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グリュックスブルグ王室異聞
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グリュックスブルグ王室異聞
橘外男
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번역 Pagera AI
원문 Public Domain
Chapter 4 of 14

フィリップ殿下と大怪盗

殿下の身辺をめぐって、容易ならぬ暗雲が立ち込めていたのは、事実であった。一口にいえば王弟殿下は凄まじい怪盗でいらっしゃる。それも千万や二千万くらいの財宝を狙う、有り触れた怪盗ではない。

名家、大富豪の何千万何億クローネという世にも得難い宝石ばかりをお狙いになる、神出鬼没、人に正体をお見せにならぬ、世にも恐ろしい大怪盗でいらっしゃるという噂が、一部貴族富豪階級の間に立ち込めていたのであった。しかもその噂を立てているのが、一般国民大衆とは違って、伝統や格式を重んじるごく一部の貴族富豪の特権階級だけに、それらの噂はパッと燃え上りもせぬが、同時に消えもせず、燃え残りの焚火がプスプスと、いつまでも煙っているような工合であった。

なるほど殿下ならば、王権の袖に隠れて、一切高見の御見物であろうから、ほんの数時間気付かれぬ程度の模造品でよかったであろう。何もそう精巧な偽物を拵えるにも及ばなかったかも知れぬが、怪しい噂の取り巻いている殿下が、姿を現されたからとて何の証拠もないのに、スグに殿下にのみ嫌疑をかけるということは、あまりにも軽率千万ではないか。

犯罪の捜査が、そんな単純な考え方で済むくらいなら、何も探偵を呼ぶ必要もないであろうし、同時に探偵にもまた、明智や明断なぞの要素は、何の必要もないことになる。そんなら殿下なら、人の掛けてる頸飾りをどういう風にして奪い去って、そこへ模造品を掛け換えておくのでしょう? と聞いてみても、この未亡人には返事ができぬに違いない。世間の噂がそうだから、そう思っているとのほかには、何の答えもできぬに違いない。そんな人一倍我や感情の強いらしい、この未亡人との雑談は後廻しにして、まず証拠材料を探し出さなければならぬ。

見残している邸の残りを、検分して来ようかしら? と、嬢が思案しているのを見ると未亡人はいよいよ大きな膝を乗り出してきた。一層声が低まってくる。

「一度ですけれど、殿下はあの頸飾りを見たいと仰有って、わたし共へお立ち寄りになったことがあるのですよ。昨夜のことが起って、ふとそれを、思い出しました」

五、六カ月ばかり以前の、ある秋晴れの日の、昼下りであった。北並木通りまでドライヴに来たのだが、お宅の前を通りかかったからと、お立ち寄りになったことがある。端麗というよりも、女優にも見紛わしいほど婉麗な二十二、三の侍女が、お供についていた。

王弟殿下のお立ち寄りだというので、公爵家では下へも措かず歓待したが、御歓談の間にふとお思い出しになったように、そうそうお宅には、有名な海蛇という頸飾りがあった。夫人、あなたの掛けていられるところは見たこともあるが、手に取ったことはまだ、一度もない。世にも、珍しいものなそうな。一度見せて下さらぬか? という仰せであった。

お安いことと、早速取り出して御覧に入れたが、その時お見せしたものは、頸飾りだけではない。エグムンド朝以来伝わる、黄金作りの太刀や、楯、鉾といったものも、取り出して御覧に入れた。殿下もまた特に頸飾りだけに、眼をお留めになっていられたとは、思われぬ。手に取って頸飾りを陽に透して御覧になったり、笑いながら侍女の頸にかけて御覧になったり、公の席で眺めたことはたびたびあるが、手に取ったは初めて、色艶といい形といい、さてさて聞きしに優る名品であるが、昔のものは随分重いものであるな! と、感嘆遊ばされた。そして、せっかくなれば御ゆっくり遊ばして、晩餐でも御一緒にと、強ってお勧め申し上げたが、前触れもなく不意に立ち寄って、そんなお騒がせするも本意ではないと侍女をお顧みになって、さ、もう少し白鳥の池の方でも廻って帰ろうか? と仰有って、お立ち去りになったことがある。

