돌아가기
田舎医師の子
Table of Contents
田舎医師の子
相馬泰三
Reading Settings
글꼴 크기
18px
테마
라이트
다크
세피아
눈 보호
줄 간격
읽기 모드
번역 Pagera AI
원문 Public Domain
Chapter 4 of 8

4

ある日、庸介が自分の部屋の涼しい縁側の所へ籐で組んだ寝椅子を持ち出して、その上で午睡に陥っていた時、郵便配達夫が一枚の端書を玄関の中へ投げ込んで行った。房子がそれを受取った。それは庸介へあてたので差出人の名前の代りに、兄が下宿していた旅舎の商用のゴム印が捺されてあった。こういう種類のものは彼女自身にはちょっと珍らしく、またちょっと異様にも感じられたので、裏を反えして読むともなく二三行目を通してみた。と、急に彼女は、何か怖い物をでも見たように、はっと驚いて目を他に転じた。が、次ぎの瞬間に、今度は非常に熱心に、一字一字丁寧に読んで行った。それには次のような意味の事が書かれてあった。「いつもながら、不得要領なお返事ばかりで当方の迷惑は一通りではない。こちらを発つ時にはあれほど堅い約束をして置きながら何と云うことだ。もし一両日が間に御送金なくばもはやあなたとは談しはしない。例の証文の件を親御の方へ照会して処決して貰うようにするから。左様承知ありたい。草々頓首。」多分に憤りの調子を含んだ条文で細かく書き続けられてあった。

房子は三度目に読み返して行った時に、もう堪えられないような気がして来た。何ぼ何だって、これは何という乱暴な物の書き方だ! と思った。誰かが彼女自身の面前で、彼女自身を厳しく責めつけ、辱かしめているように感じた。胸の動悸がおのずから高まって来た。顔色が蒼く変り、手がふるえて来た。やがて両方の目へ涙さえ浮んで来るのであった。何はともあれ、お母さんにこの端書を見せねばならぬと彼女は思うた。そして一刻も早くこの忌わしい事件を根絶してしまわねばならぬと思うた。……しかしそんな事を自分勝手にやっては兄さんに悪るくはあるまいかとも思うた。咄嗟の間にいろいろと迷うた。……と、今度はこの端書がここへ来るまでに多くの人の目に露された事を思うた。大勢の人がすでにこの事を知ったような気がされた。そして、むろん、さっきこれを配達して来たあの男もこれを読んだに相違ないと思った。――こうなっては、もう今は一刻も猶予していられる時でないと、深く決心して彼女は急いで母の居間へやって来た。そして黙ってその端書を母の前へつき出した。

母は、それを受取って一通りずーっと目を通すと、何も云わずにそれを自分の針箱の中へ納めて、そのあとですぐにまた、針仕事に取りかかりそうにした。別に驚いた様子もなかった。まるで出入の呉服屋から来た端書を見た時くらいの表情しか見ることができなかった。

房子は、母の心をはかりかねて、いかにも不安そうに、

「お母さん!」こう呼びかけた。

「はい。」

母の声は、いつもに変るところなく少しの濁りもなかった。

「どうなるのですの?」

「そんなに気をもむ事なんか少っとも無いんですよ。お前はもういいんだから、あっちへ行っておいで。」

「でも、わたし……。」

「どうしたの? お前、母さんがいいようにして上げるのだから、お前なんかが心配などするのではありませんよ。ね、房子。――それから、兄さんが目を覚ましたら此室へ来てくれるようにって云っておくれ。誰にも知れないように、そっと云うのですよ。」

房子は、これでやっと安心して母のそばを離れた。

庸介が、母の前へ坐った時、母はすぐに口を開いた。何の修飾するところもなく、きわめて直接に、

「お前は、何か至急にお金の入用な事がおありなのでしょう。……それはいくらあれば良いのだか云いなさい。」こう云うのであった。この簡潔な母の一言は彼を動かすに十分であった。そして、そこには何等の説明もなしに彼をしてたちまちに、

