八
待ち望んでゐる雨は容易に降らなかつた。六月にはいつても雨らしい雨はほとんどなかつた。百姓たちはやうやく不安を感じ、動搖しはじめた。
自然的原因の上にさらに人爲的原因があつて加はつてゐた。それは昨年、縣當局が、匡救事業の一部として、水田灌漑のための池の改修工事を補助金を出して奬勵した。ところがこの改修工事の申請に對する縣の許可が、縣自らが奬勵してゐる事業であるにもかかはらず、意外に手間どり、それが下りたのは十一月に入つてからであつた。工事に着手した時、池には水がもう三分ほどあつたのを、やむなく棄ててしまつた。その時の村民の考へでは、田植頃までにはむろん水は充分に溜ることと思つてゐたのである。四、五、六と三ヶ月間の日照りにその豫想ははづれた。今、田植時になつても池には五分の水しか溜つてゐなかつた。この五分の水をもつてその池掛りの水田全部を賄はねばならぬ。間に合ふかどうか。
地主もうろたへたが、小作人の心配はさらに大きかつた。全部の需要を滿すに足りぬ水の分配が、おのづから重大な問題にならないわけにはいかない。地主は池掛りの水利總代を「山の神さん」と村で呼んでゐる神社に集めた。水利總代は、地主と、自作兼小作をも有資格者としてそのなかに含めた自作とから選擧され、所有地の水利について議決するのである。駿介の家は總代にはなつてはゐなかつた。
その夜の總代會の決定は、その夜遲く人々の耳にはいつた。駒平のところへは、部落の告げ番がつて來るよりも一足早く、隣家の平藏が知らせに來た。
「どないにきまつた?」と、待ちかねてゐた駒平は顏を見るなり訊いた。
「まづ、池掛り總面積の五分だけ水を引く、それがすんだら、なほ樣子でもつて殘り三分の植附けをする、とまアかうぢや。」
「ふうむ。」と、駒平は考へ込んだが、彼としても別に何かよりいい考へが思ひうかぶわけもないのだ。
「だとすると、八分どほり水が引けたとして、あとの二分といふのはどこが殘るんです? そりややつぱり水下の方ですか。」と、駿介もその場に居合せて、訊ねた。
「さうぢやよ。あんさん。」
「だとすると不公平になるわけですね。田が水下にあるといふだけで植附けが出來ないといふことになりや……水下の方の人は騷ぎ出すでせう?」
「そりやさうやけど、どうにも仕方がないこつちや。そりや、植附けだけをすまさうと云ふんぢやつたら、今あるだけの水で全部の田植だけはどうにかかうにか出來る。ぢやが植附けだけしたところで、すぐに枯らしつちまふんぢや何にもならんけに、二分の水だけは殘しておくんぢや。」
「ぢやあ、最後に殘された田圃は結局どうなるんです? そりやお天道さん任せよりほかに仕樣がないんですか?」
「さうぢや。お天道さん任せよりほかに仕樣がないんぢや。それまでに雨が降りやよし、降らにや、それまでのこつちや。」
ほんたうにそれはそれ以外には仕方のないことなのであらうか?
駿介は惑ひを感じた。彼にはもとより解決のための何等の考へもうかびはしない。彼はただほとんど信じ得ぬやうな不思議の感を持つた。水不足に惱む百姓についての話は都會の子供も知つてゐる。物珍らしくもなくそれは聞き流されてゐる。しかし今自分がその場に臨み、自分の問題として見ると、何か奇態な感じさへして來るのだ。人がこの國土において米をつくる經驗を持つてからもういくばくの世紀を經てゐることだらう。何百年何千年は決して無駄に過されて來たわけではあるまい。經驗と技術とは傳承され、それは深まつて來てゐるのであらう。今日、農業大學では博士たちが、米の栽培について浩瀚な著述をなし、弟子たちは技術者として年々社會へ巣立つて行き、それぞれに農業の實際部門の指導者である。しかもなほ耕作者である百姓をして、「お天道さん任せよりほかに仕樣はない」と云はせなければならないのか? 日照りぐらゐに脆くも屈服しなければならないのか? 水騷動を農村の一つの名物としていつまでも殘しておかなければならないのか?
