子はそれから何度も来た。彼が彼女の自宅へいくこともあったが、彼女が川島の家へ来ることのほうが多かった。そのことのごく自然な延長として、恵子はその家に住むことになった。川島がそれを熱心に提案した。恵子に異存はなかった。

「恵子さんはこの家に似合ってますよ。恵子さんに関して、僕が早くに発見したことのひとつは、恵子さんがこの家に似合っているということです」

「この家のほうが、はるかに好きだわ」

「いまの家は借家ですか」

「そうよ。格安のお家賃」

「この家の家賃は、いまの家賃とおなじになります」

「そんなことが出来るの?」

「父親にそう言えばいいのです」

「あなたは、どうするの?」

「自宅の離れに戻ります」

「戻ったきりでは、いけないのよ。足しげくここへかよってくださらなければ」

「帰り道の途中ですからね。ここへ帰れば、それでいいのです」

「あなたの部屋があるといいのだわ。ひとつだけ、あなたの部屋にしておきましょう」

「西側にふたつある部屋のうちの、北側の部屋にします。僕の勉強部屋です。机と椅子、それに本棚を置いて、写真のプリントはすべてここへ持って来る、ということにしておきます。写真をめぐって、いろいろと考え、模索するための勉強部屋です」

川島は父親に話をした。ちゃんとした人に住んでもらえるならそれがいちばんいい、というのが父親の反応だった。家賃の額を川島は恵子から聞いておいた。その額を父親に伝えた。充分だよ、と父親は言った。恵子は引っ越して来た。その日の夜、クーラーのおかげでほんのりと涼しい寝室のなかで、ふたりは長椅子にすわって話をした。天窓からの明かりが、ベッドの下半分を中心に、柔らかく広がっていた。

「お母さまに挨拶したのよ」

「僕の部屋がここにあることは、伝えてあります」

「お母様は、筋のとおったかたなのね」

「自分ひとりの主観では判断しない人です」

「あなたの部屋があれば、あなたがいつここへ来ていても、それはごく当然の、あたりまえのことなのよ。ね」

最後のひと言である「ね」に託されたニュアンスを、川島は受けとめた。

「ここに私が住むことを、孝雄も喜んでたわ。電話で伝えたの。あなたの部屋があることも、伝えておいたのよ」

「最初から明らかにしておかなくてはいけないことですからね。明らかにしておかなければ、それは秘密にしておくことですし、秘密にしておくことは、僕たちの件に関して、岡部を欺くことになります」

「お母さまについても、それはおなじよ」

「最初からすべてを打ち明ける必要はないのです。なにも隠し立てをしていない、無理のない成りゆきのなかで、やがて誰もが気づいていけばいいことです」

「そこに自分の部屋があれば、そこへあなたは来る。私とふたりでひとつの家のなかにいれば、手が触れ合うこともある、ふと抱き寄せることもある、唇も重なるでしょう。そういうことだわ」

「そのとおりです」

「こんなふうに?」

片手で恵子は川島の手を取り、もういっぽうの手で彼を抱き寄せた。ふたりの唇は重なるほかなかった。

「あなたが言うとおりだわ」

唇が離れてから、恵子が言った。

「ああ、そうか、そういうことなのかと、無理なく気づいてもらうのが、いちばんいいのね。なぜなら、私たちは、そういうことなのだから」

恵子が住み始めたその家は、川島が言ったとおり、駅から自宅への帰り道の途中にあった。足しげくかよってくれなくてはいけない、と恵子は言っていたが、かようと言うよりは立ち寄るであり、立ち寄ればそこに泊まることがしばしばだから、結局のところ、川島にとってもその家は、帰っていくところとなった。彼が自宅には戻らない日が頻繁にあり、恵子は家賃を払いにいくたびに川島の母親と会い、恵子は彼女から信頼を得た。恵子という女性と自分の息子との関係に、母親はおそらく気づいたのだろう、ある日いきなり、川島は母親から次のように言われた。

「あなたが原因であの人が泣くようなことがあったら、私は承知しませんよ。いいですね」

隅々まで筋をとおした関係を維持しろ、という意味に川島は解釈した。人が守るべき社会的な、あるいは個人的なルールに関して、川島の母親はきわめて厳しい人だ。ひとり息子の川島は、幼い頃から、彼女がその厳しさを発揮するための、絶好の対象だった。母親の言葉を彼は恵子に伝えた。恵子は喜んだ。

「お母さまは私の味方なのよ」

と、恵子は言った。

それから二年が経過した。川島は二十五歳になった。あなたはいまようやくそんな年齢なのかと、恵子は言った。川島が二十代のなかばを過ぎても、恵子との関係は続いていった。いい関係だった。不調和や食い違い、軋轢など、ひと組の男女の関係のなかにほぼかならずあるはずのものが、ふたりの関係のなかには、どこを探しても見つからなかった。

