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海郷風物記
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海郷風物記
木下杢太郎
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Chapter 3 of 4

3

此四人は、或は聲を揃へて歌ふ。或は少時息を凝して踊の人の答の歌を待つやうに默す。或は踊の人々と共に唄ふ。

踊は左の手に幣束の柄を持ち右に扇を持つて歌ひながら踊るのである。ちよつと見た所では何う規律があるのか分らない。子供のする蓮華のはなの遊びのやうに開いたり萎んだりする。時々ごちやごちやんと圓く集つてしまつて、扇と幣束とを膝の前に寢かして、「そこ、そこ、そこ、そこやあれ、そこやれ、はいや」といふ。それで一節が終へたのである。それから復再び繰り返して踊る。

兎に角此踊といふものは、かかる屈強なる、最早分別も出た男のするものとしては甚だ馬鹿氣たものである。それ程價値あるものとは思はれない。それにも拘らず、一人ならず二十三十の人が揃つて踊る――而かも嚴肅な顏を以て、少しも詰らないと云ふやうな風もしないで踊るのを見ると、何か知らん、觀者は非常に感傷的な悲哀又は悲壯の心持になるのである。總じて多くの人が揃つて一事を演ずるといふ場合には、そこに一種の「力」の感じを生ずるものであるが、その活動の目的が大なるものより小なるものに行くに從つて、この感じに崇高、悲壯乃至可憐の第二の心持が附いて來る。多くの僧侶が涅槃の釋尊を一齊に諦視する古畫の表には悲壯がある。單に美しい藤娘や鷹匠の踊の地を附ける爲めに二十人の樂人が歌を唄ひ三味線を彈くのを見るときには、人をして涙ぐましむる哀愁がある。此の鹿島踊がそれを見る人々を動かすのはその二つの孰れの作用であるかは知らないけれども、兎に角一種の力を印象せられ、而して踊そのものはつまらないものだと感じたる見物は、この力の源をこの踊――この人間活動の裏に求めて止まぬのである。――即ち踊そのものの爲ではなかつたのである。而して是れは所謂「御神體」を崇め、それを喜ばすが爲めに行はれたのだと云ふ事を發見するに至る。そこで人の注意が此御神體の上に集るのである。

鳥居を潜つて又一つ石段を登るとそこにまた鰹の幕や、蛭子の面で飾られた拜殿があつた。榊が立ち、提灯が弔るされる。一群の人は亦此の處に於ても堂内の一物に注視して居るのである。

即ち新しき筵を敷いた神殿の床の上には、黄ろい綸子や藍の玉蟲の綾などの直衣を着た禰宜が色斑らに並ぶ。其側には脇差をさした漁夫が禮裝して坐る。此際予の氣付いた所によるに、黒羽二重などの羽織に大きな紋のついたのは可いが、下の着物は淺黄の辨慶とか、淺黄のあらい薩摩縞のやうなのが多かつた。親讓りの絲織の晴衣と云ふやうなものは固よりあつたが、まだ新しいのに年に似合はず、派手なのがあつたのである。かかる漁夫の眼に媚びるやぼな色や縞柄の着物を、少し窮屈に着て居るのを見てさへも、何か妙な哀深い心持になつた。

而して是等の人は、一種の莊重なる儀式を以て御神體を御輿の中に移す。「今御輿へ魂を移したぞ」といふ私語が子供等のうちに擴まる。で皆な感動したらしい顏付をする。

神秘――昔から今に懸けて地上のあらゆる人々の求めあかした者はそれでは無いか。原子分子の假説で宇宙の規律のやや整然と説明されさうになると、人々は驚いて新なる不可思議を求める。そして新に發見した電子といふ鍵で第二の扉を開けようと努力する。宗教藝術は勿論の事であるが、一見 niladmirali に見える朴訥なる科學も亦人間の世界に神秘を餘計にしようと努力するやうに見えるのである。所で予は此魂移しの儀式に於て、あまりに手輕に神秘を求め得て、それで滿足した昔の人の寛濶を思うてほほ笑まずには居られなかつたのである。魂移しが濟むと突然鐵砲がなる。

「え、どつこい、どつこい」

「そおらああ……」

と、ちやうど唄の應答の半であつた踊の人々は驚いて踊を休めてかたまる。坂下では子供等がけたたましく法螺の貝を吹き出す。三十人許りの壯者に擔がれた神輿は拜殿前の石段を下つて鳥居の下の廣場に出る。群集が道を開ける。赤、緑、黄色の旗がゆらゆらと動き初める。

