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楠田匡介
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번역 Pagera AI
원문 Public Domain
Chapter 3 of 5

(三)三人の男達

常と入換りに、あさが呼ばれた。

もう六十を幾つか越した――よく植民地にみる浮世の苦を、なめつくした感じの、然しまだしんにはどっか強そうな所のある、この老婆は、警察の憚い旦那方の前で、小さくなって何を聞いてもおどおどして自分の思っている事の半分も、口に出せなかった。

然し警部は皆の聞きのがしていた二三の点をあきらかにする事が出来た。

それはあの日、あさが書庫に、運んだ薪の量と、何時頃、ストーブに火が入れられたかという事、ランプの石油がその油壺に充分に入れられてあったという事なのであった。

あさ婆さんが去って終うと、

「うむ……」とため息して警部は頭をふった。

「何かありましたか?」と署長が聞いた。

「何んにもない」と警部はそっけなく言ったが、今度は検事に向って「久保田さん、指紋の分類は出来ましたね?」

「ああ、やらしておいたが、警視庁の鑑識課みたいには行かんよ。ご期待にそうかどうか」

「いややって頂けば結構です。あとで署に帰って拝見しましょう……次に伊東でも訊問しようか……一寸呼んでくれませんか」

伊東は四角なあごの張ったマユの濃い潮焼けのした、四十台の体のがっしりした、みるからに船乗りらしい男であった。きちんとしたダブルの制服をつけていた。

「伊東……憲助です」

「いや……警視庁の田名網です……早川氏の殺害の犯人が、まだあがらないのであなたにもご協力願い度いと思いましてね」

「はあ私で出来ます事なら……」

「あの夜二時頃、皆んなが皆んな小用に起きたといっているが、その前にたとえば君は、異様な音で目を覚ましたというような事はなかったでしょうか?」

「いいえ、別に」と彼はけげんそうに警部をみた。

警部はなおも続けて、

「あなたが便所に起きた時、書庫の灯はついていたでしょうか?」

「さあ……望月君は、ついていたといっていますが私は記憶ないのです」と伊東は考え考え答えた。

「あの夜あなたは早川さんと、いい争いなすったそうですね」と警部はずばりといって彼の顔をみ据えた。彼は二三度まぶし相に、またたきしたがすぐ顔をふせて終った。暗い影がその赤黒い顔をさっと走り通った。

「書庫であなたは何か早川にいっていたそうだがね。その内容を知りたいんですよ」

「それは……」と彼はいって、あとをいい淀み暫く考えている風だったが「私は早川さんから、色々なものを頼まれて買って来たり早川さんの集めたものを、買ってあげたりしていましたが、最近になって、一寸まとまった金が、必要だったものですから会社の金を少し使い込んだのです。それがこの三月にひょっとすると船が換るかも知れませんので、早川さんに一時の融通を頼んでいたのです。が拒絶されその上私が前に、お借りしていた千円ばかりの金も、すぐ返済しろというのです。私と、早川さんの中で、千円や二千円の金の事はどうでもないと思っていました。相当の事を私は早川さんにやってきたつもりです。それにかかわらず、すぐ返済しなければ私の事を会社に密告すると、いい出したものですからついかっとなって……」

「デレッキを掴んだ!」

「え! とんでもないです。それや早川さんの死ぬ事は、誰だって願っていますが……本当に、誰か縊める人があれば足位引っぱって手伝いするでしょうが……」と彼は苦っぽく笑った。

「じゃ誰が殺した?」

「…………」

「望月は夜中に君が、あのドアから出て来たといっているんだがね」

「そ、それは望月君が何かためにする事があっての証言ではないんですか?」

「だって君は会社の金を使い込んだという外、よからぬ商売をやっているんだろう。密輸入品を……魔薬のような……」

「…………」

「それを知っている早川を君はこの際、沈黙させるには良い機会ではないかね。望月にも相当な動機はあるし、五十嵐だってあの夜早川と争いをやっている。夜中に君は目を覚した、まだ一人書庫に早川は起きている。何気なく入って来て一撃する。それから出て――そしてどうして君はこの鍵をかけたんだい?」

伊東はびっくりしたように、体をふるわしたが、みるみる恐怖がその顔一ぱいにみなぎって膝においた手がはたはたとなる程ふるえていた。口は半ば開いて目はかっとみ開いて空間の一点をみつめていたが、やがてゆっくり、それは丁度助けを求めるもののように順々に人の顔をみ廻した。

「――それにね伊東! 君の書いた三千円の……早川さんにやった借用証がなくなっているんだよ」

「…………」

「金の外は……もし期日までに返せない時は君は何か相当なものを引換えにする条件だったね……その証書はどうした?」

「焼きました」

といった彼の語調には何かしら観念したもののひびきがあった。

「そうだろうな」

警部はそういって煙草の一本をつまみ出した。彼もふてぶてしい態度で肩を張りながら自分もポケットから煙草を出してパイプにつめ火をつけた。じっと煙の中からそれをみていた警部は、いまいましそうに顔をゆがめると、

