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加能作次郎
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Chapter 8 of 11

八

伯父の家に戻つてからの生活は、以前と少しも異らないものであつた。退院した翌日から、掃除、飯焚などの水仕事を私はやつた。さすがに、最初の中は水汲みにはやらされなかつたが、お雪伯母が襷がけで、その繊弱な両手に、水の一ぱい入つたばけつを重さうに携へて、遊覧人などのぞろ/\通る坂を上つて来るのを見ると、私はぢつとして居れなかつた。で、四五日してから、私は自分から進んで水汲みに行くやうにした。

「だいぜおへんかしらん?」とお雪伯母は気の毒さうに、併し、出来るならさうして欲しいといふ様な調子で、さう言つた。

「治つてからも一年位は、重いものを持つたり力仕事したりしてはようないと、お医者さんは言ははつたけれど、だいぜおまへんでせう。」

「さうかえ、そんなら悪いけどな……」お雪伯母は強ひて止めもしなかつた。

膿はまだ少し宛出て居たが痛みはもうすつかり無くなつて了つて、歩くのに少しも困難を感じなかつたが、病後の衰弱の身体とて、重い水桶を担つて坂を上るには最初の中かなり苦痛であつた。甚しい息切れなどもした。けれども五日と経ち、七日と過ぎる中に次第に力も出て来た。その為に別段病気に触るやうなこともなかつた。少くとも直接現前には。

伯父の健康は、清水の方へ来てから、益良くなつて行つた。さうすると、事業好きな彼はぢつとして居なかつた。彼は私が退院した時に、家の隣の空地(矢張り前に藪のまゝ買つて置いて、住宅を建てる時に一緒に切り開いて置いたのである)に、大きな建物を建て始めて居た。伯父はそれを陶器の勧工場にする積で、既に清水焼の四五の主なる陶器店との間に約束が成り立つて居た。その頃清水には陶器の勧工場は一つもなかつたので、伯父は勿論成功を信じて居たのだが、しかし損益よりも、彼が率先してさういふものを作つたといふことにより多くの満足を感じて居たらしかつた。彼はその為に、四条の家や清水の家を抵当に入れて金を作つたのであつた。

秋の初め、地方から遊覧客が次第に多くなつて来る頃に、二階建の大きな建築が愈竣成した。伯父は清水寺の境内の或る料理屋で土地の陶器店の人々を招待して、盛大な開業の披露の宴を張つた。

開業当時は非常に景気がよかつた。坂の上から来る者も、下から登つて来るものも、皆其の両方の出入口から、ぞろ/\流れ込み、且つ溢れ出た。

「うまく行きよつたな。」

伯父は悦に入つてさう呟き/\した。彼は玄関の窓から、例のZ字形の段々をぞろ/\と蟻の行列の様に上り下りする人々を覗き見ながら昼の多くの時間を費した。

併し一ヶ月余りもすると全く予想外の事柄が起つた。それはその勧工場の開業が、それに関係してない多数の陶器店に大きな打撃を加へた。そこで彼等は協議を始めた。そして客を連れ込んで来る車夫や案内人に、今迄よりも遥かに多くの割前を与へて、客を引かうと企てた。

多くは地方の遊覧人からなり、車夫や専門の案内人に導かれて来る客は、その為に次第に其方へ吸収されて行つた。例へば客が勧工場へ入つて見ようと言ひ出すと、

「こゝは高てあきまへん。あちらにどつさりいい所がおますよつて、そこでお買ひやす。」

と言つて車夫や案内人などが引張つて行つた。よし中へ入つて来てもなるべく他店で買はすやうに、勧めもせずに、ずん/\通り抜けて行つた。

そんな風で、一時は急に客が減つたが、その中にこちらにも相当の対応策を講じたので、二三ヶ月の中には、もとより最初ほどの景気はなかつたが、相当の繁昌を見るやうになつた。

勧工場といつても、普通の勧工場とは違つて、単に店の形がそれらしく出来て居るといふだけで、出品人達が館内に別々に自分等の店を持つのではなく、各自其の製品を持ち寄つて、それを都合よく陳列してあるので、謂はば合資組織の一大陶器店といつた風なものであつた。だから、出品人同士の間に競営するやうな弊害も起らずうまく経営されて行つた。伯父はもとより資本家の主なる一人として、建物に対する一定の賃貸料の代りに、売上の幾分かの分前を受けるやうな仕組になつて居た。

