Chapter 1 of 12

子供の多い家庭

「これ/\、俊一、二郎、じゃあなかった。英彦、いや、雅男、一寸その新聞を取っておくれ。そのお前の側にあるのを」

と、山下さんはこれを能くやる。男の子を一人呼ぶのに、家中の名前を口に出す。細君も、

「安子、清子、じゃあない。春子、あら厭だ。芳子、一寸来ておくれよ」

とつい四人前呼んでしまうことがある。

山下家は四男四女、偏頗なく生んだ。元来山下さんはこの頃の人達と違って、全然子供を欲しがらないことはなかった。

「夫婦は自分の後継者として男の子を一人、女の子を一人育てなければ、国家に対して申訳が立たない」

と定説らしいものを持っていた。この故に長男長女と揃った時は申分なかった。しかしその中に、

「女の子は何うせくれてしまうのだけれど、男の子は真正の跡取だから、万一間違があると玉なしになる。用心の為めもう一人あっても宜いよ」

と考え直す必要が起った。それから間もなく、生れたのは男の子でなくて女の子だった。当てが外れたけれど、諦めは直ぐについた。兎に角一番上が男の子だ。早く楽が出来ると思った。しかし一年たゝない中に、

「女二人に男一人のところへもう一人男が生れゝば数が丁度好くなる」

と期待しなければならないことになった。細君の徴候次第でドン/\説が変る。今度は年子で母体が弱っていた所為か、いつにない難産だった。細君は多大の心配をかけた後、又女の子を生んだ。

「拾いものだよ。一時は二人とも駄目かと思った」

と山下さんは感謝した。それから男、男、女、男と続いた。もうその頃は説を考える余裕がなかった。唯この上何うなることかと思った丈けだった。

八人もあると兎角欠けたがるものだが、好い塩梅に皆育った。一番殿後が男の子で間もなく小学校と縁が切れる。先頭の長男俊一君は去年帝大を卒業して、もう勤め口にありついている。長女は三年前にお嫁に行った。二人片付いた勘定だが、未だこれからだ。お父さんもお母さんも骨が折れる。七八年前、山下さんが子供全体を引き連れて郊外散策に出掛けた時、電車の車掌が笑いながら、

「修学旅行でございますか?」

と訊いた。恐らく諢ったのだろうが、山下さんは何でも善意に解する。

「余り数が多いものだから学校だと思ったのさ。無理もないよ」

と今もって一つ話にしている。

会社の閑人共が拵えた子福者番附によると、東の大関が社長の十人で、西の大関が山下さんの八人だ。しかし社長は子供の自慢をしない。尤も皆好くないそうだ。それに財産とか書画骨董とかと他に誇るべきものがある。ところが山下さんは子供が唯一の所有物だから、口を開けば子供のことが出る。

