二
恐怖にうちのめされ、慄然たる悪寒に身体を震わせながら、それからの四、五日間を、私は、自分の前に現われた自分の姿のことばかし考え乍ら、過ごしたのでございました。ご存じでもございましょう、常磐津の浄瑠璃に、両面月姿絵、俗に葱売という、名高い曲でごさいまして、その中に、おくみという女が二人現れ、
常もし、お前の名は何と申しますえ
あい、私ゃ、くみというわいな
常して、お前の名は
あい、わたしゃくみと言うわいな
常ほんにまあ、こちらにもおくみさん。こちらにもおくみさん。こりゃまあ、どうじゃ。
と、驚くところがございます。この一人は、実在の人物、そしていま一人の方は、悪霊なのでございます。これと、同じ様に、私が見ました自分の姿も、怨霊ではありはすまいか――私は、かようなことをも考えながら、おののいていたのでございます。それと申しますのも、私たちの土地では、昔からのいい伝えがございまして、自分の姿が見えると、それは、近いうちに死ぬるしらせであるというのでございます。私は、こうした、いい伝えが、私の場合には、言葉の通りに、実現される様な気がいたしまして、何とも言いようのない恐怖に似たものを感じつづけていたのでございます。そうした訳で、お稽古は少しも手につきません、お弟子さん方のお稽古はお母さんに、お頼みいたしまして、私は気分が悪うございますのでとかように申し、四、五日も、床についていたのでございます。
しかし、五日と経ち、十日と暮しておりますうちに、こうした事も、つい忘れてしまいまして、二週間余りの後には、悪夢から覚めきったように、私の頭からは、もう、すっかり、あの、私の影も姿も消えさってしまったのでございました。時として、あの不気味な瞬間を思い出す事がございましても、
(あの時は、お天気の加減で、頭が変になっていたのではないのかしら)
なぞと、考える様になっていたのでございます。しかし、そうは申しますものの、次の瞬間には、
(いや、確かに……)
と、こう思いまして、さて、われと自分の頭を、大きく振り、
(思うまい、思うまい、早く忘れてしまいましょう)
と、独白していたのでございます。
昔から、よく、一度あることは二度あるとか申しますが、私の場合では、一度ならず、二度三度と、思いもかけぬ出来ごとがつづいていたのでございました。
この第二の出来ごとと申しますのは、お部屋をお掃除いたしておりますとき、片隅から、小さな石のはいった指差が出て来たことでございました。いつの頃から、そうしたところに、ころがり込んでいましたものやら、見ると、私のものではございません。もしかすると、お母さんがもっていられるものでもあろう、と、かように考えまして、おたずねいたしましたが、そうでもございません。
「お子供衆のうちの、どなたかが落されたのではないのかい」
お母さんは、こんなにも申されましたが、そのお部屋は、私の居間でございますので、そうしたところまで、お弟子さんがはいって来られる筈もございません。それに、見た目にも、お子供衆のお持ちになるものでもございません。私は不思議なことがあるもの、とは考えましたものの、まさか、家の中にあったものを、警察へおとどけするのも、どうかと存じましたし、それに、あれほども高価なものとはゆめにも考えませんでしたので、箪笥の小引出しに、入れたまま、忘れるともなく、忘れていたのでございました。
こうした出来ごとがございましてから、二、三日も過ぎた頃でございましたか、何も、これほどのことを、出来ごとなぞと申すのも変でございますが、新しい、お弟子いりがあったのでございます。これが、いつもの様に、お子供衆でございましたら、別に、変わったことではないのでございますが、何分にも、相手がお年をめされた方それも、大家の御隠居さまとも、お見うけするような御仁でございましたので、私たちにいたしますれば、正しく、一つの事件には相違なかったのでございます。
それは、二、三日もの間、降りつづいた、梅雨のように、うっとうしい雨が、からりと晴れて、身も心も晴々とするような午後のことでございました。お稽古も、一と通りすみまして、ほっと、大きな息をしたところでございました。
