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俳句はかく解しかく味う
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俳句はかく解しかく味う
高浜虚子
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Chapter 5 of 14

5

前の句から聯想してこの句を思い出したからついでに解釈する。晩春の怨につけて人に対する怨を叙した点は両句共に同一である。昔平家の武士の忠度は俊成卿の『千載集』の中に自分の歌を読人知らずとして載せられたのを残念に思って、戦に赴く前に俊成の門を叩いて、その怨を陳べたというようなこともある。そればかりでなく自分の歌について選者を怨むというようなことは随分ありがちの事である。同じ怨みでも一句の歌の主、即ち作者が選者を怨むというようなところには、やさしいみやびたところがある。それが暮春の情とよく調和するところから、この蕪村の句は出来たのである。お岩が伊右衛門を怨むとか、ハムレットが叔父を怨むとかいうのは、物凄かったり気味悪かったりする大分深刻な怨みであって、それは秋の暮とでもいう心持にふさわしいであろうが、この選者を恨む歌の主の怨みはそれほど深刻ではなくって、何処かに一点の艶っ気を存しておる、其処が暮春の怨みに相当するのである。こういう事が事実と季題との調和問題となるのである。俳句の季題というものは、そういう点に意を用いて適当な人事に配合するのである。忠度の俊成を訪うた時が暮春であったからだろうとか、何とかいう理由でこれを解釈しようとするのは趣味の方を忘れた解釈である。この前咏史の事を言った時に、新蕎麦は長田が義朝を殺した時の時候と違っていることを言って、それに頓着しないのがかえって句をよくしているという事を話したが、こういう場合も同じような心持で句を見るがいいのである。凡てこういう風の句は事実の穿鑿よりも趣より来るべきである。

領土出れば身に王位なし春の風    水巴

王位は人間の第一位と考えなければならず、また王位に在る人の幸福も思いやられるのであるが、いずくんぞ知らん、その位置に在る人になって見ると、その王位にあることが非常の苦痛で、どうかして暫くの間なりともそれを離れて見たいような心持がする。この句は別に王位を退いたものとは見られぬが、とにかく自分の領土を離れて単に一人の旅人となれば、もう自分の身にはその王位はなくなって、いかにも気軽な一私人となったのである、折節時候は春の事であるから、うららかな春風はその一私人の衣を吹いて、心も身ものびのびとするというのである。

豪奢飽きて心に遊ぶ春日かな    水巴

豪奢の限りを尽くして、物質上の慾望は出来る限りの事をした。さてやはりこれでもう満足という処には達しないで、何か物足らぬものがある、この上はどうしたらいいか、唯心の上の快楽を求めるより外に道がないと悟って、心に遊ぶというのである。心の快楽というのは、ものを遠方に求めるというのでなく、一輪の椿の花を見てもそれを味う上に心の快楽を得る、唯机に凭れているばかりであるけれども、油然として楽しいのはやはり心一つに遊ぶからである、というような、そういう心の遊びである。贅沢の限りを尽くした人の最後の落著き場所である。それが貴い悟りであるかも知れぬ、また止むを得ぬ諦めであるかも知れぬ。

出代のおのが膳拭くなごりかな    青々

出代の事は前に言った。その時も言ったように出代りの句には出て行く方の古い奉公人の方を咏じたものが多いのであるが、これもその一例である。これは女中で、いよいよ今日の午過ぎにお暇を貰うことと極っていたので、主人らの昼飯が終って後ちに台所の片隅で自分の昼飯をもすませ、さて自分の膳として与えられたままに今日まで用いて来た古膳も、自分で洗って自分で拭いて、それで一切の後片附を終って、その膳を拭いたという事を最後の名残として――いよいよ出て行くというのである。自分の膳を拭いてそれを名残として出て行くという所に淋しみもあわれもある。

出代の今や来るかと飯時分    格堂

これは新らしく来る方を咏じたもので、新らしく来るはずの傭人は一向来ない。もう来そうなものだと待ち兼ねている光景で、折節飯時分になった、それにつけて来るのが遅いことである、ということである。

出代に教ゆ調度の置所    寒楼

これも新らしく来た方のことを言ったもので、これは中働きといったようなものらしく、この硯箱はここに置くことになっている、この抽斗にはこういうものを入れることになっている、あれは其処、これは此処とそれぞれ道具類の置場所を教えるというのである。前の格堂の句は飯時分とあるところからほぼ台所の女中の事を想像し、この句の方は調度とあるところから中働を聯想するのである。