これはいったいなになのか、と川島は思うようになった。私はあなたのなににでもなれる、と最初に恵子は言った。そのとおりになった。彼にとって恵子は、魅力のつきることのない多面体だった。二十代後半の日々が進んでいくなかで、

「またあるときは、私はあなたの奥さんでもあるのよ」

という台詞を、彼は恵子から受けた。これもそのとおりであり、現実そのままと言ってよかった。

「あなたにとって、なんらかのかたちで、私は力になりたいのよ。なんでもいいから、私から取っていって」

と恵子は言い、さらに次のようにも言った。

「二十歳も若いあなたから体を求められるだけでも、私は充分にうれしいのよ。私がもっとも端的に役立つのは、まずそのような文脈のなかではないかしら。ワイシャツにアイロンをかけたり、遅く帰ったあなたにお茶漬けを作ったりするよりもはるかに、私はそういう意味で役に立ってるわ」

だからふたりの関係は、このような関係でもあった。恵子は彼にとって、たいへんに親しい年上の女性であり、その女性は、状況によってなににでもなることが出来た。彼がまだ二十代なのだから、状況とは言っても、ほとんどの場合それは、単なるニュアンスの問題でしかないのだが。

「いちばん簡単な言いかたをするなら、私はあなたの女よ。そのことが、そしてそんなふうに言えることが、私にはなによりもうれしいの」

彼と自分との関係に関して、岡部恵子が下した結論は、これだった。彼女にとってはこれで完璧だった。これ以上になにをどうする必要もなかった。そしてそのままの状態で、合計してちょうど十年が経過して、川島健一郎が三十三歳となったとき、ふたりにとって転機が同時に来た。

それまでずっと仕事をしてきた会計事務所の神戸の支所へ、そこの責任者として、恵子は移ることになった。私がそうなるのは、もっとも無理のない推移というものだから私は神戸へいきます、と恵子は言った。そのこととは完全に無関係に、川島は新聞社の写真部を退職することにした。そこでの仕事は面白いものだった。そこにいたからこそ可能になった仕事や、体験することの出来たことなど、思い出して数えていくときりがなかった。常に多忙であるという状態は、自分をうしろから押してくれる推進力として、あてに出来るものだった。だが現実に十年が経過してみると、ここでの仕事は十年でいいだろう、という気持ちが支配的になっていった。

恵子に相談したら、

「あなたは次の段階に入った、ということなのよ」

という言葉を、彼は彼女から受けとめた。

「ひとりになってみたい」

「ああら、ちょうどいいわ。私は神戸だし」

「そういう意味ではなく。大きな組織の会社の一部分にいるのではなく、たとえるなら天涯孤独のような状態に、僕は一度なってみたい」

「おなりなさい。快適よ。いかに快適か、あなたはまだ体験してないのだから。あなたのいまの年齢は、そういうことにちょうどいいと、私は思うのよ」

「辞めよう、という思いと入れ違いに、フリーランスという状態の魅力が、大きくふくらんでいく」

「自分もそうなればいいのよ。それだけのこと」

「周辺に同世代で何人かいる。彼らのひとりふたりが、僕のことをサラリーマンと呼んだ。人としての内容の評価ではなく、立場の問題として、僕のことをそう言った。それから、おなじ社の四十代の人から、二足のわらじ、という言葉を僕は初めて受けた」

二十七、八歳の頃から、川島は文章も書き始めた。自分で撮る写真に添えた文章を、自社の新聞や雑誌に書くようになった。それが他社の媒体にも広がり、個人の活動として認められてはきたけれど、このあたりが限度かなと自分でも思い始めたとき、二足のわらじ、という言葉を受けた。

「サラリーマンの二足のわらじ。サラリーマンという一足を脱げば、それですべては解決する」

「ぜひとも、そうなさい」

かたわらには恵子がいる、という思いで彼は辞表を書いた。退社したい気持ちを直属の上司にまず伝えた。彼は熱心に慰留された。何人かの人から、慰留の話をする席へ、彼は次々に誘い出された。それが一巡していったん振り出しに戻ってから、彼は人事部長に辞表を提出した。辞表は受理された。

恵子が神戸へ移る作業が、そのすぐあとに来た。荷物をまとめては送り出し、恵子は何度か神戸まで往復した。身ひとつで神戸までいく恵子を、やがて彼は東京駅で見送った。彼女が東京へ来たときには、それまでとおなじように自宅として使えるよう、恵子の部屋を残すことにした。彼が自分の部屋として使ってきた部屋の、南側の部屋だ。手ぶらで来てもいいように、必要なものはすべてその部屋に残した。洗面や浴室、キチンなどにある、恵子とつながった物品はみな、そのままそこに置いておくことに、ふたりできめた。