三人の事務員と、四人の丁稚とが、この勧工場に働いてゐた。私もその四人の丁稚の一人であつた。最初開業当時に、場内の見張人として手伝に行つて居たのが因で、それから本物の丁稚にされたのであつた。毎朝八時に店を開けるのであつたが、私はそれまでに家の掃除や台所の用事などを大急ぎに済して、勧工場の方へ行つた。そして昼飯に一寸帰るだけで、夕方店の締まるまで、其の方へ行つて居た。

それはかなり忙しい労働の生活であつた。終日勧工場の方で働いて、夕方家の方へ帰つてからも、矢張り今迄のやうに水を汲んだり米を炊いだりせねばならなかつた。併し私は此の生活を喜んだ。勧工場へ行つて居る間は、呑気で自由であつた。客に応対したり、藁包を拵へたり、絶えず何か仕事があつたが、心には沢山の余裕があつた。伯父やお雪伯母の前に気づまりな思ひをして居る代りに、私は朋輩の丁稚等と巫山戯たり、年長の事務員達の間に交つて、淫らな話を聞いたり、暇な時には、自由に雑誌や小説などを読んで楽しむことが出来た。これは家に居ては決して許されないことであつた。伯父は無学で無筆であつたに拘らず、否或はその為には、私が読書したり手習したりするのを非常に嫌つた。彼はそれに殆ど病的に、強い反感を持つて居た。勧工場が出来るまでは、私は一厘の小遣銭をも与へられなかつたから、雑誌などを買ふことが出来なかつたが、勧工場は、丁稚に至るまで皆通ひで、給金制度になつて居たので、私も幾らかその方から貰ふことになつて居た。私はそれを皆伯父に渡したが、伯父はその中からほんの僅かではあつたが、朋輩もあることだからといつて、特に私の小遣として呉れた。つまり給金の中から私の食料を引いた残額に相当するものを呉れたやうなものであつた。

「これからおまはんに小遣をやるよつて、買ひ食ひなんかしよつてはあかへんぜ。」

初めての時、伯父はさう言つて私の前へ二三枚の銀貨をはふり投げた。

それが私が自分で働いて得た最初の金であつた。私は嬉しかつた。併しそれを受取るのが気まり悪かつた。たとひ正当なものでも人から金品を与へられるといふことは何となく気のさすものだ。私は受取つていゝものか悪いものかと暫くは手を出しも得ずに、もぢ/\して居た。

「早う、お貰ひ。」

かうお雪伯母に言はれて、私は顔を赧らめながら、鼠が物を引くやうに、おづ/\と膝の前に散つて居る銀貨を拾つた。そして台所の方へ行つて、暗の中で微笑みながら、幾度も手の中で握つて見たり開いて見たりした。

そんな風に、私は月々僅の銭を貰つたので、その中から毎月一二冊の少年雑誌を買つたが、家へは持つて帰らずに、勧工場に隠して置いては、暇な時に読んだ。

今まで肉体に痼疾を持ち、精神的にも一種の重い圧迫を受けて、伸びようにも伸び得ず、太らうにも、太り得ず、日陰の草のやうに、小さくいぢけ萎びて居た私の身体は、病気がすつかり治つて了ひ、また勧工場へ出るやうになつて、身も心も今迄よりも自由に解放された為か、急にめき/\と眼に見えるやうに成長して行つた。相変らず痩せて細かつたが、身長だけは伸び/\と、筍のやうに伸びて行つた。

「十四位に思はれんえな。さう伸びられては着物がたまらへん。」

病院から帰つて四五ヶ月も経つと、お雪伯母は驚いたやうにそんなことを言つた。それまで筒袖のつんつるてんの着物を着て居た私は、その年の秋袷から、袖のついた一人前の着物を着せられた。病院に行つてから、頭も坊主頭にして居たので、もう丁稚とは思はれぬ位大人らしくなつた。

「矢つ張り病気があつて、太れえなんだんやな。」と伯父は言つた。

身体ばかりではなく、それにつれて心も成長して行つた。今から考へると、病院に於ける七十日余の生活は、早熟な私にとつて、肉体的にも精神的にも、丁度少年期から青年期に移りかけようとする過渡期であつたかも知れない。或は病院の生活が、それを普通よりは幾らか早めたのかも知れない。病院から帰つてから、私は、私の心の眼に、今までとは異つた窓が開けられたのを知つた。異性に対する、あどけない憧憬といつたやうな、甘い情緒の芽が、いつとなしに萌え初めて居た。

