Chapter 1 of 32
序
我が長歌の総てを収めて、此の『篁』を成す。主として小田原の山荘にありて、竹林の日夕を楽しみ、移りゆく季節の風と光とに思を寄せたる、そのをりをりの古体を蒐めたり。
かの山荘はまことに篁の中にありて、その蕭々の音は、常に颯々たる松籟に唱和し、簡朴にしてそぞろに幽致にも満ちたりしかど、震災後、大破して繕ふに由なく、ただ辛うじて住むを得たりき。
我が長歌も亦かくのごとし。長歌とは言へども、あながち万葉の古体にもあらず、貧しき詩魂は時に新様の我趣を求めて、自ら姿容を破る。もとより流通するところの所縁ただに和歌の一体に繋ることをのみ幸とすべきか。また言ふところ無し。
昭和四年 暮春白秋