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現代語訳 平家物語 03 第三巻
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現代語訳 平家物語 03 第三巻
作者不詳
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Chapter 3 of 17

御産

鬼界ヶ島を立った丹波少将らの一行は、肥前国鹿瀬の庄に着いた。宰相教盛は使いをやって、「年内は波が荒く航海も困難であろうから、年が明けてから、京に帰るがよい」といわせたので一行はここで新年を迎えることにした。

十一月十二日未明、中宮が産気づかれた。このうわさで京中はわき立ったが、御産所の六波羅の池殿には、法皇が行幸されたのをはじめとして、関白殿以下、太政大臣など官職をおびた文武百官一人ももれなく伺候した。

これまでに、女御、后の御産の時に大赦が行なわれたことがあったが、今度の御産の時も大赦が先例に従って行なわれ、多くの重罪の者も許された。こうしたなかで、鬼界ヶ島の俊寛が、ただ一人許されなかったのは気の毒なことであった。

中宮は、安産の願立を行なわれ、皇子がお生れになったら、八幡、平野、大原野などへ行啓になるということであった。神社は大神宮をはじめ二十四カ所、仏寺は東大寺以下二十カ所で安産が祈られた。安産読経の御使には、中宮の侍の中でも官位あるものがえらばれ、何れも平紋の狩衣に帯剣、お経の施物、御剣、御衣を捧げ持ち、次々に東の対より南庭を渡り、西の中門へ静かに出て行くさまは、まことに壮厳で美しかった。

中宮の兄に当る小松大臣重盛は、良いにつけ、悪いにつけ、騒ぎ立てぬ性格であったが、今度の御産のときでも、大騒ぎが一段落してから、長男少将維盛以下の子息の車を続けて御産所に送られ、御衣四十かさね、銀剣七ふり、馬十二頭に引かせてこられた。

なお伊勢大神宮を始め、安芸の厳島神社など七十カ所余りに、神馬を寄進し、宮中にも御馬数十匹を奉った。

一方、有名な寺の高僧たちは、安産のためあらゆる秘法を動員して、最後の努力をはらっていた。すなわち、仁和寺の御室守覚法親王は孔雀の法、天台座主覚快法親王は七仏薬師の法、三井寺の円慶法親王は金剛童子の法、そのほか五大虚空蔵、六観音から、普賢延命にいたるまで、ありとあらゆる秘法が行なわれたのである。このため、護摩の煙は御所中にもうもうと立ちこめ、振る鈴の音は地を這い天にまでのぼる始末、修法の声は身の毛もよだつようにとどろく有様で、これでは、どんな物の怪も退散すると思われた。

ところで中宮の御産は、陣痛は続くのだが、難産である。なかなかご誕生にならない。つきそっていた入道清盛や奥方は、ただ胸に手を押しあてたまま、おろおろするばかりで、頼りにならぬことおびただしい。人びとが、うかがいを立てても、

「どうかうまくやってくれ、よいように急いでやってくれ」

と声をふるわすばかりであった。戦場なら、こんなみじめな思いはしないと、後程人に話したが、人の親清盛の狼狽ぶりは想像にあまりあるものがある。

このご難産に、殿中でお祈りする者は、房覚、性運の両僧正、俊尭法印、豪禅、実全両僧都などで、何れも僧伽の句などをくり返し読み秘法をつくした。中でも法皇は、この時、熊野御参詣の前でご精進中であったのだが、わざわざ中宮の帳の近くに坐られて、千手経を声高く読経されたのであった。

「たとえ、どんな悪霊でも、この老法師がここにいる以上近づくはずはない。いまとりついている物の怪は、何れも皇恩で人となったのだから、物の怪に報恩の心はなくとも、祟りをなすことが出来ようか、悪霊共よ、速かに退散せよ」

といわれると、今まで荒れ狂っていた物の怪もしばしはしずまったのである。さらに、

「女人の難産にも、心をこめて大悲呪を称えれば、鬼神退散、安産疑いなし」

と、水晶の数珠を取りだして押しもむと、中宮はご安産であったばかりでなく、産れたのは皇子であった。

「ご安産です。皇子ご誕生ですぞ」

とみすの中から躍るように出て来て、喜び声で高らかに告げたのは中宮亮重衡卿、法皇を初め、関白太政大臣以下の公卿たち、下々にいたるまで、どっと歓びの声をあげた。歓声は御所から門外に、そして京の街々を包んだ。

清盛は嬉しさのあまり、声を立てて泣いたという。

小松大臣は、金銭を九十九文、皇子の枕元において心から祈った。

「天を父とし、地を母と定め給え。ご寿命は不老長寿の仙人のように保ち給え。御心には天照大神入らせ給え」

そして古式に従って桑の弓に蓬の矢をつがえ、天地四方を射たのであった。

Chapter 3 of 17
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