Chapter 1 of 17
一
皆さん、これから申しあげる探偵談は、少年科学探偵塚原俊夫君が、自分でもいちばん骨を折った事件の一つだと申しているほど、面倒な殺人事件であります。
そもそも犯罪探偵の際、いちばん難しいのは、殺された人の身元の分からぬ時です。明らかに他人の手によって死に至らしめられた死体でも、その死体が何の誰だということが分からなくては、犯人捜索の手のつけようがありません。ですから、これまで、被害者の身元不明の事件が未解決のままに終わった例は甚だ多いのであります。
身元が分からねば、その人がどういう生活をして、どんな人と交際していたかを知ることができません。たとえ有力な容疑者を捕らえても、その本人が白状しないかぎり、身元の分からぬ者を殺したことによって刑罰に処することはできにくいのです。
ですから、殺人死体を取り扱う際には、探偵たるものはまず第一にその人が誰であるかを定めます。そうして、それが決まってから犯人の目星をつけにかかるのですが、さて、時として、犯人の身元が容易に分からぬ場合があるのです。そういう際に探偵は、人知れぬ苦心をしなければなりません。
これからお話しする事件においても、殺された人の身元が知れにくかったため、俊夫君が非常な苦心をしたのです。
皆さんもご承知のとおり、俊夫君はしばしば実験室の中で事件を解決しますが、死人の身元を検べるためには、時として方々へ出かけていって、色々な人に尋ねなければなりません。この事件でもそれがかなりに俊夫君の身体にこたえ、さればこそいつもこの事件の話が出るごとに「骨が折れた」という嘆息をもらすのであります。