「僕は子供のない夫婦に真正の人生は分るまいと思うが、何うだね?」

と部下に話しかける。

「それは然うですよ」

と大抵は子供で苦労している。

「子供がなければ夫婦の情愛そのものも分るまいと思うが、何うだね?」

「それは少し御無理でしょうな」

と中には子供のないものもある。

「何故?」

「夫婦の情愛は夫婦の情愛でしょう。子供のあるなしに関係ありますまい」

「いや、子供がなければ真正の夫婦とはいえない。まあ一生情婦と同棲しているような形だからね」

と山下さんは極端なことを言う。

「おや/\」

「遊冶郎の楽しみはある」

「やれ/\」

と部下だから一溜りもない。

「課長さん、私もイヨ/\人生が分るようになりました」

と若手が報告する。

「それはお芽出度う。何方だね?」

「男です」

「それは益結構だ。初めは男に限る」

「お蔭さまで」

「このお蔭さまは些っと変だよ。ハッハヽヽヽ」

と側から弥次が入る。

「しかし一人ばかりじゃ真正のことは分らないよ」

と山下さんは真面目だ。

「はゝあ」

「三人からさ」

と、それは弥次った奴。

「いや、少くとも四人から上さ。六人は欲しいね。男の子もあり女の子もあり、大きいのもあり小さいのもありで、真正の人生が分るのさ」

と山下さんは我が田へ水を引く。

「時に山下さん」

「何ですかね?」

「あなたみたいに無事平穏で過して来た人は共に語るに足りませんよ。私のように六人生んで三人も殺すと、人生の深刻味がシミ/″\分ります」

と子供を失った経験のあるものが主張する。

「君には一目も二目も置く」

「好い方ばかりが人生じゃありませんからね」

「御高説の通りだ。しかし深刻味はフル/\だよ」

と山下さんは平に御免蒙る。

「人生は長いです」

「無論」

「子供ばかりじゃ何人あっても未だ尋常科です。孫の顔を見なければ、真正のことは分りません」

と言う老輩が部下にある。

「同感ですな」

「しかし初孫じゃ駄目です」

「おや/\」

と山下さんもこの人には敵わない。

「まあ、私でしょうな、この会社で真正に人生の分るのは」

「それは然うでしょう。あなたが模範ですよ」

「そんなこともありませんが、昨今漸く重荷を下しました。顧ると人生はまあ斯うしたものかと、その何ですな、茫漠ながら、要領を得たような心持がします」

とこの老人は五人の子供の教育を立派に果しているから鼻が高い。しかし間もなく停年に達して引退すると共に、気が弛んだのか、コロリと死んでしまった。

「人生が真正に分ると死ぬよ」

「矢っ張り分らないで生きていることだよ」

「要するに斯うやって生きているのが人生さ」

「終点に達してしまったんじゃ分っても仕方がない」

とその当座皆種々の感想があった。

山下さんは古い法学士で、鬢髪既に霜を置いているのに、二流会社の一課長に過ぎない。五六年前までは平社員で通して来た。次官や局長になっている同期生に較べると、畑が違った為めか、出世が晩い。一向に帝大閥の恩恵に浴していない。而も大の官学崇拝者だ。男の子は皆帝大ということに独りで定めている。女の子も私立学校へは決して入れない。山下さんは教育にも定見らしいものを持っている。但しそれは甚だ堅い。子供の数の場合のようにグラ/\していない。

山下さん夫婦の屈託は既に卒業した子供と目下修業中の子供の二種類に分れている。長女の春子さんはもう良縁を得たから、これ丈けは完全に片付いた。後は長男に嫁を貰い次女と三女を嫁にやることで、既に今までも度々縁談があった。長男の俊一君は二十七、次女の安子さんと三女の芳子さんは年子で、二十三と二十二だ。皆年頃だから、お客さんが見えて、

「実は今日上りましたのは余の儀でもございませんが……」

と切り出す時、山下さんも細君も何の子の儀だろうと先ず考えなければならない。一人でも可なり頭を悩ますのに、三人分塊っているのだから察しられる。

修業中の次男三男四女四男の中では次男の二郎君が一番の難物になっている。この春中学校を終ったが、未だ高等学校へ入れない。官学崇拝の結果私学の発達が晩かった為め、日本には中学生と高等学校生徒の間に受験生という変則な学生時代がある。所属学校がないものだから、鳥打帽なぞ被ってノラクラしている。これを二三年続けられると親が溜まらない。二郎君は今それだ。もう二度失策って、来年はもう厭だと言っている。縁談の方が先頃から一時終熄しているのを幸い差当りこの難物から紹介する。

