一
俳句というものはほかの文学といかなる点で異なっているかということになると、種々の点があるが、その一番根本でまた主なものは字数が十七字であるということが一番大きな特色である、もっとも十七字といったところで中にはいわゆる字余りの句というものがあって十八字、十九字あるいは二十四、五字までになる句もあるし、また一、二字足りないような句もあるけれども、とにかく十七字というものが標準になって、仮に字余りになろうが字足らずになろうが、とにかく十七字ということに準拠するわけになる。またある人はこれを十七音字という。音という一字を入れてわざわざ十七音字の文学という人があるが、あるいはその方が適当な称呼かもしれない。字数が十七字という方ではなくて、音の数が十七というのがむしろ俳句を説明するに適当かとも思われる。
その十七音もしくは十七字というものがさらに三つに区分される。それは初め五字、それから中七字、終り五字、この三つのフレースに分解して論ずることができる。字余りの句にしてもやはり五字、七字、五字、というような調子に自然分解して口に唱えるようなふうにする。それで俳句の特色は畢竟この字数が十七字に限られているということである。もし十七字で十分意味が表せないからというのでたくさんの言葉を用いるようになったならば、それはすなわち俳句ではなくなってしまう。
今度は字数に次ぐ俳句のおもな条件は、俳句の中には必ず季というものを詠み込まなければならぬという規則がある。この季というものは春夏秋冬四季の景物を必ず俳句の中に一つはいれなければならぬという規則であって、例えば春風とか、納涼とか、秋草とか、時雨とかいうようなふうに、何か各季節に属した一つの天象、地理、動植物もしくは人事などを詠みこむことになっている。なぜ俳句に季を入れるかということも、やはり前言った字数が十七字であるということが一つの原因をなしているように思われる。なぜかと言えば、わずかに十七字であって文字が少ないために複雑なことは言えない。ぜひ単純にならなければならぬ。しかしながらできうるだけ多くの連想というようなものを人に与えるということができればそれに越したことはない。それでその連想を人に与えるのには、ぜひとも各人たやすく連想の起こり得るようなものを詠ずる必要がある。