出代に早く親む子供かな    五城

前の嵐雪の句は、稚心に出て行く傭人のものあわれを感じたことを咏じたのであったが、この句はその裏で、新らしく来た傭人に子供というものは慣れやすいもので、早もう親んでいるのを咏じたのである。これもなかなか考えようによれば人生の哀れさを覚えさせる句である。去る傭人をあわれがる子供があわれか、来た傭人にすぐなじむ子供があわれか。どちらかとも言い兼ぬるのであるが、大人の目から見るとかえって後者の方がよけいに物あわれなような心持もするのである。

出代や父が年貢のとゞこほり    吾空

これはまた小説的の趣向を言ったもので、父の年貢が滞ったがために娘は奉公に出て、その幾分を助けることになったというのである。年貢が滞ったために初めて奉公に出たのでなくって、已に奉公に出ている娘のその貧しい実家では、今度父の年貢が滞って更に窮迫を重ねておる、その場合その娘は今までの奉公先はひまが出て今度新たに他の家に奉公すると言ったような場合を言ったものとしてもいいのである。要するにその出代る女の身の上を咏じたのがこの句の趣向である。この句の場合はこの女が出る方か入る方かは、たしかにどちらという事は出来ない。唯そういう境遇にいる女と見ればいいのであるから、詰り出代りという言葉によって傭人という事を現わし、同時にその傭人の身の上に変動のある出代の季節であることだけを描き出したものとすればよいのである。またこれは女に限ったことはあるまい、男でもいいではないかという説があるかも知れぬが、その父の年貢のとどこおりにたいして手助けにもならぬというような心持が何処か言外に在るところが、どうしても倔強な男よりは繊弱い女の方に想像されるのである。近松の『道中双六』に在る馬方三吉の情婦の父は年貢の滞りで水牢に這入っているとある、何だかそういう聯想も何処やら在るような心持がするのである。

女夫して住持酔はしぬ花に鐘    几董

これは夫婦連れで寺へ花見に行って、もとより酒肴持参の事であるから、どちらが主人やら判らぬようなわけで、その夫婦がとりどりにもてなして、住持を酔わした。折節入相の鐘が花の梢に響き渡った、というのである。この住持はもとより徳のある坊主らしくも受取れぬ、一言でいえば生臭坊主で、夫婦のいたずら半分の勧めに、前後不覚に酔ってしまったのであろう。梵鐘は是生滅法と響いたところで、坊さんは酔い倒れてしまっているというようなわけであろう。尤も「女夫して……酔はしぬ」とある句法から見ると初めは住持の方はそれほど箍を外していなかったのを、女夫して遂に酔わしてしまったというような、多少強迫的なところも見ゆるのである。が、いずれにしたところで有徳の知識とは申されぬのである。寺へ酒肴持参の花見も異なものである。これは檀那寺の和尚さんを自分の家へ呼んで酔わしたものであろうという人があるかも知れぬが、特に下五字に「花に鐘」と置いたところから言っても、また「僧」とか「和尚」とか言わずに、「住持」と言ったところから言っても、どうしても寺ということをその光景中に描き出したくなるのである。天明時代にもそういう事実はよくあったことではあるまいか。今の世の中には勿論ある。

花火尽きて美人は酒に身投げけむ    几董

これは花火見の夜の光景で、東京でいえば両国の川開きの夜というような時、花火の盛に上っている時分はまだそうでもないが、もう花火が終って後は、今度は酒もりが盛になって、宴に侍しておる美人は遂に酒の中に自分の身を投げる位に盛りつぶされてしまうであろうというのである。芸妓のようなものの境界を言ったのであるが、その芸妓が酒に身を投げる位であるから、客の方はもとよりいうまでもないことである。要は花火の後はいかに乱脈の酒宴が到るところに行われるか、想像に余りがある、というような句である。几董は蕪村の高弟で、天明の其角を以て任じ、酒を嗜んでおったとかいう事があるから、こんなに酒の句が多いのであろう。