「私たちの関係がこれで終わるわけではないのよ」

「もちろんです」

「別れるわけでもなく」

「そうです」

「いままでどおり」

「続いていきます」

「ここへ私が来るたびに、あるいはほかのどこであれ、会うそのたびに、私たちはよりが戻るのね」

「それはいい考えかたです」

「私は神戸で孝雄は大阪だから、こんどは孝雄に近くなるのだわ」

十年前、新入社員として大阪勤務を始めて一年後に、岡部孝雄はその会社を退社した。いまの自分の状態に納得がいかない、という説明を川島は受けた。法律の仕事がしたいから勉強しなおす、と岡部は言った。勉強しなおすとは、司法試験を受ける、ということだった。岡部はそのまま大阪にとどまり、勉強はうまくいったのだろう、司法試験に合格した。東京でひとり暮らしをした期間のあと、彼は大阪へ戻り、二十七歳で結婚した。それ以来ずっと大阪だ。

川島は新聞社を辞めてフリーランスの状態になった。恵子は神戸へ移っていった。川島ひとりの生活が始まった。これからの日々が、自分から見てあらゆる方向に存在していることに、彼は快感に似たものを覚えることが出来た。いっぽうにはその快感、そして他方には、これまでの十年、というものが位置していた。意識のなかでそのふたつを見くらべていると、ふたつのものはやがてひとつになった。

これまでの十年は単なる過去ではない、と彼は思った。これからの自分にとっての、核心のような機能を果たすものなのではないか。ではそれは、どのような機能なのか。

「振り返るための十年ではないのよ。これから先のための十年なのよ」

と、恵子もおなじ思いを言葉にしていた。

これからの自分にとっての核心とはなにか。これからどこでどのような体験をするにしても、すべてはいったん核心によって、からめ取られる。そしてそこにおいて、自分はあらゆることを感じ、すべてを見ていくことになるのではないか。

フリーランスとは、川島健一郎の場合は、写真を撮り文章も書く、ということだった。写真は、撮れるものであれば、どんなものでも撮る。被写体しだいだ。あるいは、被写体があるところまで、自分が出向いていくかどうかの問題だ。文章は、初めのうちは写真に添えたものだった。時間の経過とともに、文章は写真を離れて独立していった。文章を書くことへの傾きは、写真を撮ることを越えて、大きくなっていった。

新聞社を辞めてからの、彼による文章の仕事の中心は、短編小説集と長編小説とを、それぞれ一冊ずつ世に出したことだ。短編集は、雑誌に一年間にわたって連載したもののなかから、選んで一冊にした。それが獲得した好評によって、長編小説を書いて出版する、という経路が成立した。

彼が書く小説は、なに小説とひと言では言いにくい。時代小説はそもそも書けないから、すべて現代を背景にしてはいるけれど、経済小説でもなければミステリーでもない。したがって男と女のことであり、強いて言うなら恋愛小説だ。「この騒がしい時代に、これほどまでに静かに充実した官能性の物語でデビューする人は、男と女のことを書くためにデビューする人なのではないか」と、短編集に対する評のひとつは言っていた。

こういう小説を書くようになった自分というものについて、川島はときどき思いをめぐらせる。めぐる思いは、すべては恵子からの影響だろうか、という一点へと戻っていった。もともと自分の内部に自覚されずに眠っていた資質のようなものが、恵子によって目覚めさせられたのだろうか。そのようなきっかけとして、恵子は作用したのだろうか。そうであればいいが。単なる影響では、すぐに尽きてしまうのではないか。

岡部恵子との体験をとおして自分のなかに獲得した、彼女という人。これからの自分にとっての核心とは、その人にほかならない。すべてはそこへ入っていき、いったんは彼女と同化した上で、彼女を経由して、文章なら文章として、自分の外へとあらわれてくる。「私はあなたのなににでもなれる」と、恵子は言った。その言葉どおり、彼女は彼にとっていかなる存在でもあったが、彼に対してもっとも影響をあたえた人、という種類の存在になった。

恵子が神戸へ移り、川島は自宅の離れから、ふたたびその家へと、引っ越しをした。ひとりでその家に住んで二年が経過し、三十五歳となった川島健一郎は、写真と小説のために日々の時間を使っていて、その時間は常に大きく不足している。そしてそのような不足のただなかに、いまの彼が感じている充足があった。