原因はどこにあるのであらう。解決の道はすでに博士たちによつて明かにされてゐながら、實現の方法がまだ下まで、百姓たちのところまで下りては來ないのであらうか。だとすればそれを阻んでゐるものは何だらう。それとも、米の栽培といふものは、永久に氣まぐれな自然の制約を受けなければならないのであらうか。不幸は、米の栽培における水の特殊な役割といふ、そのことのなかにあるのだらうか。駿介はそれきり默り込んでゐた。彼は自分の甚しい無識を靜かに深く感じてゐた。
「水引きは?」と、ややあつて駒平が訊いた。
「三人――山下、元田、石黒。例年の通りや。」
水引きといふのは、田に水を入れたり、堰き止めたりする役目をいふので、一日幾らの日當で一定期間雇ひ入れるのである。これは、一枚づつの田地について、水の止まりのよいか惡いか、水の出し入れについての慣行など、詳しく知つてゐなければ出來ぬ仕事である。だから大體同一の人間が、毎年この役にあたる習はしになつてゐる。
「日當は?」
「五十錢ぢや。」と、云つて、ちらと駒平の眼いろをうかがふやうにしてから、
「その日當についてぢやが……」と、平藏は云ひはじめた。
「わしらは、全くの小作ぢやによつて、この取りきめに與る資格ははじめつから持つとりやせん。ただ取りきめを默つて聞くばかりぢやが、そしてこりや毎年のこつて何も今年に始まつたことではないんぢやが、わしらも、ちつとばし腹のなかに思つとることはある。理窟をこねると思はれちや困るこつたどもね。五十錢ちう日當は總代會がきめる。わしは五十錢の高を何もとやかく云ふんやないけど、實際にその日當を支拂ふもなアこりや誰ぢや。そりや小作人ぢやらうが。そんでゐてからに總代會には一人も小作の衆のなかからは出とらん。總代會は地主と自作の衆ばかしとはこりや誰がどう考へて見ても、ちつとばし筋道の立たん話やと思ふんぢやが……」
この家が幾らかの自作地を持つてゐるといふことが、平藏の心理にこだはるのであらう、彼は多少の遠慮を見せながらさう云つた。
「もつともな話ぢやが、さういふことは誰か先に立つて云ひ出すものがないことにやな。誰か先に立つて云ひ出すものがありや、理の當然だによつて、案外安々とその通りになるんぢやが……みんな腹ぢや思つてゐながら、お互ひに人におつつけおつつけしとるんぢやけに、どもならんわ。」
「さうぢや。さうぢや。みんな惡うは思はれたくない、けどいい目はしたいといふ連中ばつかしぢやけに、あきやせん。」
しかし、平藏自身、その先に立つといふことを自分に課す氣持もないらしかつた。
田植は池の附近から先づ始められ、水引きと當番總代の二三人とが出張つて、次々に田に水を入れて、下の方へと水を追つて行くのであつた。池の堰を拔いてから三日目に、駿介等の部落の方に水が出つて來始めた。彼の家の田に入るのは夜の十二時過ぎにならうといふ、總代からの通知であつた。
その夜、一時頃になつて、寢てゐるところを起された。
闇のなかを、鍬を持つて田へ走つた。先頭に駒平が、次に駿介が、それから母のおむらと妹のじゆんが續いた。夏の夜の闇の濃さ厚さが、物質的な重さの感じで肉體に迫つて來るやうであつた。梟の鳴き移るこゑが、間をおいて、思ひがけない方向に聞えたりした。
溝には堰が出來て、上手の方の一枚の田に水が入れられ始めてゐた。闇のなかにもそれと知れるほど、水は勢よく流れ込んだ。細く速い流れ込み方で、しかし音は靜かに、可愛らしいほどの氣持の好さで聞かれた。水は田のなかに素足で立つてゐる足をひたひたと浸した。しかし、水はまたすぐに引いて行つた。實は引いて行つたのではなくて、乾き切つた田が、貪欲に吸ひ込んでしまふのであつた。そのために水は容易に土の上にまで乘つては來なかつた。
その一枚の田がすんでから、次の田に水をみちびくために、溝に堰を作り、畦の一部をかき取つた。そこも水がたつぷりになつてまた次に移るとき、今度はしかし溝の方からは入れなかつた。田と田の境の畦の角を切つて、そこから水を落し込むのであつた。このやうに田によつて水の入れ方の異なるのも慣行であつて、勝手に變更するわけにはいかない。畦を切りながら、そのことを駒平は駿介に語つた。
土が水を吸ひ込む音を駿介は聞くやうに思つた。土も水も生きてゐるもののやうな親しさと温かさとを彼は直接胸に感じた。土の上にひたひたと乘つて來る水の温度を、彼は立つてゐる足の踝のあたりで感じてゐた。ひと度乘りはじめるとそれは非常な速さであつた。
(水は豫定してゐるよりももつと不足するのではなからうか?)
そんな不安が來た。乾いた土がこれほどまでに水を吸ふといふ事實を、總代や水引きたちは果して計算のなかに入れてゐるであらうか? 彼はそのやうな取越苦勞までしないではゐられなかつた。
(もしも田の半分ぐらゐしか植附けが出來ないとなつたらどうなるであらう?)