私は勧工場に居て、若い事務員達が、好んでする女の話などに、特別の興味をもつて、陰の方から密かに耳を傾けた。美しい婦人の客などが入つて来た時には、私は誰よりも先んじてその後について行つた。女の側に立つて、相手に気づかれない程度に寄り添うて、得ならぬ香気を嗅ぐのを楽しみとした。時々藤本看護婦の俤が空に浮んだ。私はうつとりと彼女の優しみに充ちた笑顔を眺めた。彼女の俤を夢に見ることも一度や二度ではなかつた。

夜になると、時として私はお雪伯母の肩を揉むことがあつた。私は着物の上からでも、彼女のしなやかな、ふつくりした身体に触れ、その温味を感ずるのを喜んだ。私は熱心に彼女の肩から背、それから腰の方へと揉み下げて行つた。

「おう、いゝ気持やの!」

お雪伯母は眼を瞑つて(それは背後からでもよく分つた)、如何にも気持よささうに、ぐい/\と胸をすかした。

「恭やん上手えな。按摩さんより上手や。」

おだてられるのだとは知りながら、私は勝手に甘い空想を描いて、それを楽しみながら尚一層熱心に手を動かすのであつた。

京都へ来て以来、長い間圧へつけられて居た喫煙慾が、再び非常な勢ひをもつて蘇つて来たのもその頃であつた。

私は幼い頃から煙草に対して、殆ど病的な嗜慾を持つて居た。私が始めて煙草の味を覚えたのは十歳位の時であつた。父は煙草を喫はないので、家には煙管も煙草もなかつたが、或る時弥市といふ老水夫が煙草入を忘れて行つたので、私は悪戯半分に二三服喫つて見たのが因であつた。

一度その何とも言はれない甘美な(その時私にさう思はれた)陶酔的な味を覚えてから、私は煙草に対して避け難い強い誘惑を感じた。当時私は学校から帰ると、父と一緒に磯漁に出掛けるのを常としたが、弥市老人は私の家の舟の水夫で、毎日私の家へ仕事にやつて来てゐた。で、私は時々浜納屋や舟の中などで、弥市老人に頼んで喫はせて貰つた。最初は父に内密にして居が、或る日浜で仕事をして居た時、私は弥市老人の腰から煙草入を抜き取り、浜納屋へ持つて行つて、こつそり喫つて居ると、(こんなことを屡やつた)思ひがけなく父がやつて来た。私は慌てて煙管をかくし、眼の前の煙を吹き払ふやうにしたが、父は咎めもせず、却つてにつこり微笑みながら、

「だんない、喫へや。」と言つた。

それから私は父の前でも公然と喫ふやうになつた。父はもとより勧めはしなかつたが、強ひて止めようともしなかつた。煙管や煙草を買つて与へはしなかつたが、弥市老人やその他の人のを貰つて喫つてゐるのを、それが家の中であつても黙つて許してゐた。時として、誰かが遊びになどやつて来て、父と話しながら煙草を喫つてゐるのを、私が欲しさうに眺めて居ると、

「家の恭にも一服喫はしてやつてくんされ、煙草が好きで弱つたわいの。誰に似たやら。」と其人に言つて呉れた。

「そんな子があるもんや。病やのう。」と其人は表面では心よく喫はして呉れた。

後には私は真鍮の鉈豆煙管を買つて来て、古新聞や厚紙で入物を作り、それを懐に入れて歩くやうになつた。

「今から煙草喫ましてどうするかいね。生意気な! 顔が蒼くなつて了ふかいね。あんたも余りや、いくら何やつて、黙つて放つとくちふことがあるかいね!」

或時継母は父に向つて小言を言つた。すると父は却つて、

「だんないわい、虫が好くのや、彼が喫むのでなうて、腹の虫が喫むのや。線香を食うたり、壁土や泥土を囓る子があるもんやが、それと同じこつちや。病や。」と私の為に弁護して呉れた。

京都へ来てから、私は暫くの間その欲望を制するのに苦しんだ。殊に清水の方へ来て、始終煙草好きの伯父やお琴伯母の前に出て、絶えずその香を嗅いで居ると、時には堪へられぬほどの強い誘惑を感じた。けれども私はそれを抑へ/\して来た。

ところが勧工場へ出て、いくらか自由を得るやうになると、私は遂にその欲望に打ち敗けた。或る時一人の事務員が、巻煙草の喫ひさしを火鉢の中へし込んだのを見て居た私は、彼がそこを離れたのを見るや否や、そつとそこへ行つて、盗みでもするやうにひどく慌てながらその喫ひさしに火をつけて、貪るやうに強く烈しく喫ひ込んだ。と、急にふら/\と眼の眩むのを覚えたが、私はその芳烈な香味を忘れることが出来なかつた。それから私は自分で巻煙草を買つて来て勧工場の中で、併しさすがに他を恐れ憚つて、隅の方に隠れながら喫つた。