蜂花に入りて落ちけり赤椿    牛眠

物狂わしいように蜜を尋ねて飛び廻っている蜂が、一つの赤椿を見つけて、その花の一つの中にぶんぶんうなりながら這入って行った、その時、その椿の赤い花は、ぼたりと地上に落ちたというのである。椿の花に限って、俳句の方では散るといわずに落ちるという。これはよく椿の花の性質を現わしたもので、あの大きい花が、一弁ずつ散るというようなことなしに、ボタリと落ちる、其処に他の花にない趣があるのである。木蓮の花なども弁の厚ぼったく大きいところは椿の花によく似ておるが、それでも地上に落ちた時は崩れてしまっていて、紫や白の花片があちこちに散らかっているのである。それが椿になると、大概花全体が固まったままで、まだ白は白、赤は赤と美くしい色をしながら地上に落ちるのである。この落ちるという言葉のうちに固まって大きく形を為していること、地上に落ちた時に或る音を発するような心持等が聯想される。

赤い椿白い椿と落ちにけり    碧梧桐

其処に二本の椿の樹がある。甲は白椿、乙は赤椿というような場合に、その木の下を見ると、一本の木の下には白い椿ばかりが落ちており、一本の木の下には赤い椿ばかりが落ちておる、それが地上にいかにも明白な色彩を画して判きりと目に映るところを言ったのがこの句である。この句でも落ちるという字から、ぽたぽたとあの大きな花が重なり合って重げに地上に落ちている光景が聯想されるのである。これが「赤い椿白い椿と散りにけり」では、椿らしい心持はしないのである。

花二つ重り落ちて椿かな    竹奴

前の句はあちらに一団、こちらに一団と落ちている景色を言ったのであるが、この句は二つの花が重り合って落ちているという、極く狭い或る格段な場合を言ったのである。これも木蓮とかその他梅とか桜とかいうようなものなら、花になって二つ重なるどころか、一つの花が散り散りになってしまうのであるが、崩れずに形を備えたまま地上に落ちる椿の花であればこそ、かく特別な場合を見出し得たのである。またこういう光景はよく見ることである。

音のして椿落ちたる笹の中    鬼史

これはまたその椿の落花の重たいことを音で現わしたので、あの大きな花が形を備えたままで落ちて来る、それが下に笹の生えているところであったので、ばさと音がして落ちたというのである。これも椿の落花を一方面から叙したのである。

ぽつたりと椿落ちけり水の紋    橡面坊

これもやはり音を現わしたことは前句と同様であって、下に池か川かその他何らかの水たまりのある上に椿の花が落ちた。重い大きな花であったので、ポッタリという音がした、というのであるが、前句と異るところは、同時に目に映る景色の活動を描いたところに在るので、その水の上に音をして落ちると同時に波皺が出来て、その椿を中心にして周囲に拡がって行くというのである。

流れ得ざる水の淀みの椿かな    子規

この句は前句のように水上に落ちたる椿の花が、流れに従って流れて行くうちに、その水の淀んでいて十分に流れぬところに来た。其処では水上に浮いたまま、やはり水と共に淀んでいる光景を言ったのである。桜その他の花でもこういう光景はよく見るところであるが、それが大きい目立たしい椿の花であるところに、明瞭なる印象を受けるのである。

活け下手の椿に彼方向かれけり    蓼太

これは落椿を言ったのではないが、やはり椿の花の目立たしい心持は前句と同じことである。即ち花生けに椿の花を生けようとする場合に、手並が上手でないために、椿の花が正面を向かずに向うを向いたというのである。これも椿の花に限らず、どの生花にもよくあることであるけれども、あのものものしげな大きな花であること――椿の花の重いこと――椿の花の向うに向いたという事の目立つ事――等が特にこの花について言ったのである。この蓼太というのは天明時代の名高い俳人の一人で、彼の嵐雪の何代目かの後継者になっているのであるが、蕪村などに比べると名高い割に句は上手ではなかったのである。才智は縦横であったようだが、趣味の上において大分劣っておったようである。この句の如きも、「活け下手」という言葉も俗臭があり、椿を擬人法にして、下手の力の及ばぬままに椿の花に向うに向かれてしまったという風に叙したところも気が利いていてかえって厭味になっている。天保時代の梅室、蒼あたりの句を月並調と言って排斥するのであるが、天明時代のこの蓼太の句などに、すでにその傾向は多少見えていたのである。この句の如きも天保時代の句に比すれば、なお多少雄健なところが何処かにあるけれども、決して讃すべき句ではないのである。俳句では芭蕉を中心とする元禄時代、蕪村を中心とする天明時代を宗とすべきである。

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