六
百花園の秋草を見に行った土産に、言問の団子を買って来て呉れたことはあったが、ついぞこれまで已むを得ぬ用事の外、冗談口一つ云ったことのない貞之進が、わざ/\お神さんにとのことに小女も不審を立て、寝るまでの時間つなぎに、亭主が不断着の裾直しに懸って居た秋元の女房は、黒の太利とかいう袢纒の、袖口の毛繻子に褐色の霞が来て居るのを、商売外見無しに引被け、転宿でもなさりたいのかと、膝の上の糸屑を丸めながら二階へ登って、貞之進の部屋の前まで行けば、お這入り/\といつにない愛素しいに、女房は勝手が違ったようでかえって恐縮し、御用はと恭々敷すべり込めば、いや用ではない茶を煎れたからと、この人を見知って以来、三年越し例しのない調子の軽さ、目賀田さま茶菓を賜わると、秋元の年代記へ特書せねばならぬほどの不思議に、女房は心裡でます/\疑って居たが、饒舌るを以て達弁とする隣室の五島に比べれば、口数は三分一にも足らぬが、沈黙家と評判の貞之進に似合ずぽつり/\と今夜に限って四方八面の浮世の沙汰、女房は隔意のある中にも解けて、いつか話が一昨日の鳴鳳楼の懇親会に及んだ時、東京は芸妓がたくさんな所だと貞之進が誘いかけたを、遊ぶ者も多い遊ばれる者も多い、そこが都ですと女房は何の気もなく釣込まれ、それでは先日の会は柳橋の連中で御在ましたか、あなたはあの方にはお気をお留なさいませぬがと云って、袋のまゝ置てある最中を一つ取って半分に破り、ほんとにあなたには亭主でも感心致して居りますと、こぼれた粉を払って居るに、それが貞之進の胸に徹って、顔を見られでもするように自然に背けた。
けれどそれは自分が咎めたまでゞ、ひとの知るはずがないのでまた許し、今もまず柳橋が一かと云えば、この人にない異な穿鑿と女房は貞之進の顔を看上げたが、これに答えるよりも我が見聞の広いのを誇るのが先で、いえ今では柳橋も寂れました、おきんおえいに栄えてそれから二十年というもの、わるくなったとは言う条一昨年迄はと詞杜絶れ、ちょうど私共が両国近辺に居りました頃は、まだ/\話の種も出来ましたが、今では頓と指折ることも御在ません、世のいゝ時には一旦落籍んでもじきまた勤たものですが、当節のように世が悪くっては、芸妓もたいていではないので、落籍んだとしたら容易に出ません、あなた景気が宜くって御覧じろ、老先長い体を端た金に縛られて、見たくでもない旦那の御機嫌を取って居ますものか、訳を知らない新聞屋が、全盛だとか目出度いとか云ますが、落籍の多いのは決して景気のいゝのでは御在ません、いっそ不景気の現象ですと、茶屋奉公の昔から、胸間に欝積した金玉の名論を洪水の如く噴出されて、貞之進はそうかそうかとただ点頭いて居たが、それでも小歌という好児が御在ますと、たった一言其間へ加えて欲かった。
赤縞の二子の前垂を膝の下で引張って、そして右の手でその膝の上をなでゝ居るのがこの女房の癖で、図に乗て弁じ附けられたけれども、貞之進はまだ要領を得ない、もう一転すればと思って、どういう人が重に遊ぶのかと問懸けると、それはと女房は角火鉢の縁へ飛んだ唾を指の先で消し、土地々々で芸妓の風俗もちがえば、客の風俗もちがいますから、どういう人と限ることは出来ませんが、遊びと云えば元々奢りですから、金を吝むなら奢らぬがいゝのですが、とかくこのごろは安く遊ぶことばかりを心掛け、二階へあがればすぐにお神さんに御用のある客が多いのですもの、芸妓に意気地が無いと云ますがそれは客の罪で、よしんば意気地が出したくっても、その意気地を買ってくれる客がないのですから、出ないのは当り前ですと、それから順を逐て、揚代の事纒頭の事箱丁の事女中の事、料理屋の事待合の事船宿の事、ことごとく説明らめた揚句、遊ぶなら金を遣うこと、遣わぬなら遊ばぬこと、遊ばずに済めば遊ばぬがいゝのです、およしなさいよと云て、自分で酌いだ茶碗を取った。貞之進は計略図にあたって、おのずから答えを得たのですこぶる満足し、早くこうと心が附いたら、三世相解に辛苦することもなかったと、ようやく気が勇んで、おやすみなさいっと下て行く女房に、階下の衆へと云て最中の袋を、報酬でもあるまいがそのまゝ投げ与えた。
その夜貞之進は枕に就いて、依然芸子髷に花笄を夢みたが、すこしく前夜と趣きが異わって、紙障襖は鳴鳳楼に似て居るようで、それで鳴鳳楼ではない六畳ばかりの小座敷に、小歌と自分と差向いで、やがて小歌が自分の膝へ凭れたと思うと、たちまちその顔が秋元の女房になって、こんな物をあなたに頂くのではありませんよと云て投返した祝儀包が、見る間に今日学校でなやんだ法理何とかの、第百十一頁の所と変じ、拾い上げて読んで見ると、芸妓買の秘訣と書いてある。かような夢で夜が明けて、学校へ行は行ったが、終りの時刻が待遠しく、帰るや否や秋元の勝手へ向い、かねて貞之進が同宿の悪太郎にせびられるのを気の毒がって、学資の余分を亭主が預って置て呉れるのを受戻し、傍から女房が芸妓買ですかと挑発ったを、急に買物がと心懸に言訳して初めて我部屋に入り、もう暮てもいゝ頃と思ったのが午後四時、それからの一時間をやっと送って、過日の伏糸で宿を立出で、本郷通りへ出てからの車に、柳橋とは言得ず両国までときめて、言値のまゝで急がせた。それが鳴鳳楼の会の日から、数えればちょうど四日目であった。