「八十円ほど……。」と答えしめるだけな恩愛の情が漲っていた。

「ほんとにそれだけで良いのかい。……あとでまた何か云い出したって、妾はもう知りませんよ。それですっかりよくなるのだね、ほんとに?」

「はい。」

こう、はっきりと答えた時に庸介の眼から涙がぽろりと落ちた。

彼は、母の深い情を感ずるよりも、自分自身の臆病な、卑屈な心をつくづく羞かしく思うた。彼が今、しきりに督促に遇っている借財の口は都合三ツあって、それを片附けるには百弐拾円と少しなければならないのであった。「何で、それを正直に打明ける事ができないのだ! この場合になってかくのごとく限りなき母の愛情の前に坐っていながら、四拾や五拾の金額を少なく申出る事によって幾分なりともなお自分の面目なさを軽くしようなどとは実に何という見下げ果てた根性だ!」彼はこの時ほど自分自身に対して酷く憎悪の感を覚えた事は、これまでに一度もなかった。

この事は、その後幾日も彼を責めた。

家の中に息づまるような、厭な小暗さが加って来た。家の人達と彼との間に陰気な密雲が蔽いかぶさったようになって、名前をもってたがいを呼び合うというような事が、何となくできにくいような心持ちが続いた。

父の翻訳の方が忙しくなっていた。主にそんな事で彼は日を暮らした。それは維也納のある博士が、ある医師会の席場に試みた、終焉に関しての講演の筆記であった。殆んどすべての終焉が生理的にまったく快感性のものである事を論じたので、きわめて興味深いものであった。それには、数えきれないほどさまざまな終焉の場合と、それについての饒多な実例とが挙げられてあった。中には、高い崖の上から落下して長い間気絶していた人や、溺死した人やのその人自身の詳しい実話などもあった。それ等の人々は、その後他人によって幸にして蘇生させられなかったならば正しくそのまゝ絶命してしまったに相違なかったものであった。……

その博士は貴族であった。それにゲーテなどを愛読している人のようでもあった。云わんとしている事がきわめて微細な科学的なものであるにもかかわらず、その云いまわしは典雅荘重をきわめていた。時にゲーテの詩の数句が引かれてあったりした。

彼は、明快を主とするのゆえをもって、口語体が一番良いと云った。それに対して彼の父はあくまでも漢文口調の文体を主張した。そんな事から議論に花が咲いて、しまいには全然それ等の事から離れたさまざまな問題にまで移り移ってゆくのを免れなかった。

七

老医師の云う所は、哲学というよりは当然それは処世術とも呼ばるべき種類のものに限られていた。彼は常に(欲望の節度、明らかな教養、気高い心ばえ)こうならべて云うのであった。そしてそれについて、その場合々々に応じてそれぞれ適当な説明を附けて行った。

「むやみに快楽を追おうとする所にいっさいの紛雑が生ずるのだ。苛れば苛るほど、藻掻けば藻掻くほどすべてが粗笨に傾き、ますます空虚となってゆくばかりだ。そうではないか。むしろ、常に我々を巡りややともすれば我々に襲い掛ろうとしている所の数知れない痛苦と心配とから離脱しようという事を希うべきだ。すべての悪しき雲のはらわれた後にこそ誠に『晴やかな平和、ゆるぎなき心の静けさがある。』のではあるまいか。」

「絶えざる修養によって迷を去らねばならぬ。そしてもっとも正しい生活に入る事を思わねばならぬ。そうすれば不安や恐れが無くなるのであろう。間違がないという事より強い事はない。泰然として他の何物からも煩らわされるという事がなくなるであろう。」

「それからまた、我々は高尚にならねばならぬ。滅び易き形や物に淡くなり、永く続くであろうところの心と美とは濃くなってゆく事が必要である。こういう風にして初めて限りもなく都合の良い友情とか善意とかいうものが広く成り立つのである。そうなれば、自分一個人だけではなく、我々の住んでいる社会全体がいかにも滑らかに滞りなく愉快なものとなるであろう。」

また、老医師はいうたであろう。

「決して一人という事を思うべきでない。人間はそれを取囲む雰囲気が必要である。それだから各人が「自分だけの都合、勝手という考からできるだけ慎み合わなければいけない。そしてめいめいが、できるだけ、悪るい影、悪るい臭気、悪るい響、こういうものを自分から発せしめないように努むべきである。そうではないか。」

