Chapter 1 of 5

一 chiep と chep

――魚のことおアイヌわ「チえ」chiep と言い、また詰めて「ちェ」chep と言う。』

バチラアさんの辞書にわ、そぉ書いてあり、金田一先生の著書にも、そぉ書いてある。学者も世間の人も、一般に、そぉ信じている。私もアイヌ語お学び始めた頃わ、そぉ信じていた。ところが、ある時、シラオイの一老人わ私にこぉ言った。

――「チえ」と「ちェ」とわ、ちがう。「チえ」と言えば一般の魚のことで、「ちェ」と言うのわ鮭に限る名だ。』

そぉ言われてみれば、なるほど、シラオイばかりでなく、ホロベツでも、ムロランでも、魚の方わ「チえ」と発音し、鮭の方わ「ちェ」と発音して、厳重に使い分けている。この使い分けわ、老人になるほど、やかましいよぉである。こぉゆう使い分けわ、鮭お「カむィチェ」kamuy-chep〔神・魚〕と言い、或いわ「志ぺ」shipe < shi-ipe〔真・魚〕と称するのと同様、この魚お尊重して別格に扱おぉとする心理から生まれたのであろぉ、でわこの魚だけ特に尊重して別格に扱おぉとする心理わ、一体どこから生れたのであろぉか。

魚お意味する「チえ」の語源わ、chi-e-p で、「我らが・食う・物」の義である。魚わまた「イペ」とも言った。だから、鰻お「たンネ・イペ」〔長い・魚〕と言い、太刀魚お「イぬンペ・イペ」〔炉ぶち・魚〕と言い、鱒お「サきペ」sak-ipe〔夏・魚〕と言い、鮭お「チュきぺ」chuk-ipe〔秋・魚〕と言う。この「イペ」もまた、語原わ「食物」の義である。このよぉに、「チえ」と言い、「イペ」と言い、本来食物お意味した語が、後にわ魚の名称になっているとゆう事実わ、きわめてしさ的である。それわ、アイヌに魚お主食とした時代のあったことお、物語るものである。ここで、魚お主食としたと言っても、あらゆる魚お主食としたとゆう意味でわない。ある特定の魚お主食としたと考えるべきである。でわ、どぉゆう魚お主食としたかとゆうと、名称の起源から考えて、それわ鮭である。鮭を「神魚」と称し、「真魚」と称するのわ、やはり、この魚お主食と考えた時代のあったことお、物語るものであり、そこから、この魚お特別に尊重して別格にとり扱おぉとする心理も、生れたと見えられるのである。最初の漁わ、たぶん川に起ったのであり、最初の漁獲の主なる対象わ、おそらく鮭だったのであろぉ。アイヌわ、川に鮭の遡らぬ年お、饑饉と観じたが、そぉゆう心理も、そぉした時代お背景に置いて考える時にだけ、始めて充分に理解されるのである。

昔、川にわ、文字通り鮭が満ち溢れていた。叙事詩の中で、「下方の群わ、川底の石がこすり、上方の群わ、天日がこがす」と形容しているのも、決して誇張でわなかった。そぉゆう時代にわ、比較的単純な漁具と漁法、――例えば、鉤でひっかけて棒で叩き殺す、と言ったよぉな、――そぉゆう簡単な方法で、多量にこれらの魚お漁獲することができた。従って、その時代のアイヌわ、主としてこれらの漁獲物で、冬季の穴居生活お賄った。そこで、彼らわ鮭おさして、「チえ」すなわち「我らの食う物」とか、「イペ」すなわち「食物」とか、呼んだのである。然るに、その後漁具と漁法に進歩があり、漁場も川から沼や海に拡張され、漁獲の対象たる魚の種類も次第に多くなり、しかもそれら種々の魚がすべて「チえ」或いわ「イペ」と呼ばれるに及んで、それらのものと区別するために、最初の「チえ」や「イペ」であった鮭お、特別の名で呼ぶ必要が生じた。そこで、これお、「本来の食物」「真の食物」とゆう意味で「志ぺ」と名づけたり、「カむィ・チェプ」すなわち「神・魚」と呼んだり、「チえ」と「ちェ」とで区別しよぉとしたりしたものと考えられるのである。

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