いま住んでいる家を建てなおすことを、彼は思いついた。あるとき閃いたそのアイディアは、彼の頭のなかでたちまち確かな像を結んだ。神戸へ移ってから二度めの年末そして年始の休暇を、恵子は川島とともにその家で過ごした。建てなおすアイディアをめぐって、彼は彼女と相談した。

「僕が中学三年生のときに建てたものだそうです。すでに充分に古くなってます。傷みも激しい。明らかに住みにくい状態です。建てなおす理由のひとつは、まずここにあるのですが、もうひとつは、いまのこの間取りとおんなじに、そして外観も可能なかぎりおなじに、建てなおしたい、ということです」

「それは面白いわ、私は大賛成します」

と、恵子は言った。

「とてもいい間取りなのよ。なんら変える必要はないのよ」

「変えません。図面は父親から手に入れました。あらゆるディテールを自分で写真に撮りました。新建材ではなく、自然の木材のみを使います。しかし工法や設備は、現在の進化したものを使います。いまとそっくりに建てなおされると同時に、全体はいまよりもはるかに、進化したものになるのです」

「私はいつでも来ることが出来て、来るたびに懐かしいわ」

「かつてのままにあるのではなく、新しくなった、より良くなった過去のなかへ、恵子さんは訪ねて来ることが出来るのです」

「小説みたいね。小説家の考えることなのかしら。手がこんでるでしょう。そんな印象があるわ。建てなおしが完成したなら、そこを訪ねて来る私としては、以前にも増して、ここに深く巻き込まれるのよ」

そう言った恵子は、

「寝室には天窓を作ってね。かならず作って」

と、つけ加えた。

そしていまは春先だ。これから川島は引っ越しをする。この家を空っぽにしたあと、解体しなくてはいけない。引っ越す先は自宅の離れだ。この家からそこへの引っ越しは、これで二度めだ。荷物はかなりの部分をすでに運び出した。引っ越しは簡単に終わるはずだ。すぐに解体作業が始まる。その過程を写真に撮らなくてはいけない。建てていく様子も写真に撮る。新しい家は梅雨までには完成する。

雨の季節に恵子が訪ねて来ることになるのだろう。新しく作りなおされてすべて進化した過去のなかへ。天窓のガラスに降る雨を、ベッドでまどろみつつ、ふたりで見上げるのか。そのような時間が、かつて何度あったことか。いま彼はそのベッドに入って、天窓を見ている。寝室の明かりは消えている。三十五歳の彼にとっての、春先の一日はほとんど終わった。あとは眠くなって眠るだけだ。

今日は夕方から久しぶりに岡部孝雄に会った。妻をともなった彼は、二週間の予定で東京へ来ている。川島は独身のままだから、彼らは三人で夕食を楽しんだ。岡部が法律を仕事にするようになって、そろそろ十年になる。法律の仕事が岡部にはよく似合っていた。すべてはうまくいっている。彼の奥さんに、川島はこれまで何度か会っている。会うそのたびに、好伴侶、という言葉を川島は思う。自分が書く文章のなかにはおそらく使わないはずの言葉だが、岡部の妻には、あらゆる意味でこの言葉がぴったりだ。

川島にとっての最初の長編小説が、夕食の席で話題になった。主人公の女性はあなたのお母さんに似ている、と岡部の妻は岡部に言った。僕は岡部のお母さんを高校一年生のときから知っている、あれほどの人に影響を受けないはずがない、だから小説を書けば、その主人公はどこかで似てくるだろう、性格が似れば必然的にあとはすべて似てしまう、発想のしかた、論理の整合性、アクションによるそれの遂行など、すべてにわたって。というようなことを川島は語り、岡部はおだやかな微笑で聞いていた。

最初の長編の主人公が恵子に似ていると指摘されたことについて、川島はひとりベッドに横たわり、夜の天窓を見ながら考えた。初めての長編小説で主人公に設定した女性が、恵子に似ていていいものだろうか。早くもこの段階で。次の人もどこか彼女に似て来るのか。似ている、とまた岡部の妻に言われるのか。恵子に似ていない女性を小説のなかに自分は作ることが出来るのか。これから架空の女性を何人も、自分は作らなくてはいけない。作れるのか。恵子ひとりだけがストックなのか。もしそうなら、小説に書く女性は、いつもおなじひとりの人になるのか。

恵子という女性のなかに取り込まれた自分、というものは確実に存在している。そこから出ていくことの出来ない自分というものが、これからの自分にとっての核なのだ。それ以外の自分が、その核の周辺に広がる。いまこんなことを考えている自分は、周辺の自分だろう。その自分がふと中心に視線を向けると、そこには岡部恵子がいる。

Chapter 8 of 13
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