四
しかしつぎの夜は、新吉は町の風呂へ行ける番でした。曲馬の楽隊はもうとっくから、すばらしいにぎやかさで鳴りひびいて来ています。新吉は夕飯をかみながら外へとび出しました。そして風呂屋とははんたいの曲馬の方へ、自分にもこんなにはやく走れるのかと思うほどはやく、まっ黒な顔をふり立てながら、まるで風のようにすっ飛んでいきました。
行って見て新吉はびっくりしてしまいました。何というすばらしい光と色のお家でしょう。テントのてっぺんからは四方八方へ、赤と青の電灯の綱がはりわたされて、それが湖から吹いて来る夜風にゆらりゆらりとゆれかがやいています。テントの正面には、金と銀との垂れ幕が下がり、絵看板がならび、赤と黄と青との旗がそれをかこみ、きらきら光る電灯が何十となく照りかがやき、その中に楽隊がわきたつようなひびきをまき起こしているのです。
「さーぁ、いらっしゃい、いらっしゃい。空中の曲芸は大飛行のはじまり、はじまぁり。」
客呼びが、片手を頬っぺたにあててどなります、すると正面の幕がさっと上がり、中から、胸に金銀の星の輝く赤い服をきた少女を、二人ずつ乗せた馬が三、四頭出て来ます。かわって同じすがたをした少年少女たちが中へ入って行きます。出て来た馬は右と左へ分かれます。見ると、そこには、同じような馬がずらりとならび、その背にはそれぞれ、それこそ造りつけた人形のような少女たちが、まばたき一つせずじっとしています。そうして見ていればいるほど、新吉はびっくりするものばかり見つけ出し、海の底の竜宮か、雲の上の天国か、自分はもうこの世の中にいるものとは思えなくなってしまいました。
「さぁー、いらっしゃい、いらっしゃい。猛獣つかいがライオンとすもうをとります。さぁさぁ。」
中からは見物人の拍手が、あらしのように鳴りひびいて来ます。楽隊の音は、大なみのように鳴りわたります。
新吉は、からだが宙に浮かんでいるような気持ちで、テントのまわりを何べんとなくまわり歩きました。と、ある場所にちょっとしたすき間があり、ちらりと中のようすが見えました。新吉はそこへ吸いついて中をのぞきました。すると、今、竹わたりの芸をやっているところです。玉虫色の服をきた美しい女が、片手に絵日傘を持ち、すらりとした足をしずかにすべらせようとしています。二丈もあろうと思われる高いところです。両はしを綱につるされた長い竹竿はぶるぶるとこまかくふるえています。
「あっ、あぶない!」新吉は思わずそこを飛びはなれました。胸がどきどきしている。
「たいへんな芸当なのだ。あんなところからのぞいたら、ばちがあたる。」
新吉は胸をおさえて正面の方へ来ました。
いつか時間はたっていました。風呂へ三度も入ったほどの時間がたっていたかも知れません。ぐずぐずしていたら、またおかみさんにどなりつけられます。新吉はくやしそうにふりかえりふりかえり、家の方へかえりかけました。
テントのあかりが、かくれてしまう町かどまで来ると、新吉は両手を地べたへついて股のぞきをして見ました。またの下からさかさまに見ると、曲馬小屋はまた一段と美しくはなやかに、まるで空中に浮かんだ御殿のように見えました。