受験生の境遇に真正の同情が出来るのは具さに受験生の経験を嘗めた者ばかりだ。兄さんの俊一君は常に二郎君の為めに執成し役を勤めている。

「お母さん、二郎は決して頭が悪いんじゃありません」

と最近も何かの序をもって主張した。

「来年は何うでしょうね? この頃は少し自暴気味で余り勉強もしていないようですが」

とお母さんは二郎君のことゝいうと顔が暗くなる。今までは皆成績が好くて褒められ続けて来たのに、二郎君が悪い記録を拵えた。

「駄目でしょう、大抵」

「困りますわね。お前からも些っと厳しく言って下さいよ」

「いや、あれは矢っ張り本人の希望通りにしてやる方が宜いです」

「活動の監督ですか? そんなこと迚も問題にならないじゃありませんか?」

「いゝえ、あれは真の気紛れに言うんです。小さい時に電車の監督になりたがったのも同じことでしょう」

「それじゃ何うすれば宜いの?」

「本人の希望の学校へやるんです」

「早稲田ですか?」

「然うです」

「私立ですよ」

「お母さん、この頃は私立も官立も同じことです。些っとも差異ありません。しかし二郎は官立の型に嵌まらない頭ですからね」

「同じことなら何方へでも嵌まりそうなものじゃありませんの?」

「さあ、それが然う行かないんです」

と俊一君は詰まった。

「私立が官立より好いってことはありませんよ」

とお母さんも山下さんの感化を受けている。

「好いとは申しません。同じことです。二郎のは我儘な頭ですから、好きな学科は図抜けて出来る代りに、嫌いなものは全然いけません。しかし私立は官立と違いますから……」

「それ御覧なさい」

「いゝえ、制度が違うんです」

「制度が違って同じってことはありませんよ」

「入学試験の制度です」

と俊一君も苦しい。内容に於ては私学官学に甲乙ないことを力説した後、二郎君の性格に及んで、

「彼奴は型に嵌まりません。中学校で先生に睨まれて物理化学が悉皆嫌いになってしまったのです。ところが高等学校の入学試験には物理化学がありますから迚も駄目です」

「学科の択り食いをするってことを先生が仰有いましたが、矢っ張りそれが悪かったんですね」

「その先生ですよ、二郎にやり込められたのは」

「まあ」

「嫌いで下調をして行かないからいつも出来が悪いんでしょう。先生は或時小言を仰有って『しっかりし給え。ワットは君ぐらいの時もう蒸汽のことを考えていたぜ』と皮肉ったんです。二郎は負けていません。『ナポレオンは先生ぐらいの時もうフランス皇帝になっていましたよ』とやり返しました。先生悉皆憤ってしまったのです。無理もありませんよ」

「困りものね。真正に」

「口が達者ですからね。気心はそれほど悪くなくても誤解されます」

「お父さんもそれは承知よ。あの子は押えつけても駄目だと仰有っています」

「お母さん、あゝいうのを手放して田舎の高等学校へやるのは実際考え物ですよ。家で監督していてもその通りですからね」

「それは私も心配していますのよ」

とお母さんは手放す問題になると弱い。俊一君はそこがつけ目だ。

「頭の押え手がなくなりますから何を仕出来すかも知れません」

「京都だと叔父さんの家へ頼めますけれど、京都は迚も難かしいんですってね」

「一高と大同小異です。やれば何うしたって高知か弘前でしょう。遠いですよ」

「考えものね」

「監督が必要です」

「家から通わせるに越したことはありませんが、私立ではねえ」

「私立も官立も同じことです」

「違いますよ。私が何も知らないと思って」

「多少違っても卒業して実社会へ立てば人間本位です。運もあります。斯う言っちゃ何ですが、お父さんなんか昔の帝大出にしては出世していません。社長さんは私立出ですよ」

と俊一君は尚お頻りに説いた。

山下さんも二郎君が目下の大屈託だ。三男の雅男君は中学の四年生だから、来年は高等学校を受ける。この方は今までのところ申分ない。

「お前も法科をやるかい?」

「はあ。しかし官吏になります」

とハキ/\していて、お父さんの期待以上のことを言う。二人一緒に入学試験を受けて、弟が合格、兄貴が落第というようなことになっては困る。しかしその懸念の為め弟の方を一年待たせるのも馬鹿げている。それやこれやで思い悩んでいるのだが、二郎君は一向平気だ。