御輿は崖の上の狹い平地に出た。そして蹌踉け出した。年老いたる二三の漁夫は心配さうに小走りに走つて往つて、この暴れる神體を宥めようとした。

「ぶうぢやつかん、ぢやつかん、ぢやつかん」と云ふ言葉がある。子供等の言ひなせる擬音の言葉である。ぶうといふのは法螺の貝の音である。ぢやつかん、ぢやつかんとは御輿に飾る珠や風鐸の響を模したのであらう。そのやうに今も神輿がゆれながら響いたのである。

高い坂の上から狹い街路を下瞰して居ると、今しも坂を下つた御輿が屋根と屋根との間に現はれた所である。法螺の貝はものものしげに鳴る。而して幾度か止まり幾度か蹌踉いて、子供等の小さい胸を痛ましめた神輿は、突然何か思ひ付いたやうに細い道を東の方に驅つて行つた。

山腹の石の鳥居、その下は直ぐ崖で、海に沿ふ家の屋根が見える。そこに青い海面から拔けて白の幟が立つ。而して水平線の彼方には房總の山が眠る。この光景は既になつかしい廣重の情調である。而してこの種の情調の中に、凡てを破壞する現代文明の波にも破られずに、尚能く昔の面影を止むる祭典及び其他の年中行事を殘して居ると云ふ事はめづらしい事である。實際はこの鹿島踊の如きも必しも珍らしいものでは無いかも知れぬ。香取、鹿島の兩社は遠く藤原氏の時代から勢力のあつた社で、その末社も少くはないだらう。隨つて鹿島踊、鹿島の事つげ、船唄の類もまだ全國の諸所に殘つて居るかも知れないが、然し盆踊はつい近頃まではあんなに盛であつたのが、今は殆ど全廢してしまつた。此種の祭典もやがて遠からず無くなつてしまふのだらう。だから予も冗漫を厭はずに目に見た所をそのまま書き付けようと思つたのである。

それから予等は神輿の跡は追及しないで、後にその着く可き海岸で待つて居た。をととし見て覺えて居る所では、やはりそこに踊がもう一度あつて、それから裸體の男が三十人許りで御輿と人々とを船に乘せるのであつた。

やがてそれも濟んだと見えて、岸に繋いであつた船が動き出した。怪しい人のどよもしが遠くから聞えて來る。船には各二本の竹竿を立て、それに燈籠と幟とを付け、數條の造花をしだらした。この二艘の主な船を中心にして、其他四五艘の小さい船がそれを取り卷く。また別に一艘、彩色を施した彫物の屋臺で飾つた、俗に「御船」といふ船がある。それには舳の所に肩衣を付け大小を差した人が坐つてゐる。

是等の船が動き出して、艪を漕ぐ人の姿は見えるけれども船は中々に近よらぬ。こなたの海岸には見物の群が増してはや五六百の人を數へられるやうになつた。陸に揚げてある多くの船は是等の人々によつて占領された。海岸に立つ二階屋の窓には女子供、新しき――さう云ふ人達が首を出す。而して實際こんな狹い町では何處の誰が何處に居ると云ふ事が愉快なる穿鑿の種になり、それが歸宅の後家人に告げられると、女達の夜の爐邊の話題を賑かし、それからそれへの穿鑿が更に人の家の親類縁者の事に移り、かくて話はやうやう一つ前の人一代に飛ぶ。そして遂に日常の話に物語の情調を添へるに至るのである。

陸の船の上にまた二人の漁夫の子が乘つて居た。その一人は羨ましさうに他の子の持つ二つの小さい薄荷水の罎を諦視めて居た。遂には彼はそれを要求するに至つた。そこで小さい爭が始まる。然し結局兄と見えた一人が一本を配ち與へる事に極まつた。が、與へるその前に罎中の大半の靈液は傾け盡されたのである。此 pisode も亦、待ちに待つて退屈しきつた人々には恰好な笑艸であつた。けれども一罎を貰ひ得た本人は多少の物議の末に、はや甘んじて、もう勿體なささうに罎の口を嘗め出したのである。

船唄と鹿島歌との掛合の間に、「え、どつこい、どつこい」と云ふ refrain で金剛杖で船の板をうつ拍子が明かに聞えて來て、こなたの濱も色めき出した。即ち二人の若者は勢よく着物を脱いで女達に渡し、それから海を清む可く、藻屑を浚ふ可く冷い海水の中に飛び込んだ。そこで輕い感動が見物の間に現はれて來る。單に儀式とは見えない眞面目を以てこの二人の男は海の中を驅け廻る。祭典の遊戲的活動は愈まじめなものに鍍金されてしまふ。Lipps の自己投入の説では無いけれども、見物さへも自ら海に入つた時のやうな筋肉の緊張を覺えて、隨つて、御船を待つ心は愈切になる。御輿の魂は六百の見物に乘り移つたのである。

