(1)
先年、幼児がどこかでうつされて来た急性トラコーマが一家中にひろまって、それは当時、友人F博士の治療ですっかり治っているはずなのに、時折は何かの拍子で眼が渋いような感じがしたり、へんに涙っぽいような場合があって、再発ではないかと神経を病ませる。この間もちょっと、そんな事があったから先年もっともひどい目にあった八歳になる初雄も同じようなことを云い出したので、自分のは、さしたることも無いと思ったが、初雄のが案じられた。折から子供の学校は紀念日で休みになったうえ、春寒もややゆるんだのを幸と、散歩かたがた初雄をいっしょに誘い出して、念のため見て置いてもらおうと出かけたのは、亡弟の学友で、その学校時代から自分も親しくしていた眼科専門のF博士の医院である。
なるべく午前中の診察時間に間に合うようと車をいそがせたが、やっとぎりぎりで、いつも繁盛しているこの医院も、もう盛り時は過ぎていたから、玄関の突き当りの待合室に、年輩の婦人が、ひとりぽつねんとガーゼのようなハンケチを眼に押しあてているのが見えるだけであった。
自分の声を聞きつけて、診察室から飛び出して出迎えてくれたF君は、
「おや、初雄君も一しょで、またどうかなさいましたか」
「いや少しへんなので、念のため一度ご覧になって置いていただこうと思いましてね」
「時々お目にかかれるのはいいが、また痛い思いをおさせするのはいやですからな」
と云いながら旧友は、我々を待合室の方へ請じ入れると、先客の老夫人は自分を先生の知友と看て取ったせいか、眼にあてていた布をちょっとはずして一目我々の方を見やってから、しずかに立ち、軽い一礼で我々に会釈して、先ず長椅子の片脇ににじり寄り、それから脱ぎすてたのをたたんで小脇に置いてあったカーキ色の軍服地みたいな厚いコートを取り上げて膝の上に置きなおして、我々のための座席を設けて、
「お坊ちゃま、さあどうぞ」
と云ったきり、我々がそのとなりに腰をおろした時には、ふたたび布を眼に押しあてて、すすり泣きしているかのように思えた。目もとは布につつまれてよくは判らないが、色白で鼻すじのとおった美しい輪郭の横顔で、やや派手すぎるかと見える亀甲の少しくたびれた大島紬の対を着ている肩は、まだ年のせいというほどでもあるまいに、すっかり肉が落ちて見る目にも気の毒にさびしい。と見ていると、やおら立って、一礼するや、
「失礼いたしました、ご免あそばせ」
と云い残して出て行った。老夫人が玄関の扉をあけるのを、F君はあとから、
「では、おだいじに」
と見送っている。
ただの患者ではなくF君の知人ででもあろうか。すべてのもの腰がこの場末の医院の待合室で見慣れている人々とはおのずからちがった人品に見えるうしろ姿の残象を見送っているところを、F君は、
「では拝見いたしましょうか」
と診察の座へ自分たちを促し迎えるのであった。
先ず初雄さんをというのを、初雄が尻ごみするので自分が見てもらうと、はじめは大ぶん赤くなっていますなと不安がられた眼も、つぶさに診察の結果は何でもなく、ほんの沙埃が入ったのを、あまり気にしてこすり立てたために起した現象ででもあろうというので、ふたりとも洗眼と点薬だけですんで、初雄ももう薬が眼にしみないのをよろこんでいる。「これからおいおいと温くなって」とF君は手を洗いながら云うのであった。
「風の多い日がつづくと誰しもそんな事がよく起ります。再発しやすい季節ですが、もう完全になおっていますから大丈夫です、あまり神経質におなりにならないがよろしい。坊やの方はやっぱり傷痕がのこっちゃったですね。あれはあのままいつまでも消えますまい。学校で体格検査のある毎に、『君はトラコーマをやったね』と云われなければならないよ、初雄君は」
F君は手拭でふいていた片手を子供の頭にのせて軽くゆすぶりながら、そう云っていたが、やがてタオルを捨てて診察室から、すぐ奥につづく住宅の方へ入って行きながらふりかえって、
「坊や、わざわざ遠いところへ来てくれたのだから、またお茶とカステラを上げよう。いらっしゃい」
こう呼ばれて、初雄は大叔父の顔をうかがいながら、どうしたものかと相談がおにためらっているのを、F君は今度は直接自分に、
「先生、どうぞ。ちょうどお目にかけるにいいようなものが床の間に出て居りますから、是非」
と如才なく誘い込まれた。食堂を通り抜けて、奥の座敷兼主人の書斎に通って来てみると、食堂に用意されてあったお茶とお菓子とは手早くF夫人によって座敷に運ばれて来た。F君は座ぶとんをすすめながら床の間を指さして、
「季節はずれですが、昨晩ふと思い出してかけて見たのです。もとはお寺か廟にでもあった対聯の片破れでしょう。満洲で親しくしていた満人がこれを秘蔵していましてね。引揚の時毛皮が持ち出せないので家内のも自分のもそっくり、一時預けて置くつもりでその満人に頼むと、こちらは、また機会を見つけて後日持ち出しに来る気でいたのを、先方ではその事を知っていたのか知らないでか、先方からこの一幅を餞別にと云って贈られて、云わばあっさりと毛皮類一式と交換のようなことにされてしまいました。なかなか機敏な手口ですね。ものはいいものでしょうが、何しろ出処が廟かお寺かとあっては満洲では堂々と持っているには都合がよくないところへ、毛皮ほどにはおいそれと現ナマにはなりにくいのですからね」
と云う曰くつきの品は、床の間の倚樹聴流泉という心にくい五文字で、それが雄偉魁麗ともいうべき隷書で彫り込んだように力勁く見事に書かれているのであった。
(F君はもと南満医学堂で眼科の教授をしていた引揚者なのである)
手もち無沙汰にじっとお菓子を見つめていた初雄に、
「さあ、いただきなさい」
というと子供はよろこんでカステラを小さなフォクでいろいろに切り割いて食べてはお茶をすすっている。その間に話題が自然とそこに向いて、さっき待合室で見かけた老夫人に就いてF君の語り出したおおよそ次のような話に自分はしばらく耳を傾けていた――