これらの事は、みんないつも順序がきちんと定まっていて何の渋滞もなかった。老医師の口から、ちょうど滑らかな物の上を水の玉が徐々に辷べり落ちでもするかのようにいかにも流暢に流れ出るのであった。そして、そのように喋舌るという事、その事がすでに彼自身には何とも云えず愉快に感じられるらしくあった。

それに反して、庸介には、自分の考えてる事に一ツとしてこれと纒った形をしたものが無かった。それでいて、自分の面前でこんなふうに云い出されると黙っている訳にはいかなかった。父の云っている事は一から十までみんな反対しないではいられない事ばかりのように感じられた。それに、何よりもその悠揚とした話しぶりが彼には堪え得られないものに思われた。彼には、すべての真理というものがこんな風に流暢に語り得らるべき性質のものでないようにさえ思われた。こういう時には、彼はやや激して、鋭く叫び出すのが常であった。

「あなたのおっしゃるようでは、それではまるで日向ぼっこです。……生きながらにして美しい笑顔をしたミイラにでもなれ、という事と同じです。そんな事が我々にできましょうか。……第一、退屈で我慢ができないでしょう。しまいにはその退屈のために世界中が窒息して亡びて仕舞うかも知れません。……」

彼の言葉は、すぐにぽつりと切れてしまう。そしてそれに続かる言葉が、もういくら探しても、おそらくは全宇宙に一つもないように思われた。

「己れの自我が無いところに全実在が何でありましょう。」

「たった『一日』しか願わない人間があったとしましたら……。」

「そうです。二度と帰って来ない決心で進んで行くとします。――一ツの埒を破り、また他の埒を越え、こうして限りなく突撃し、拡大してゆくとします、そういう事をする性質をおのずから具えた者があったとしたらどうしましょう。封じる事を厳しくすればするほど、抑える事を重くすればするほど、いよいよ爆発するような事があったとしたら?」

「みんなといっしょに居る事に堪えないような人があったとしたら、そしてその人はみんなの中に混り込んでいればいるほど悲しく淋しくなって来て、どうしてもそれに堪え得られないとしましたら……。」

「崇き憤り!」

「際涯なき自由!」

彼は、ついに、一つの句さえ満足に云えないようになって行くのであった。そして自分の云っている事が自分ながらあまりに乱暴で、粗雑で、あまりに空元気のような気がしてならなかった。

老医師は、おいおいと、自分の息子があまりに激越してゆくさまを愍れに感じ出すのであった。そしていつの間にか、話題を巧みに他に滑らし行くのであった。

庸介は、これらの議論の後に心の中で、静かに、

「いつか、俺の考をちゃんと纒めて書いてみよう。」こんなふうに云う事もあった。しかし、筆を執ってみると、各の思想と、各の思想との間には常に千万の距りや矛盾やがあるように思われたり、言葉と言葉とがおたがいに相続き合う事を妙に拒みでもしているように感じられたりしていつも五行と書き進める事ができなかった。やがてその原稿を引裂いて投げ捨ててしまうのであった。

時にはまた、父は静かな調子で「家」の事を庸介に話して聞かせた。

この家では、いまだに相続する人が定っていなかった。というのは、長男の豊夫というのが今から十年ほど前に家出をして、そのまま今に、帰って来る事やら帰って来ないものやらそれさえ明らかでないのであった。彼は事業熱のために家の金を持ち出して、それで東北地方へ行って林檎園を企てようとしたがうまく行かず、それから山林、牧畜などにも手を附けようとしたがいずれも物にはならず、ついに北亜米利加へ渡って労働に従事した。それからが六年ほどになる。それでやはり面白い事もないらしい。最近に次男の修二のところへ来た手紙には、「……さて、愚生には当分帰国出来そうにもない。一生をこの地で過すやも知れないから、愚生の事はこの世になきものと思って後の事はくれぐれもよろしくお願いする。いずれ土産でもできたら一度みんなにお目にかかりに行こう。何分にも遺憾至極なのは今もって父母に御報恩相叶わない一事だ。貴下にはできる限り御孝養のほど御願い申上げる。……愚兄より」こんな意味の事が書き記されてあった。

Chapter 4 of 8
|
광고
읽던 작가의 책을 무료로
다자이 오사무, 아쿠타가와 같은 고전부터 신간까지. 전자책은 바로, 종이책은 집으로 받습니다.
캠페인 둘러보기