然し此場の situation の面白さは予が立つ處より、寧ろかの二階の窓から見たものの方が優れて居るだらう。明け放つた後景の窓のあなたには暗示的な青い海が見える。その方を眺めながら八九人の女子供の群が立つ。時々下の方から騷がしいざんざめきが聞える。もしその内の一人の女が、下の出來事の經過を Hofmannsthal ばりの美しい言葉で語つたら一篇の戲曲が出來るかも知れない。

船の船唄も明かになる。それを唄ふ人の顏も讀めて來る。白い直衣の禰宜が渚に立つて遙拜する。忽ち四五十人の若者が裸體になつて海に飛び込む。或人は神輿にかかる。他の人は一人一人鹿島踊の人を背に乘せて渚に運んでやる。それを肩に取る樣も異樣で、いきなり、ぐつと胸倉を掴んでかつぐ。すると背の人は枚を喞んで、幣束樂器の類を持つた左の手を前に突き出してよいよいと叫ぶ。暫時はよい、よい、そりや、と叫ぶ聲で渚がふさがる。小さい法螺の貝を持つ兒童までが同じ型をする。榊を外す、それを受取る。海の波に色々の彩文がうつる。既に渚に上つた子供は法蝶の貝を吹く。――それらの事が濟むと復踊が始まるのである。

船唄及び鹿島踊の事に關しては予は何の知識をも持つて居ない。二三の人にも尋ねて見たが分らなかつた。敢てそれを窮めようと云ふ氣もなかつたから其儘にした。唯予がこの種の人間活動に就いて愉快に感ずる所は、昔の人の生活が藝術的であつた事である。神社と云ふものがあり、その内の神を祭ると云ふので目的が神秘に化せられる。天平勝寶の昔に貴人より庶民に至るまで、形にせられたる人心の象徴たる大佛に禮拜したと同じ意味である。嚴格なる老幼の序、階級、制度等に對する不平や反抗も凡て此の神秘が融解したのである。たとへ人間の知を求める心は凡て不可解を闡明し、思想の不純を澄まさなければ休まないとした所で、然し一方には亦新しい神秘がなくては滿足が出來ないやうにも見える。實は今朝小學校の廣場で消防組の若衆たちの稽古を見た。中隊若しくは大隊教練であつて、其嚮導を務める人は在郷軍人である。人間はどうしても共同の活動を要求するのであるから、昔の馬鹿氣たお祭の遊戲に比して此の種の有目的の文化的行爲は贊成するに足るのであるが、其の目的が、明かであればあるだけ、信仰及び獻身の心持がなくなるのは止むを得ない。

軍國主義の外に衆生の心を統一せしむるに足る巨大なる磁石はどこに求められるだらうか。(同日夜)

夜、一種の好奇心からちよつと芝居小屋を覗いて見た。この海邊の小さい町の人々が如何なる遊樂を求めるかをも知りたいと思つたのであつたが、別に珍らしい發見もしなかつた。特殊の事もなかつたからである。今の樣な交通の便利の時に、東京から遠くない所にさう云ふ者を求めると云ふ事は第一無理であるが、然し舞臺と見物とは非常に親密である。いやな敵役には蜜柑の皮が抛られる。花道は子供等の群に占領せられて居て、揚幕があいて松前五郎兵衞の女房が出て來ると途中で思入れをする場所を作る爲めに、小さい聲で先づ子供等を叱らなければならぬ。そこでわらわらと子供等が逃げ出す。

汚い淺黄の着物をきた五郎兵衞が拷問にかけられて醜い顏をする。粗末な二重舞臺の上では役人が手習でもするやうな大きな字で口供を取つてゐる。かう云ふ所から藝術の幻影郷を抽き出すには隨分無理な limination をしなければなるまいと思ふが、見物は一向平氣で見とれて居るのである。然し此地も東京と同じく、三十未滿の人達は松前五郎兵衞は愚か、もう白井權八、鈴木主水、梅川忠兵衞なんぞの傳説、及び其藝術的感情とは全く沒交渉であるからして、隙つぶしといふ外に大して面白くもなささうに、偏に鮨や蜜柑を食べてゐるのである。彼等の遊樂、戀愛乃至放蕩は全く數學的だ。よし Rhythme はあつても Mlodie はない。少くとも二十年前には、良い事か惡い事か知らないが、まだ民間に音樂といふものがあつたのである。

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