その時は、何とも思わなかったが、今思い出してみると、もしやその時分からこの頸飾りに、殿下は眼をおつけになって模造品を準備してひそかに機会を窺っておいでになったのではなかろうか? と、思われる。

「それに、今考えてみると、その時の侍女というのが、どうもわたしには曲者だと思われますね」

と、未亡人は一層声を潜ませた。

「殿下が、アンネマリー姫と御婚約なすっていらっしゃりながら、かれこれ一年近くもなるのにまだ、御結婚の御予定がないと新聞なぞで大分騒いでいるのは、あなたも御存知でしょうね」

「存じております」

と頷くのを見ると、未亡人の眼がしたり顔に瞬いた。

「そうでしょう? ですからわたしは、あの時の侍女こそ曲者だと踏んでますね。何かそこには曰く因縁があるとね。高い声ではいえませんが、もしかするとあの侍女こそ、殿下の寵姫ではなかろうかと、考えております」

重い帷が微風を受けてそよいでいる。

「たった一度手に取られただけで、あんな偽物をお作りになるということは、常識では肯えぬことですが、世上の噂に従えば、殊更に宝石ばかりをお狙いになるには、何かそれ相応にその方面の御才能が、おありになるのでしょう。……このことはあなたに、大変な参考になりはしませんか? いかがです、アイネス嬢」

しかも、そればかりでない、こういうこともつけ加えた。

「昨年の十月、グリネ・ビョルゲ邸で、頸飾りと腕環の盗難事件のあったことも御存知でしょう?」

それも存じておりますと、もう一度嬢の頷いたのを見ると、

「ね、それで、一切合財、明白じゃありませんか!」

と肥った顔の眼が、いよいよ異様な輝きを増してくる。

「ビョルゲ邸では、あの時早速、国家警察局へも、都市警察庁にも訴えて、両方から探偵たちが入り込んで、……騒ぎばかりえらくて、肝心のものは、出やしないじゃありませんか? 随分、取り乱してるじゃありませんか。強盗を捕まえたり、殺人事件ならともかく、こういう品物を下っ端探偵なぞが、いくら騒ぎ立てたからとて、出てくるわけがあるもんですか! そこは女ですよ、美しい婦人に、限るのですよ。頭がなくては困りますが、頭が冴えて美しい婦人が、綺麗な衣装でも着けて殿下に近付いて御覧なさい。どんな悧巧な人でも、男なぞというものは、案外脆いものですからね」

と、そこで未亡人は、話を切った。

「おわかりでしょう? アイネス嬢! それでわたし共では、どこへも届けずにまずあなただけにお頼みするわけですよ」

と、自分の話した効果を試すように、じっと嬢の顔を見守っている。静かな一分か二分かが流れてゆく。

「金ばかりあってもビョルゲのような、成り上り者とは違いますからね。わたし共には王室との繋がりがありますから、迂闊な騒ぎはできないのですよ。殿下に悪名を着せず、失せ物だけを取り戻したいのです」

女の探偵では心細いという横から、女なるが故に適当だと思ったといい、間々には恩着せがましいことをいって、王室との関係を誇示したり、華やかな生活の背後で、虚飾と陰険の爪を研いでいる、上流社会特有の円滑な言い廻しの示唆であった。フィリップ殿下にばかり嫌疑をかけていて、もし盗品でも出なかったらこの人は、一体何といい出すのだろう? とアイネス嬢は苦笑せずにはいられなかった。

ともかく、できるだけ意志に副うよう、最善を尽すことを約束した。ただ、盗難品が国外へ持ち出される場合、国境各駅や各港々の密輸出を厳戒する必要上、そういうことは国家機関の発動に待つ以外には、テがないことであったから、極秘に至急国家警察局へだけは、手配を御依頼なさるようにと、この典型的な大貴族未亡人へ勧めておいた。

