Chapter 1 of 7
Chapter 1
自然現象の科学的予報については、学者と世俗との間に意志の疎通を欠くため、往々に種々の物議を醸す事あり。また個々の場合における予報の可能の程度等に関しては、学者自身の間にも意見は必ずしも一定せざる事多し。左の一篇は、一般に予報の可能なるための条件や、その可能の範囲程度並びにその実用的価値の標準等につきて卑見を述べ、先覚者の示教を仰ぐと同時に、また一面には学者と世俗との間に存する誤解の溝渠を埋むる端緒ともなさんとするものなり。元来この種の問題の論議は勢い抽象的に傾くが故に、外観上往々形而上的の空論と混同さるる虞あり。科学者にしてかくのごとき問題に容喙する者は、その本分を忘れて邪路に陥る者として非難さるる事あり。しかれども実際は科学者が科学の領域を踏み外す危険を防止するためには、時にこれらの反省的考察が却って必要なるべし。特に予報の問題のごとき場合においては然りと信ず。余が不敏を顧みずここに二、三の問題を提起して批判を仰ぐ所因もまたこれに外ならず。ただ徒らに冗漫の辞を羅列して問題の要旨に触るるを得ざるは深く自ら慚ずる所なり。これに依って先覚諸氏の示教に接する機を得ば実に望外の幸いなり。