實に容易ならぬ感じでさういふ場合の事が考へられた。しかもその時どうしたらいいかと云ふことについてはほとんど何事も思ひ浮ばない。どれほどでも自信をもつて人に云へるやうなことは何一つない。自信の無さは恐れを生んだ。彼はまるで自分一人の上にのしかかつて來ようとしてゐる大事ででもあるかのやうな、切實な、切迫した感じに胸を打たれた。
しかし一方にはまた、自分の家の田はどうにかこれで濟んだのだ、といふ安らかさをいつはることは出來ないのだつた。
闇の底がほんの心持だけ薄らいで來たやうに思はれた。どこかで鶏が聲を長く引いてかすかに鳴いた。傍に立つてゐるじゆんが、
「あ、もう三番鶏が鳴く。」と云つた。
「どうも有難うござんした。おほきに。」と、駒平が少し離れた闇のなかの人の動きに向つて挨拶してゐる。彼の家の分はかうして終つたのである。總代や水引き達は、がやがや何か話しながら忙しさうに次の田の方へ走つて行つた。
あかつきの冷氣は眼の覺めるやうな快さだつた。足をひたす冷たい水と泥の感觸も、新鮮な生々とした刺※だつた。薄皮を一枚一枚剥ぐやうにあたりは白んで行つた。浮かし繪のやうにぽつかり浮かび上つて來たあたりの風景は駿介を驚かした。毎日見慣れてゐるものとも思へぬ新しさであつた。ぐつたりと萎れたやうに見えてゐたすべてが、甦つた生氣に溌剌としてゐる。水は何とふしぎな働きをするのであらう。
家へ歸つて、夜がすつかり明けるまでの短い時間を、駿介は眠つた。涼しい間なので、快い疲れから彼はよく眠れた。起きると、駒平が、
「駿、すまんが、石岡の家さ一走りして來てけれや。お上さんが田植の方の掛りぢやけに、うちの田は今日何時頃に順番がまはつて來つか、それを一つ訊いて來てけれや。」
駿介は石岡の家へ出かけた。
まだ仕事着に着替へぬ、よれよれの浴衣姿の石岡のお上さんは、うさん臭さうな顏をして駿介を見た。が、駿介が云ひ出す前に、急ににこにこして、「あ、杉野んとこのあんさん」と云つた。
「お早ようござんす。今度はいろいろ御苦勞樣のこつてす。わしとこの田植は何時頃になりますかしら。」
「さあ、倉吉さんとこの八人役とお吉さんとこの五人役だけが、今んところきまつとるんやけに、さやうさなあ、まア茶飯がすんでからかかることになりますやろ。」
「さうですか。ぢやあ、その頃待つてゐますから、何卒おたの申します。」
頼んでおいて駿介は歸つて來た。
聞いて、駒平は、
「苗を取りに行つて來なならん。」
さう云つて出かけて行つた。彼の家では今年は、ほかの家と共同で苗代を立てたのであつた。駒平がさうしたのはほかの理由からであるが、小百姓で、水田を一段か二段しか作つてゐないやうな家は、苗代をわざわざ立てるほどではないので、大抵人の家に苗を立てて貰ふことにしてゐる。駒平の所に出入りしてゐる、平藏の家などがさうである。その苗の代金は、平藏自身と、息子の源次の日傭によつて償ふことにしてゐると云ふ。
午後に、駿介は、妹のじゆんと一緒に天神さんの山に上つた。そこの木の間を通して見晴しがよく利いた。
「早乙女連中はどこにも見えやせん。まだ茶飯やらうか。今度はうちの田臺の筈やが。」
じゆんが手をかざしてまぶしさうに遠くを見ながら云つた。田臺とはこの地方で田のことをさう呼び慣らしてゐるのだ。
「暑いし、疲れてつからまだ半時は休むつもりなんだらう。茶飯はどこかしら。」
「さあ。」
「うちぢや、茶飯の代りに何かするのかな。」
少年の日の賑やかな記憶が駿介にあつた。五人役六人役ですむやうなところはともかく、田の少し多い家は、茶飯時には、餅やうどんや五目ずしと云つたやうなもので早乙女をもてなすのが普通である。
「さあ、お父つあんからはまだ何も聞いとりやせんが。……お神酒を出すんだけはわたしは反對や。去年はうちで出したの。したらばあさん連中がみんな醉つぱらつてさ。厭らしい話はするししまひには踊り出すし、わたしはもう懲り懲りした。」
眉をひそめて云つた。
「お前さんはいつ出るんだ。」
「わたしはあさつて。」
村では早乙女は一戸から一人づつ出て、共同で田を植ゑる習慣になつてゐた。女手の出せない所は植賃を拂ひ、また中には二人出て植賃を稼ぐ所もあつた。自分の田の「役」數よりも多いだけが、彼の取り前となるのである。