もう一度窓から地上までの距離や、人がそこを攀じ上った形跡があるかないか? そして隠し金庫のあたりの床の上や、この居室入口の扉なぞ、あらゆる点に眼を配ってみたが、やはり外部から犯人の侵入した形跡は全然ない。

助手のオーゲはさっきから、控えの間脇の一室に陣取って、昨夜の召使たちの口占を調べている。もう一人の助手のエッベも、窓の下で二階を見上げながら、立ったり屈んだり、犯人の足跡でも探しているのであろう。そのエッベに手を振って、上っておいで! と知らせて、邸内のさっき見残した部分を、二人で検分することとする。

喋るだけ喋った未亡人は、これから習慣の午睡をしなければならぬと、そのまま寝室に籠って、またさっきの頬髭が、二階各室から、階下地階へと案内してくれる。二階は全部で十六室、当主公爵の書斎……居間……若夫人の居間……寝室……直角にずっと離れて南へ曲った端れに、若様と呼ばれている当主の弟の、十六歳になるヨアンネス少年の部屋がある。それぞれに見終って、階下へ降りる。階下は八室、さっき通された応接室のほかに、もう一つ小応接室があり、その向い側に撞球室、ピアノやヴァイオリンの並んだ音楽室……別段どこにも注意を惹くものはない。

大階段からは薄暗い中廊下を越えて、羅馬風の大穹窿を潜ると、ホールへ出られる。が、同時にその大階段の下から鍵の手に曲って小階段を伝わると、地下へも抜けられるようになっている。その地下……ここもまた天井が高く、階上に劣らぬ壮麗さを極めている。サラセン模様の、ズウガ織りを敷き詰めた両側には、女中部屋、下男部屋、執事の部屋、家庭教師の部屋等が、無数に取り囲んでいる。

大体この邸は、総理を務めた先々代ドラーゲ公の父君が、ミールダアル城と呼ばれた昔からの居城内郭の廃墟跡を基として建てたせいか、外観は近世ゴチック式でありながら、どこかにミールダアル城の昔時を偲ばせるものが多分にあり、地下の通路はさながら迷路のように交錯している。

「こちらからも、お出になられますから」

と執事の案内してくれた、キビラ石むき出しの隧道の通路は、右に折れ左に曲りして、二度三度横の通路と交叉しながら、やがて狭い螺旋階段となって、ヒョッコリと控えの間隣りの一室へ出た。この向い側の部屋では、今オーゲが召使の一人一人を呼んで調べている。

「ここが大殿様時分には、供待ち部屋というところだったのでしょう。昨夜は、殿下のお供の方たちが、ここに詰めておいでになりまして」

と執事が言った。

「侍女の方たちですか?」

と聞いたら、

「いいえ、男の方ばかりでございます。お一人は副官様でいらっしゃいましたが、そのお方は宴席の方へおいでになりましたから、家職の方御三人が詰めていらっしゃいました」

「殿下のお帰りになるまで、その方たちは、一体何をして、待ってたのでしょうね?」

「さあ、……手前がお食事を運ばせました時は、皆さんで将棋を指して、おいでになりました」

オーゲのところへ行って、しばらく召使たちの調べを手伝っていたが、やがてアイネス嬢だけは、当主ヘンリク公爵に逢うべく、海岸通り近くの丁抹農産公社の総裁室に、車を走らせることとした。二十五歳の公爵総裁は、若夫人同様おっとりとして、鷹揚で典雅で上品で、その代り悪くいえば爺青年のように萎びている。若さなぞというものは薬にしたくもない。

昨夜の殿下の御動静、二つ三つばかり質問をして、切り揚げる。ともかくこれで、今夜の仕事は済んだ。後はまた明日……早く帰って、母の料理の手伝いでもしようか! と、車をヴェステル街から皇帝街の方へと走らせていると、夕靄の中に瞬き出した市街の灯と同時に、いつかのビョルゲ邸の事件が、まざまざと蘇ってきた。金ばかりあっても成り上りものと、さっき未亡人の言ったグルネ・ビョルゲ氏邸の盗難事件が!

Chapter 4 of 14
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