「生意気な!」かう事務員の一人が或る時叱つた。「貴様なんぞ煙草喫ふよつて、煙草が高うなるんや。」

私は伯父やお雪伯母には秘密にして居た。家では出来るだけ我慢して居たが台所の隅や母家と勧工場との間の細い露地などに隠れて喫つた。水汲みに井戸へ行つた時には、必ず井戸端で一本喫ふのを常とした。

朝起きると、必ず先づ一服喫はねば気持が落ちつかなかつた。私は表戸をあけると其儘外へ出て庭先に立ちながら、爽かな冷たい朝の空気と共に、香の高い巻煙草を、強く深く吸ひ込むのを非常な柴しみとした。私は一本を喫ひ終るまで戸外に立つて居た。

「恭公! 何してるんや。早う雨戸おあけんか。」私が表戸をあけてから長いこと内へ入つて来ないので、時として伯父は寝床の中から大声で呼ばはつた。「いつも表あけてから、何してるんや。」

或時には、私は伯父やお雪伯母の眼を盗んで長火鉢の側へ行つて、お雪伯母の長煙管で、そつと刻煙草を盗み喫みをした。伯父達には絶対に秘密にして居たので、夜、彼等の前に仕事して居る間は、一番苦しかつた。私は毎晩、きまつた様に便所へ行つて、そこで堪へがたき欲求を充たして来るのを常としたが、それは一囘だけしか行はれなかつた。で、甚しい時には、伯父が寝て了つた後で、都合よくお雪伯母が便所へなど立つた時には、私は盗賊のやうに伯父の寝顔を窺ひながら、お雪伯母の煙管で手早く一二服喫ふこともあつた。そんな時私は吸殻から煙の立ない様に深く灰の中へ埋め、煙管を元のやうに置いて素知らぬ顔をして居た。そして伯母が帰つて来て、煙管を取りあげた時、雁首の所が熱くなつて居るのに気がつきはしないか、またはよく掻きならした火鉢の灰が少しでも崩れて居るのに気がついて怪しみはしないかと、びく/\怖れながら、彼女の眼附などに注意を払つた。

私は、私の息が脂臭くなつて居はしないかと怖れ出した。私はそれが伯父達にかゝらないやうにと常にこまかい注意を払つて居た。何か物を言ふ場合には、なるべく遠く離れ、且つ横向になつてする様に心掛けた。止むを得ず正面に向き合はねばならぬ時には、努めて息を吐かないやうにして居た。そしてまた一方には、かういふ私の素振りを彼等に気取られないやうに、態とらしく思はれないやうにと、それにも心を配らねばならなかつた。

或る冬の朝であつた。私は毎朝まだ薄暗いうちに起きるのを常として居たが、その時、寝床の中で煙草を一服喫ひたいといふ強い欲望に捉へられた。私はその慾を制御しようとすればする程益強くなつて、どうしても抑へられなかつた。伯父達は既に眼を覚まして、枕元の煙管をぽん/\と叩いて居た。マッチを擦る音や、吐月峰を叩く音が異様に私の神経を刺戟し、一層私の欲望をそゝつた。私は寝床の下に隠して居た巻煙草を出して、如何にしてそれに火をつけるべきかを考へた。私は炬燵を入れて居たので、それに火の気の残つて居るのに気がついた。私は起きた。そして蒲団をめくつて、火入を見た。赤みがかつた炭団の残灰が、円く崩れずに盛り上つて居た。私は、巻煙草の先でそれを突いた。次は手応へもなく柔く崩れて、その底の方に微な火の光が見えた。私ははつと飛び立つやうな思ひで、尚灰を掻き分けて、煙草に火をつけた。そして、頭を炬燵の櫓の中へ突つ込み、蒲団をすつぽり被つて、息つまるやうな炭酸瓦斯の香にむせかへりながら、すぱ/\と貪り喫つた。煙が蒲団の中に漲り充ちて、私は眼や鼻に烈しい痛みを感じ、且つ息苦しくなり、剰さへ烈しい咳の発作に襲はれた。私は堪へ忍びながら喫ひ続けた。

「恭公、早く起きんか。何してるんや。」と伯父の声が襖越しにした。

私は驚き慌て、喫ひさしを火壺の中へ突き込んで起き出た。蒲団の隙から這ひ出した煙が部屋の中に濛々と立ちのぼつた。

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