「二郎、一寸お入り」

と山下さんは或晩書斎から呼んだ。縁側を通る姿が見えたので、丁度考えていた折から一つ訓戒を加える気になったのである。

「はあ」

と二郎君は命に従った。

「何うだね? この頃は勉強しているかい?」

「したりしなかったりです」

「もう間もなく此年も暮れるが、決心がついたかい?」

「はあ」

「本気になってやるかな?」

「早稲田をやります」

「私立はいけないよ」

「しかし僕は田舎の高等学校へ行きたくないんです。東京にいないと人生が分りません」

「豪いことを言うね」

と山下さんは自分の口癖に思い当って、覚えず相好を崩した。

「僕は物理や化学はもう厭です。迚もやる気になりません」

「それだから私立へ逃げるんだね?」

「違います。嫌いな学科が試験に出るからです」

「何うもお前は奮発心がなくていけない。楽な方へばかり行きたがる」

「いゝえ、お父さん、早稲田は田舎の高等学校よりもむずかしいんです」

「そんなことはないよ、私立だもの」

「いゝえ、お父さんはこの頃の学校のことは些っとも御存知ないんです」

と二郎君はテキパキはしている。しかしお父さんの意向に頓着しない。

「兎に角、俺は自分が帝大だから、子供も帝大へやりたい」

「…………」

「お前は何うしても文科をやりたいのかい?」

「はい」

「それじゃ文科をやりなさい」

「はあ。有難うございます」

「しかし帝大の文科が好い。一生の損徳の岐れ目だから、早稲田の方はもう一遍考え直して御覧。正月になってから返辞をしなさい」

「はあ」

「お前は石に噛りついてもという精神がないからいけない」

「…………」

「お父さんなんか書生時代には随分やったものだよ」

「…………」

「境遇が好過ぎるからだろう。お前に限ったことではないが、何うもこの頃の学生は堅忍不抜の精神に乏しい。大きな弱点だよ」

「…………」

「お前は螢雪の功ということを知っているかい?」

「知っています」

「何ういう意味だい?」

「螢の光窓の雪です。小学校の唱歌にあります」

「故事さ」

「それは存じません」

「参考の為めに話して聞かせようか。入学試験に出るかも知れないよ。車胤、貧にして常に油を得ず。夏月、練嚢に数十の螢火を盛り、書を照して読む。夜を以て日に継ぐ。何うだね?」