話してゐる間に早乙女たちの姿はあらはれた。女たちはかなり重さうに見える足どりで、先のものと後のものとでは一町から離れてゐた。二人三人と連れ立つて話しながら、駿介の家の田臺の方へ向つて行つた。それを見て、じゆんは天神さんを下つた。駿介だけなほ殘つて見てゐた。
早乙女はみな小綺麗な服裝だつた。赤は赤で白は白で、光に輝くやうであつた。娘などは、新調の紺絣に赤い襷がけで帶はお太鼓にきちんと結んでゐた。泥や水に汚れるといふのに、特に新しく綺麗なものに着替へて來るのが早乙女の風習である。田へ入ると、四つの定規を一列にならべ、一つの定規に二人づつ四組にわかれた。苗は幾本づつか束につかねて適當な箇所に配られてゐる。左手に取つて右手にして植ゑる。さうなるともう身構へがきまり、きりつとして、足の踏み方もよく揃ふ。美しいばかりの眺めであつた。
歌ごゑは聞えなかつた。
駿介の家の田植の後五六日經つて、最初に豫定した五分通りの田がすんだ。しかし雨はなほ降らなかつた。今日こそは、と朝起きて仰ぐ空には片雲もなかつた。照りは日毎に嚴しくなるばかりであつた。植ゑ殘された田を眺めて、百姓たちの氣持は、次第に物狂ほしくなつて行くのであつた。險惡な、不穩な空氣がぎらぎらした空の下に、次第に大きくふくれて行つた。
山下部落の百姓たちが、打ち連れて、朝の二時から八幡さんにお火をあげに行つたといふ噂が廣まつた。すると駿介の部落にも、「金毘羅山の上で雨乞ひの火を焚かないかん。」と云ふものが出て來て、人々の間を口説き、賛成者をつのつてあるいた。するとそのあとからすぐに、「そなな糞ぼつこなことして、一體何になるんや。それよか、まだちつとばしでも殘つてゐる水をこつちさ取る工夫をしたらどんなもんや。」と云つて、ぶちこはして行くものが出て來た。どつちもほとんど喧嘩腰だつた。さうしてこの兩方の者等がたまたま出會つたとき、彼等はほんたうに打ち合つた。激しく打ち合つた。水が無い、植附けが出來ぬと云ふことが互にその相手のせゐででもあるかのやうに、憎むべき敵同士ででもあるかのやうに、打ち合つたのである。そして血を流した。仲裁がはいつて引き分けたとき、彼等は兩方とも興奮して涙を流してゐた。
水をめぐる爭ひはしだいにふえて行つた。駒平はしみじみ歎いて駿介に語つた。
「水はおとろしいもんぢや。兄弟を他人にし、隣同士を敵にする。一方に水が入り、一方に入らなんだら、入らなんだ方は入つた方がただもう憎うて憎うてならんのぢや。それつきり顏を合してもものも云ひよらん。ぷつと横を向いてしまふ。それがどうぢや、一度水が入つたとなると、その場からけろツとして、ぱツと笑つて、さつきまでのこたア、ありや何ぢやといふ顏になるんや。」
夜になつて、國ざかひの方向に當つて、そこに連る山の一つの上の空が、眞赤に焦げて血のやうであつた。星も月もかくれた、今晩あたりあるひは降るかも知れんと期待を持たせたやうな夜の暗さだけに、そこの空だけの赤さが特に毒々しく、凄壯なまでであつた。同じ赤さのなかにも際立つて濃く、やや黒味を帶びて映えてゐるのは、雲に映つた光ででもあらうか。暗い空との境目は黄色くぼうつとかすんで、月暈のやうであつた。そして山上のある一ヶ所からは、帶の幅ほどの赫々たる一條の光がやや斜めに天に沖してゐた。その上あたりには、黒い煙とも見えるものが一面にわだかまつてゐた。
「山火事。」
庭へ出て、その空を望み見たとき、駿介の頭にすぐにも閃めいたのはそれであつた。六つ七つの子供の頃、母の腰のあたりに取りすがつて、齒をガチガチ云はせながら、山火事を遠く望んだ夜の事が思ひ出された。あれもこの國ざかひの山の一つであつた。袷の肌がもう寒い晩秋の夜更けであつた。
駿介は聲高く家のなかの父を呼んだ。駒平は出て來た。家のほかの者たちも出て來た。
「山火事ぢやないわ。」
空から眼を放さずに駒平は云つた。
「山火事やつたら、炎はああしたふうに一條にやのぼりやせん。もつと横へ横へと這ふやうに、舐めるみてえなぐあひでひろがるもんだ。――ありや、やつぱし雨乞ひの火ぢや。」
「どこいらか知ら。」
「さうさなあ、隣郡の元村あたりででもあらうわい。」
ふと氣づいてみると、下の道の方にあたつてがやがや聲がする。闇をすかして見ると、丘の下の二三の家の人達が、見通しのよく利く道の辻の所へ集つて來て、やはり同じやうに山の火について語り合つてゐるのであつた。興奮した甲高い聲が、とぎれとぎれに聞える。あの火はたかぶつたこの村の人々に働きかけるどのやうな力を持つであらうか。子供の時の經驗とはまるで違つた身内の震ひを、駿介は感じないではゐられなかつた。
