傀儡師
飛び出したところは屋敷町、いつもは人通りが少ないのに、近所に祭礼でもあると見えて沢山人が歩いている。その人々の頭の上、二尺あまりもグンとぬきんで、巨大な白木綿が歩いていた。純白の髪を肩へたれ、純白の行衣を身にまとい、一尺ばかりの一本歯の下駄、そいつをはいた修験者で、環のついた鉄杖をつき、数間のかなたを人波を分け、悠々と歩いて行くのである。翻る袂、乱れる裾、なびく白木綿そっくりだ。
「薄月夜の墨田堤、桜群葉に蔽われて、はっきり姿は見えなかったが、間違いのない純白の髪、そっくりそのままのしゃがれ声。あの時の曲者に相違ないが、修験者とは意外だな。とにかく顔を見てやろう」
その時修験者は四角を曲がった。その角を広太郎がまがった時、やはり修験者は数間のあなたを、同じように人波を分けながら、悠々として歩いていた。急ぐようにも見えないが、非常に大股にでも歩くのだろう。容易なことでは追いつくことが出来ない。柳町から餌差町、この辺は広い往来で、両側に家々がビッシリと並び、いらかが薄白く陽に光り、地面からほこりが立ち、物売りの声、下駄の音、行き来の人の話し声、文字通りの雑沓であったが、その騒音を貫いて、ジャラーンと響き渡る物の音、修験者の持っている鉄杖だ。餌差町と春日町の間、ちょうどその辺まで来た時である。編笠をかぶった一群の武士が、辻からムラムラと現われた。と、修験者を指さして、口早に何やらしゃべったらしい。揃って後を追っかけた。「おかしいなあ」と広太郎、心の中で怪しみながら負けずに後を追っかけた。白衣の修験者をクルクルと、武士の一団が取り巻いたのは広い春日町の四辻で、「何か起こるな!」と思った時、はたして意外な事件が起こった。まず修験者が立ちどまり、サーッと鉄杖を揮ったものである。とたんに二、三人バタバタと、もろくも武士が地に倒れた。と思った一瞬間、修験者の姿が消えてしまった。しかし間もなく宮坂町の方から、きわめてかすかではあったけれど、ジャラーンという音が聞こえて来た。
あッと思う間の出来事である。
広太郎はぼんやり突っ立ってしまった。
「あの早業、あの力量、あの男に相違ない。……だがいったい何者だろう?」
その時である、耳もとで、つぶやく声が聞こえて来た。
「お嬢様にご用心なさりませ。……あぶのうござります。……ご用心」
振り返って見ると一人の男、浅黄のずきんにうこんの袖なし、伊賀袴をはき一本差し、人形箱を胸へ掛けた、古風の傀儡師がうつ向き加減に、足のつま先を見詰めながら、すべるように右手を通って行く。ずきんの下からはみ出しているのは半白になったかみの毛で、年はそちこち五十五、六。たくましい頸、怒った肩、くくりあごの下ぶくれ、横顔ばかり見せていたが、ワングリと高い立派な鼻、食いしばったような口もとなど、一癖も二癖もあるつら魂。
「おかしいなあ、なんのことだろう? お嬢様にご用心なさりませ。あぶのうございます、ご用心。……おれにいったのか誰にいったのか、こいつからしてわからない。おれには一人だって妹はない、女房がないんだから娘もない」
気がついて見るとその傀儡師、宮坂町の方へ行くと見えて、春日町の辻を西へまがった。
「待てよ、こいつひょっとすると、お京様のことじゃないかしら? どっちみちひどく気にかかるなあ」真夏の白昼、修験者と傀儡師。二つのものの怪にぶつかったように、広太郎は慄然と身ぶるいしたが、はたして大事件が持ち上がった。