「君にも嫌疑がかかっている。暫くは外出は禁じますからね。一切出張の係官の指示にしたがってくれ給え、船の方へは僕の方から通知しておくよ」

そういって引とらした。

伊東が出て行って終うと警部は、

「一筋縄では行かない連中ばかりだ」とはき出すようにつぶやいた。

「証書ってどうして、なくなった証書の事が判ったのかね」

久保田検事はMCCを一本抜きながら聞いた。

「あああれですか、なあに、これですよ」

そういって警部はあの夜現場の卓の上にあった大型の、早川が売却本の目録を書きかけていたフールスカップを、書類の下から引っぱり出して拡げた。

「ほれ、ここに鉛筆で、無駄書きをした所がありましょう。¥3.000.00 ¥3.000.00と二つ三つありますね」

「何か本の代価ではない?」

「僕も初めはそう考えたのです。下に POSER と、英語で乱棒に、書いてあります。これは伊東と話しながら無意識に書いたんです。調べてみると早川にはそんな癖があるんですね――で、僕は三千円を伊東に貸したか、又は貸すというのか、判らないがあの夜、二人の中に三千円が問題になっていたと想像したのです。それがあの文庫の中をみて了解したのですよ二、三証書を入れた封筒が入っていましてね。只の封筒でしたが――その中に(伊東¥3.000.00三月末)と書いてあるのがあって、中身はなかった。伊東と話中早川はそれを出して彼に見せたのだろうね。そして文庫に入れる時封筒に入れずに一番上に乗せておいた。次の日、ドアを破って入った時、人々の気の転倒しているすきに、伊東は手早く処理したという訳さ。彼は千円といってはいたがね」

「なら、どうして殺した時、盗らなかったのかね」

「誰が?」

「誰がって伊東がさ!」

「あっははは、伊東は犯人じゃないよ。少くとも今の所はね」

「え! じゃなぜ、あんな事を伊東にいったんだい」

「今の所、伊東にも外の者にも彼に嫌疑をかけていると思わせておき度かったからですよ」

「へえ……」と署長はいったが納得の行かない顔で「じゃ君は、証書は見ないんでしょう?」

「そりゃ見ないよ」

「じゃ三千円の金額は良いとして、交換条件に……」

「あっははは、あれかい? あれは山勘さ、どうせ早川の様な男だ、只で三千円は貸さんからね。あははは」

×         ×         ×

五十嵐の場合は――

伊東の話では、彼自身は、五十嵐の帰って来た音で、目を覚したといっているが、五十嵐の陳述では伊東は、その前から起きていたのだといっている。争いした事も金の事で「自分をわざわざ東京からいそがしい中を呼んでおいて、今になって売らんの金高が合わないのといい出しましたのです。私にすれば百冊の本より、久三さんの持っていた土佐光行の『極楽寺縁起』が欲しかったのです。それに、昔の事までいい立てられましたので……」というのだった。

「伊東さんの便所から帰ったのは知っています。然しその間の時間は三分のものやら三十分のものやら、一睡りしたらしいので判りません」

「一番最後に、あの書庫に入ったのは、山村さんだろうと思います」と述べている。

いつの間にか、日は暮れて、洋燈に火が入れられていた。人々は疲れあぐんだ態で煙草だけを、やけにあげていた。

五十嵐の訊問が終ると、田名網警部はやっと腰をあげた。それから伊東、五十嵐のいる部屋を一応みて、望月の部屋に入った。そして暫く調べていたが、ふと警部は和服の一人に、

「さっき望月はオーバーを着て行ったろうね」と聞いた。

「いいえ、着て行きませんでした。暖かったし急いでいましたので」

「え! 着て行かなかった? うむ」と警部は何か考えていたが、急に勝手元の方にずかずかと入って行って、夕食の支度をしていたあさに、

「望月はオーバーをどうしたか知りませんか?」と聞いた。

「あ、望月さんのオーバー、あの旦那さんの、なくなられた朝、洗濯屋に出しましたよ」

「洗濯に――ね、あささん、その時、その時望月はオーバーだけだったの?」

「いいえ寝巻も出しました」

「ほう! 寝巻も!」と警部は思わず声を大きくした。

警部はこの真冬の樺太で、一枚しかないオーバーをなぜ望月は、しかも事件のあった朝急いで洗濯に出したか疑問を抱いた。警部は早川の家を出て洗濯屋に廻ってみたが、そのオーバーも寝巻も、もはや洗濯終ってアイロンの仕上にかかっていた。

「何か変った点が、なかったろうか?」と警部は聞いてみたが、洗濯屋は、気の毒そうに頭をふるだけだった。

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