Chapter 9 of 9
――模範的自治村
琉球海陬の一小村を以て水産学校を維持する糸満に到り見よ。先づ村の入り口に怪大なる両巌石の相抱きて空洞を作くる下、白銀堂なる小祠あり。是れ古代に於て勤勉にして信用を重んじたる模範的夫婦の霊を祀るものとす。かくして此村の婦人は勤勉にして信用を重んじ毎日暁天早く起き妻は其夫の漁獲せし鮮魚を娘は其父の漁獲せし鮮魚を或は丸木船に乗せ或は頭上に載せて三里隔つる那覇の市場に持ち来り。時には一度帰村して漁獲物を再び那覇に持ち来り。かくて勤勉の結果娘は結婚前迄に相当の貯蓄を致し嫁時の費用を其の父母に仰がず。全村の婦人少き者は四五百円多きは二千余円を貯蓄するに至れるなり。糸満の男子に至りては北は鹿児島県の大島薩南の列島西は粟国島久米島等の離島南は宮古群島八重山群島台湾等までに出漁し致る所の島々に小屋掛けして猛風と闘ひ狂瀾と闘ひ為めに其の頭髪は全くの赭色となるに至り。予は糸満人が赭色の頭髪を見る毎に深く其の胆略と勤勉とを驚嘆しき。男女共に此の如くなれば其村は能く自治の体を保ち最も隣保団結の念に富み前年虎列拉病の村内に生ずるや毎戸毎日一斗五六升の石灰を撒き自ら村を鎖して他村との交通を謝絶し之が為め衣食の実に窮する者あれば村人総掛りにて之を養ふなど公共心に富めること其比を見ず。内地の各府県にて公共心の発達とか模範村とか口に唱へて而かも事実に於ては琉球海陬の糸満に及ばざること遠きものあり。内地人にして一度糸満に遊覧すれば恐らくは余師あらん。
…………大阪毎日 明治三十九年二月十一日~十五日
●図書カード