「ごめんくださいませ」
と、いう丁重に訪れて来られた方がございました。年の頃は五二、三、着物の好みは、あくまで、渋い、おかしがたい気品あるうちにも、何かしら昔を思わせる色と香のまだ消えやらぬ、どこか大家の御隠居さま、と感じられるお方でございました。
「御都合がおよろしい様でございましたら、しばらく、お稽古して頂きたいと存じますが」
と、かように申されたのでございます。私にいたしましては、もとより、異存のある筈はございません。
「お稽古と申しましても、ほんの、お子供衆のお手ほどき、それでもおよろしい様でございますれば」
と、お受けしたのでございました。私は最初の内、そうした身分の方でございますれば、わざわざ私たちの様なところへお越しになるのも、不審といえば、不審なこと、何故にまた、お宅へ名ある師匠をお呼びよせにはならないのであろう、と考えたのでございました。しかし、段々と、お話を承わっていますと、それにも道理のあること、と合点したのでございます。この方は、私が最初に推量いたしましたように、名ある資産家の御隠居さまでございました。お宅は芦屋の浜にございましたが、お若い時からの、ご陽気すぎ、それも、奥様、ご寮人さまで、下男、下女にかしずかれていられる間は、下の者の手前、こうしたお稽古ごとなぞ思いもよらぬことでございましたもの、御隠居さまで、御自由なお身体になられますと、時間の御都合もでき、せめてもの楽しみに、と、お買物の風を装われては、街までお出ましになり、それも、名のある師匠ではお知合いのお方にお会いになるけねんもございますこととて、わざと、ああした旧家町。私たちの様な、お稽古所へ尋ねて来られたのでございました。ところが、
「では、そちらさまのご都合が、およろしいようでもございましたら、お稽古は今日からでもいたしましょう」
と、申しまして、
「唄をなさいますか、それとも、踊りのお稽古でございましょうか」
と、お伺いいたしますと、
「唄を、どうぞ」
と申されたのでございます。お年寄り衆でございますれば、大抵は踊りか、さもなくば、三味線のお稽古をなさるものでございますので、こうしたお言葉に、私は、少し意外に感じたのでございました。それで、
「唄でございますね」
と、念を押し、
「何か、ご注文でも……」
と、重ねて、おたずねしたのでございました。すると、
「それでは、春雨と、梅にも春を、お歌いいたしたいと存じますが最初は春雨を、お稽古して頂きます様に……」
と申されました。私は、糸の調子を下げまして、
「では、お稽古いたしましょう」
と、三味線を取り上げ、
春雨に、しっぽり濡れる、鶯の……。 と、うたい始めたのでございました。が、お稽古にかかりますとすぐに、
「もう、今日はこれで結構でございます」
と、頭をお下げになったのでございます。私は、初めのうちで遠慮なされている事と存じまして、
「どうか、ご遠慮なく、ごゆるりと、お稽古なさいます様に……」
と、申しましたが、
「いいえ、今日はこれで結構でございます。別に、急ぐお稽古でもございませんし、ぜひ憶えねばならぬ訳でもございません、これから、遊び半分に、ゆっくりと、お稽古させて頂きたいと存じます」
と、かように申されたのでございました。そして言葉を改め、
「これは、ほんの少しでございますが、おひざ付きに、そして、これは御連中さまへのお近づきの印に、皆様で一杯お上がり下さいます様に……」
と、紙の包みを二つ出されたのでございました。私は、おひざ付き、と申された紙包みは、有難く頂いたのでございますが、も一つの方は、
「連中さんと申しましても、実は、お子供衆ばかりでございますから、皆様に一杯さし上げる訳にも参りませぬ」
と微笑みながら、ご辞退いたしますと、この方も、お上品に、お笑いになりまして、
「なる程、お子供衆でございましたら、ご酒を上がって頂く訳にも参りますまい。では、何か、お菓子でも買って、おあげ下さいませ」
と、仰有ったのでございました。