Chapter 1 of 10

Chapter 1

ひと目惚れは日本では西洋ほどありふれたものではない。一つには東洋社会の特有の構造のためであり、もう一つには恋愛にまつわる多くの不幸は親が取決める早婚によって未然に防がれているからである。しかし他方で、情死がしばしば起っているが、そこにはほとんどつねに二人一緒になされているという特徴がある。これらの多くの場合は不適切な関係つまり道ならぬ恋の結末であるといえよう。とはいっても誠実かつ勇気ある例外の場合もまた存する。こちらは大概は田舎の方で起きている。このタイプの悲劇における恋愛は、少年少女の無垢で自然な友情からにわかに進展したものであり、また犠牲者たちの幼少の時期にまで遡ることができる。ところで、西欧での恋人同士の自殺と日本の情死との間には、とても意義深い違いがある。東洋の心中は苦しみに耐えきれず、衝動的で突発的な狂乱の結果ではない。むしろそれは冷静でありまた秩序だったものである。加えて、それは神聖なる儀式でもある。言い換えると心中は自らの死をもって証とする婚礼という意味合いを持っている。二人の誓約は神の前でなされ、それぞれ遺書を認めて、そして死に行くのである。これほどに意義深く聖なる誓いはあるまい。それだから、外部から妨げられたりあるいは治療を施されたりして、二人のうちの一人が死から救い出され生き残るようなことになれば、死に損なった者はこの愛と名誉の神聖なる誓約に基づいて、できるだけ速やかに命を捧げるべきであるとされている。相手に対して人としての正しい筋道を通す義理があるからである。もちろん、二人がともに救い出された場合はさほど問題はない。しかし、若い女性と一緒に死ぬことを誓った後に冥土への旅を娘一人にさせた男として記憶されるよりは、刑務所に五〇年ばかり投獄されるような罪を犯した方がよほどましである。誓いを破った女の方はまだしも赦されもする。けれど、情死を邪魔立されて未遂となった男が一度きり不首尾に終わったからといって恥知らずにものうのうと生き残ろうものならば、大嘘つきや人殺し、腰抜けの臆病者それに人の顔をした畜生などと蔑まれて残りの人生を送るのが関の山であろう。私はそのような例を一つ知っている――が、ここでは東国のある村で起こった純朴な恋の物語をすることにしたい。

Chapter 1 of 10