その翌日、部落の告げ番の男は、水利總代の觸れを持つて八方に飛んだ。
――小作人は全部、茶飯時から「山の神さん」に集ること。
駿介は父の代理としてその場に臨むことになつた。彼にとつてそのやうな經驗は無論はじめてのことであつた。彼は不安だつた。もとより彼は自分がこの重大な問題の討議に與らうとも、また與り得るとも思つてはゐない。彼はただ默つて聽くだけだ。聽いて考へるだけだ。彼には何よりも先づ多くを學ばうとする氣持が強い。人々が生き死にの切端詰つた氣持で臨むところに、自分はそのやうな「餘裕」をもつて臨む。十年を都會の學生生活に送つた自分の前身が、色や匂ひとして周圍に發散せずにはゐなからうと思ふことが、はじめてそのやうな人中に出る彼を臆病ならしめた。自分はまだ歩き方から物の云ひ方までが、人々と同化するところまでは行つてはゐない。水のなかの一滴の油だ、自分を知るものも知らぬものも自然自分を注視するだらう。特にこのやうな場合、人々は漠然たる敵意を感ぜずにはゐないであらう。
しかし、そんなことを考へるのは彼の妄想であるに過ぎなかつた。彼が會場である山の神さんの廣場へ行つた時には、人々はもうそこにぎつしり詰つてゐた。彼等は口々にがやがや罵つてゐたが、心はみなただ一つところに向つて注がれてゐた。誰も、その時やつて來た駿介を振り返つて見る者もなかつた。駿介は吸はれるやうに眞黒な群衆のなかに消えてしまつた。
やや高くしつらへた壇の上に、總代の一人が立つた。
「皆さん!」と彼は叫んだ。群集のなかの聲はひたと止んだ。
「今日、お集りを願つたのは申すまでもなく、我々太郎池の池掛りの者と致しまして、水についての御相談です。御承知のやうに上手の方五分の植附けはすみましたが、下手の五分は、お互ひにまことに何とも心痛の至りでございますが、水不足のために未だにそのままになつとるやうなわけでして。しかし何時までもただ雨を待つてこのままで居るといふことは出來ません。そこで池掛りの全部の皆さんとも御相談ぢやが、太郎池の殘りの水をどう使ふか……」
彼はそこで口を切つて人々を見すやうにした。
「それについていかがでせうか。皆さん。めいめいの衆が勝手に云ひ出しても一向埒のあかん事ぢやけに、さきに先づ總代の者たちが相談して取りきめたところを、皆さんに申し上げ、それについて皆さんのお考へを伺ふ、といふことにしたらどうかと存じますが。」
誰もすぐには云ひ出さなかつた。しかし、しはぶきの聲や喉を鳴らす音が一時にそこここに起つて、しだいに高まつて行つた。それから私語になつた。壇上の人はにはかに忙しさうに手を二つ三つ打つて、靜肅にするやうにと云つた。その時、群集のなかの一人が聲高く叫んだ。
「ぢやあ、まア、聞かしてもらはうやないか、その總代の取りきめとやらいふのを。それからみんなしてめいめいの考へを云つたがええ。」
多くの聲がそれに應じた。
「さうや、さうや、それがええ、それが。」
しかし何もまだ聞かぬうちから、何を云ふか先づ云はして見るんだ、めつたなことに同意するもんぢやない、といふ反對を孕んだ氣勢があつて、黒く燻つてゐた。その暗默の氣勢に打たれて壇上の總代はかすかに青ざめた。自分の提案どほりの結果を得ながら、彼はややうちふるへた聲で云はなければならなかつた。
「ぢやあ、申し上げますが……殘りの田五分のうち先づ三分だけ植附けをする。水はまだあとに少しは殘りますが、これはどうしても殘しておかにやならん。全部使つてしまふわけにやいかん。水の補給が出來んことにや、折角今まで植ゑた分までも枯らしてしまはにやならんよつて……」
それ以上、皆までは云はせなかつた。その云つただけの終りの方も、蜂の巣をつついたやうな一時に起つた喧噪のなかに消えてしまつた。
「糞ぼつこ! 何ぬかすんや。」
「何を! へなげなことを。」
「馬鹿ア。引つ込め。」
「手前のことばし考へて、ひとのことはどうするつもりなんだ。」
「總代なんかやめろ。」
しかし、默つてゐる、そして默つてゐることで總代に賛意を表してゐる一群の人々もむろんあつた。彼等は云ふまでもなくすでに植附けをすました人々である。彼等のうちの強氣な一人が云つた。