「はあ」

「分るかい?」

「はあ」

「孫康、家貧にして油なし。常に雪に映じて書を読む」

「二人ですか?」

「然うさ。何方も豪い人だ」

「はあ」

「この精神がなければいけないよ」

「お父さん」

「何だね?」

「そんな豪い人が二人がかりでしたことを僕が一人でやるのは無理です」

「お前はそんな馬鹿な理窟を言うからいけない」

「…………」

「車胤や孫康の勇猛心をもってすれば、高等学校の入学試験なんか難関でも何でもない。朝飯前に突破出来る」

と山下さんは尚お懇々と且つ諭し且つ励ました。二郎君は黙々として聴いていたが、お許しを受けて書斎を出た時、

「今のは成っちょらん」

と言った。

「困った奴だな」

と山下さんは首を傾げた。

「成っちょらん」

と縁側で又。

「実に心得違いな奴だ」

と山下さんは考え込んだ。方針があるから決して高圧的に叱りつけない。斯ういうことは皆自分の徳が至らないのだと思っている。

「成っちょらん」

と呟きながら、二郎君は兄さんの部屋へ入って行った。

「何うしたんだい?」

と俊一君が訊いた。

「成っちょらんことをお父さんが仰有るんですよ」

「何だ? 一体」

「僕に螢の光で本を読まなければいけないと仰有るんです」

「それは譬だ。お前が怠けているからだ」

「譬にしても常識を欠いています。第一今頃螢はいません。夏でも螢は銀座あたりじゃ一疋五銭します。あれを五六十疋買った日には電球の何倍につくか知れません」

「そんな揚げ足を取っても駄目だよ。本気になって勉強しろ」

「ピンと来ないから成っちょらん」

と二郎君は未だ不平だった。

「実はお前のことはお母さんにこの間お願いしてある」

「道理でお父さんは文科をやっても宜いと仰有いました」

「今かい?」

「えゝ」

「ふうむ。それは大成功だったよ」

「しかし帝大の文科が好いと仰有るんです」

「それは然う来るに定っている。しかしもう一息だよ。本気になって勉強していなさい」

「来年からやります」

「お母さんからももっと言って貰うし、高円寺の兄さんにも頼んで見る」

「あれは角張りだから駄目ですよ」

「何あに、学校の先生だから話が分る。それにお父さんに信用がある」

「角張りだから信用があるんです」

「まあ/\、おれに委して置け」

「兄さんは何故自分で言って下さらないんですか?」

「おれはいけない」

と俊一君は諦めていた。

「何故です?」

「お父さんからアベコベに頼まれている。それだのにお前に同情するものだから、この頃信用がないんだ」

「巧く言っていらあ」

「何だ?」

「ヘッヘヽヽヽ」

「何だい? 失敬な」

「そんな怖い顔をしても駄目です。僕は聞きましたよ」

「何を?」

「兄さんは早く貰いたいものだから、この頃は鼠のように猫を被って大人しくしているんですって」

「誰がそんなことを言った?」

「芳子姉さんです」

「何と言ったか、もっと詳しく話して御覧」

「この間の縁談は先方から断られたんですって。それは安子姉さんでしたよ」

「馬鹿を言やがる。それから?」

「兄さんが銀座のカッフェへ毎晩往くことが知れたものだから先方で厭になったんですって」

「おれはカッフェへなんか滅多に行きやしない」

「表面然う軽く言って来たんでしょう。疵のつかないように」

「馬鹿!」

「兎に角、その為にお父さんの信用がなくなったんでしょう。真正に些っともありませんよ。僕は怠けものだけれど、裏表がないから宜いんですって」

「それも安子かい?」

「えゝ」

「もう彼方へ行け」

「はあ」

と二郎君は立ち上った。

「一寸待て」

「何ですか?」

「これをやる」

と俊一君は机の引出から祝儀袋を出して押しつけた。

「ボーナスですね」

「今日貰ったんだよ」

「大抵今日だろうと思って、実は探偵ながらやって来たんです」

「狡い奴だなあ」

「有難う」

「いつもの通り大きい順で来るように言っておくれ」

「はあ」

と二郎君は大喜びをして立ち去った。

俊一君はボーナスを貰った晩、弟妹に分けてやる。物々しく出頭させるけれど、沢山やると自分のお小遣がなくなるから、高は至って尠い。

「厭ね。三円ばかりで呼び出して」

と芳子さんが笑った。

「でも気は心よ」

と安子さんが連れ立って俊一君の部屋へ入った。

「お前達はおれの悪口を言ったね」

と俊一君は睨む真似をした。

「まあ!」

「何でしょう?」

と安子さんと芳子さんは能く似た顔を見合せた。

「縁談のことなんか小さいものに喋っちゃ困るよ」

「私、そんな覚え些っともないわ」

「私もよ」

「おれは早く貰いたくて猫のように鼠を被っているんだそうだよ」

と俊一君が言い間違えた時、

「オホヽヽヽ」

と二人は一度に笑い出して、

「兄さん、鼠のように猫じゃなくて?」

と冷かした。

「それ見ろ。お前だ」

と俊一君は芳子さんの手を捉えた。

「兄さん、御免なさい」

「お前達こそ早くお嫁に行きたいものだから、おれに早く貰わせたがるんだろう?」

「まあ! 厭な兄さん!」

「厭な兄さん!」

と二人は逞ましい表情をした。

「ところでボーナスをやるぞ」

「恐れ入ります」

「オホヽ、お幾ら?」

「いつもの通りだ。もっとやろうと思ったが、悪口を言ったから止めた」

と俊一君は机の中に用意して置いた祝儀袋を二人に渡して、

「三越へ持って行って、湯水のように使って来い」

と言った。

「有難うございました」

と二人がお礼を述べたのを切っかけに、

「兄さん、兄さん」

と年下の連中が入って来た。

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