「植ゑるばつかしで水がなくちやどうにもなるまいが。總代の云ふとほりでいいやないか。」
たちまちその近くに怒號の聲が起つて、そこらあたりに人波がゆれた。互に打ち合ふ音さへ二つ三つ聞えた。やがて人々の間を押し分け押し分けして、男が一人まろぶやうに壇の下あたりによろけて來た。それからこそこそとどこかへ隱れてしまつた。彼の味方は二度とはあらはれなかつた。
幾らかおちついた、理をもつてなじる調子の言葉が、總代をきめつけにかかつた。
「そんな話を聞かせに、今日、わざわざわしらをここさ呼んだのかね? そんな話なら今さら聞かんかてわしらはとうに知つとる。はじめての總代會でお前さんらがさうきめたんだ。それにやしかし反對のものが仰山ある。それでお前さんらもどうせうかとためらつて、あとの田へもよう水を入れんとこれまで來たんだ。そこへ相談があるから集れと云ふ。さうしたら、わしらは、今までとはちがつた何かもつとええ考へでも聞けるかと思つてやつて來るのは、こりや、當りめえのこつちやないか? それぢや、三分植附けて、あとの二分は一體どうすると云ふんだ?」
この言葉は理にあたつてゐた。總代たちは何か新しい提案を持つて今日のこの集りに臨むべきではあつたが、しかし彼等としても何の名案があらう? 押してさきの決意どほり實行しようとすれば、それこそどのやうな事態を惹起しないとも限らない。しかしこれ以上遷延は出來ない。思ひ切つてみんなを一つ所へ集めてみた。さうして反對は覺悟の上で一同にはかつてみたのであつた。
當然の結果を見たと思ふと、壇の上の總代はもうそれ以上の耐忍は出來なかつた。自信のない彼は、あらためて諄々と説いてみるといふやうな餘裕も、壇の下あたりに目白押しになつて、不安な顏をみせてゐる他の總代たちともう一度耳打ちし合ふといふやうな餘裕も持たなかつた。彼は突然怒鳴りだした。
「ぢやあ、どうすればいいといふんだ? わしらが云ふよりも何かいい考へがあつたらそれを聞かうぢやないか。反對を打つばかりが何も能やないぜ。どうする? 植附けに全部の水を使うてしまうて、しかも雨は降らんと、植ゑは植ゑたがみんな枯れてしまうたといふことになつてもそれでいいのか? それでいいとみんないふんやつたら、さうしようやないか。どうや?」
がらりと態度を變へて居すわつたといつた感じだつた。破れかぶれのさまに見えた。さうして彼はそこに大きく立ちはだかつてゐた。
一時、寂とした。無氣味な數瞬間であつた。しかし總代がそのやうな出方に出たといふことは、彼はそれによつて痛快の感を味はふことは出來たであらうが、勝負としては負けであつた。勝ち負けは別として結果を見ても、望ましい結果を得たとは云へなかつた。彼の言葉は刺戟し、破壞のはたらきをなした。彼は賣言葉に買言葉といふ出方で答へられた。
「植ゑろ! 池の水を底の底まで干して植ゑろ!」
「さうや。どうせ枯れるもんなら全部植ゑて枯らした方がいいや。さつぱりすらあ。」
「一蓮托生、死なば諸共だ。」
なかば自暴氣味なそんな聲がそこにもここにも起つた。それをおさへるべき力はもはやなかつた。それらの聲はまたたくまに全部の人々の上を覆うてしまつた。それはそのまま今日のこの集りの最後の決定となつてしまつた。
池掛りの田のうち五分通りはすでに植附けがすんでゐるのである。そして今また殘りの三分の植附けをしようと總代は云ふ。犧牲となつて殘るものはだからわづかに最も水下の二分である。そしてさきの八分は總代の提案を自分の利益とする人々である。八對二。しかも後者の主張が通つたといふのは何故であらうか? それは、植附けをすました人々のなかには、今日のこの集りに缺席したものが多かつた。爭ひになることを避けたのである。また出て來た人々も、自分たちが少數者の犧牲の上に何かいい目をしてゐるといふやうな感じからまぬがれることは出來なかつた。水のためには、兄弟隣人とも仇敵のごとく爭ふとはいひながら、一面にはなほさういふ感じの前に強くはなり切れぬといふこともあるのであつた。しかもかの二分の人々の、殺氣を孕んだ猛々しさといふものは、すでに尋常一樣のものではなかつた。
今日この集りに出なかつた人々は、あとでこの強引な決定を聞いて何と云ふであらう。彼等は果して默つて承認するであらうか?
群集のなかにもまれたのと、異常な興奮とから、もみくちやになつて、暗い氣持を抱いて駿介はひとり家へ歸つて來た。彼は父に報告した。彼は自分の意見といふものは何一つ附け加へることは出來なかつた。駒平も默つてゐた。
險惡な空氣のなかに、再び池の堰は拔かれ、池の水はある限り押し出され、文字通り水に渇してゐた田圃はあくまでも貪欲に吸收した。正月、盆、村の鎭守の祭に匹敵して樂しかるべき年中行事の一つである田植も、この場合は明るく喜びにのみ滿ちたものであることは出來なかつた。すでに共同の動作は破れて、早乙女たちは、水下のごく限られた部落からのみ動員された。
田圃はむさぼるやうに吸ひ、吸つても吸つても足りぬかに見えた。そしてつひに水下の方には水が足りなくて植附けが出來ない所さへ出來てしまつた。全部の水を出してなほかうなるとは、豫想しないところであつた。夜、水下の小作人二十人ほどが、一隊をなし、酒氣を帶びて水利總代長の家を訪ねた。水利總代と水引きの責任だと云つて、口々に罵り喚いた、しかし總代長は心得たもので、多くは云はず、にこにこしながら、まアまアと云つて、酒を出してひたすらもてなした。
すでに飮んで來てゐた彼等は、晝の疲れもあり、一時に醉を發して、全くたわいがなかつた。その場に寢込むものがあり、わけのわからぬことを云つて泣き出すものがあり、地主の家にあることを忘れて、土間に溺をするものがあり、小便たごのなかに足を踏み外したものさへ一人あつた。さうして夜もよほど更けてから、二人あるひは三人、よろめく肩をぶつつけ合ひながら蛙も鳴かぬ暗い夜道を歸つて行つた。
その翌日になると、朝から、水下の方から發動機の爆音がさかんに聞えて來た。それは水利總代の手で都合をつけたものであつた。植附けはさうしてどうにかすますことが出來たが最初から覺悟したとほり、水の補給はほとんど出來なかつた。三人の水引きは躍起となつて田から田へ走り、水の切れてゐるところを探して、何とかしてこれに補給しようとして心を碎いた。過勞と心勞とからわづか數日の間に眼が引つ込み、ひどく瘠せたやうで、昨日陰では彼等を糾彈した人々も、面と向つては何かいたはりの言葉をかけないではゐられなかつた。
水利總代からの觸れが、またつて來た。
「今となつてはもう、川の窪みに溜つてゐる水を浚ひ出すのほかはない。晝夜二組制にして交替であたる。日當は七十錢とし、費用は地主と小作の折半負擔とする。」
そして、ここにも亦新しい問題は綯ひ合はさつてゐるわけであつた。
果してそれからまだ一時間も經たぬうちに、駿介は、觸れを受けた人々の間に、不平の聲が起つてゐるといふことを聞いた。事は勿論水浚ひの費用の負擔に關してゐた。地主と小作の折半負擔といふことに對する不平である。しかしその聲は、「どこの村でも折半が慣行になつてゐるから。」といふただそれだけの理由で、はぐらかされてしまつたと云ふことである。
「まアまア、いいやな。費用の負擔と云つたかて、何も今さしあたつての事ぢやなし、四月も五月もあとの事ぢやけに。今はそんなことをぶつくさ云つとる時ぢやありやせん。みんなして力を協せて水を浚はんことにや。」
駒平のところへ云ひに來た男も、さう云つて歸つた。
まことにこの男の云ふ通りではあらう。しかしそのやうにしていかに多くの問題が、未解決のままに、次から次へとさきへ送り込まれて行くことであらう。先きに送り込まれたものは何時かりつてまたもとへ歸つて來る。そしてその時も亦わづかに蟹の泡のやうなぶつぶつの聲を聞くのみで、それは再び未解決のままに送り込まれる。
話を聞いてゐて、駿介は、云ひたい一つの事について心のわくわくするほどの欲望を感じた。
「水浚ひの費用の負擔はどれほどになるか知れぬが、小作人はそれを年貢から差引いてもらふとしたらどうだらう。」
喉まで出かかつて、しかし彼はそれを口に出して云ふことは出來なかつた。彼は訪ねて來た男がどういふ人間であるかを知らなかつた。自分の言葉がどのやうに受け取られるかをもおそれた。が、それよりも根本なことは、云ひ出したからには責任をもつて其事の實現のために當らねばならぬ。その自信がなくて不用意にそんなことを云ふべきではない、さう思つたのであつた。
夕方駒平は、
「今晩はわしが行く。お前は明日の組にまはれ。」と云つて、誘ひに來た近所の男と連れ立つて、水浚ひに出かけて行つた。水浚ひは夕方六時から、翌朝六時まで十二時間、ぶつ通しの勞働である。
九時少し過ぎに、駒平への夜食を用意し、それを持つて駿介は家を出た。月のある晩であつた。河原へ出るには、金毘羅山の下の道を通る。山と云つても岡のたぐひである。下から、なだらかな線をたどつて、廣い平地をなした頂上までがよく見える。
山の上に、幾つかの黒い人影が動いてゐる。晝間、耳にしてゐたことがあつたので、駿介はそこに立ちどまり、しばらく見てゐた。
間もなくぱツと火の色があつた。それは見る見る大きくなつて行つた。枯柴か何かが燃えるパチパチといふ音が聞えもしさうであつた。風が無い晩なので、炎がぼうつとまつすぐ高く上つた。そこいらの幾らかの廣がりの空と地が、赤く明るく映し出された。火をまるく取り圍んで立つてゐる十人足らずの人影もはつきり見えた。
しかし燃えあがる火のいきほひはさう長くは續かなかつた。一度ぼうつと燃え、そのさかんなさまがしばらく續きだんだん火勢が弱まつて行つて、それきり二度とは燃え上らなかつた。それは少し大きな焚火の程度だつた。數日前國ざかひの山の上に見たものとは、似ても似つかぬものであつた。
しかし、それでもそれが雨乞ひの火であることには違ひはないのであつた。金毘羅山での雨乞ひを熱心に主張してやまないのは、幾人かの酒飮み達だつた。彼等の熱心な口説きは最初のうちこそ嫌はれたが、次第に人々の心はそれにもすがるやうに傾きかけてゐた。雨乞ひの效能などといふものも、すでに多くの經驗を經て來てゐる人々の心を今さら捉へるほどのものでもなかつたが、追ひ詰められて來ると今度こそはといふ氣にもなる。つひに彼等は部落の積立金から五圓と、村役場からの補助金いくらかとをせしめた。日が暮れるのを待つて山へ上つた。そして酒を酌んだ。それから神官に祈祷をさせ、終つてから、火を焚いたのである。
火炎はしだいに衰へ、周圍の明るさの輪もだんだん小さく狹まつて行つた。火の元だけが眞赤だつた。立つてゐた人々もその周圍に圓くうづくまつたらしい。
やがて、そこから歌ごゑが流れて來た。歌ふにつれて手を打つ音も聞える。村の夜は寂としてゐるので、歌の文句はわからぬながら、聲調は山の下までもはつきり聞えた。それはひどく亂れた、間のびのしたものだつた。
駿介はいつまでも眺め續けてゐた。
それから二日經つてから、雨が降つた。
どしやぶりに降つた。ほとんど二日間降り續けた。それは農民のあらゆる祈願に答へるもののやうにも、水のためにした農民の今までのあらゆる營みと心勞とを嘲笑ふもののやうにも見えた。事實、雨は水に關するすべての問題を一擧に押し流してしまつた。水をめぐる百姓たちの悲劇と喜劇とは夢のやうに消え去つてしまつた。
百姓たちは終日長々と寢そべり、起きて來ては時を選ばずに何かしら飮み食ひし、夜は遲くまでも、調子外れの聲でうたつた。雨のなかを、どこの家といふことなく足の赴くがままに訪ね、次から次へとおしやべりして歩くものもあつた。村長や地主や水利總代や農會の役員や産業組合の理事やは互に往來し、おめでたうを云ひ、過ぐる日の心勞を慰め合つた。雨の第二日目の新聞には、縣下の旱害地のある一部を視察して歸つたばかりと云ふ縣知事の心からの喜びの言葉が載つた。彼は雨水の、自然の洪大な惠みに對して今さらに感謝した。今日のこの進歩した社會と、科學の重壓からの解放をさへ一部から叫ばれてゐるやうな時代に於て、地上の廣大な面積を占めるこれらの土地の、最も重要な農産物の生産にあつては、當事者があらゆる心勞を傾けてかかつてゐる問題の解決者が、結局は天がもたらす雨水であるといふこと、そのやうな原始的なものの手に解決の鍵が委ねられてゐるといふこと、そのことがどういふことであるかを、今さららしく疑つて見るやうなものはなかつたのである。