二 文法科のありかたについての検討
文法科の現在のありさまは前項に述べたとおりであるが、これがこのまま認容されてよいものであらうか。将来の文法科のありかたを考へるについては、まず何よりも、今日現在の実状を、はつきり認識してかからなければならないことは、いふまでもないことである。
本誌昭和二十二年九月特集号にも述べたやうに、文法科の現在の実状は、国語の読み書きの実践への奉仕といふ当初の文法科の任務、目的を、認識的学科として置き換へたものであり、その点からは、文法科が一個の独立した知識的学科とはなつたのであるが、それは文法科を他の国語科諸科目から遊離させ、孤立させたことに他ならないのである。それも文法科の一の行き方であらうが、中等学校の諸科目が、大学専門学校に於ける学科別の縮図である必要はなく、又、あつてはならないことを思へば、右のやうな文法科の今日のありさまは、厳正に批判されねばならないのである。中等学校では、必ずしも、小国語学者、或は小文法学者を養成する必要はないのである。
今日の文法科を批判するためには、文法科だけを遊離させ、孤立させて、ただその教授法だけを教育学的に考へてゐたのでは、適切な判断を下すことが出来ない。もう一度、これを国語科内に引戻し、国語教育全体の立場から、文法科を見なおして来る必要がある。国民教育として、国語科の中心的任務は、何と云つても、読むこと、書くこと、聞くこと、話すことの訓練、学習にあることは、まちがひないところであらう。この四の国語的実践すなわち国民の国語生活にも、それぞれ濃淡軽重の差があるであらうが、今はその問題には触れない。ただこの四の国語的実践は、人間一生の生活を通じて、片時も離れることの出来ないものであることを知ればよいのである。そして、これらの実践を有効にし、適切にするためには、国語に対する或る程度の自覚と認識は必要であるが、それらの自覚も認識も、国語的実践のために必要なのであつて、それ自身が一個の独立した学科としてあることが必要なのではない。ここに文法科のありかたを決定する根拠が見出せるのである。文法学は、国語の構造を明かにするところの、国語に対する認識の学問であるが、これを中等学校に於いて課するといふことは、生徒に文法学的探究を行はせることが目的でなく、これらの知識によつて、彼等の国語生活を、自ら律して行く方法を与へることなのである。このやうに云へば、文法科は、ただ与へられた定義と法則を、理解し、記憶するだけの無意味な学科のやうに考へられるであらうが、そして、従来、文法科はこの程度に終始して来たのであるが、実は文法科の任務、目的はそこで終つたのではなく、むしろそこから始まるものであると云はなければならない。すなわち、与へられた法則によつて、読解と表現が完全に遂行されることによつて、その任務がおわるのである。このやうな文法科のありかたは、今まででも、かなり強く要求されてゐたことであつて、文法科は、講読、作文と有機的に連関を持たなければならないといはれて来たのであるが、実際教授上の困難なことから、なかなか実現されずにゐるうちに、文法科自身が、講読や作文とは全く別個の認識的学科と考へられるやうになつて来たために、文法科と講読、作文は一応分離するやうな状態になつてしまつたのである。私の今主張したいことは、文法科を再びもとのいちに戻して、両者の関係を結びつける糸を見出さうとすることにあるのである。
ここで、恐らく次のやうな質問が出されるであらうと思ふ。文法科を、講読、作文に奉仕するものと考へることは結構であるが、それは、文語文に対する文語法教授の時代ならばいざ知らず、口語文に対して口語法の教授をすることは、殆ど意味をなさないではないかと。まことに、尤もな質問であつて、口語法の教授を、文語法の範囲に限定し、文語法でやつたことを、そのまま口語法に適用する現今の口語法教授に止まるならば、口語法の教授は、全く意味が無いといつてもよいであらう。否定をあらわすには、「ない」といふ語を、未然形に付けよと云はれなくても、恐らくこれを誤まるものはないであらう。しかし、文語法的な口語法教授の無用を主張する人々でも、現代口語文の理解や表現に、国語上の問題が全然存在しないと考へるものはないであろうと思ふ。我々の今日の口語文的国語生活が、全く手ばなしで、無雑作に何等の学習も経ないで完全に達成することが出来ると考へてゐるものは殆ど無いであらう。国語的実践への口語法の無用が云々されるのは、それは、文語法の型を踏襲した在来の口語法教授について云はれるのであつて、口語法そのものが、無用であると云ふのではないと私は考へるのである。今日の文語法は、古文の理解に役立たせるといふ立場から、組織されたものであつて、今日の口語法は、文語法とは別の見地から、今日の口語文を理解するために、改めて編成しなおさなければならないものなのである。将来の口語法が、どのやうな体系で、どのやうな組織に編成されなければならないかは、学者、教育者の今後の協力と努力にまたねばならない問題として、残されるであらう。少くとも、口語法の主眼点が単語とその運用の問題から、更に広く、一文から出発して、文の集合からなる一作品の理解に役立つやうなものでなければならないことが要求されるであらう。一例を挙げるならば、代名詞は、従来、一単語の機能に於いてしか取扱はれなかつた。ところが、代名詞と云はれてゐる語の使用例を見るのに、
……1それは処女宮の一等星スピカの少し東にあるということがわかつた。2それで、3その図の上に鉛筆で現在の位置を記し、4そのわきへ日附を書いておいて、5この夏じゆうのこの遊星の軌道を図の上で追跡してみようということにした。6それが動機となつて……(中等国語一 涼み台の中から)
右例のの1、3、4、5の代名詞は、従来取扱はれたもので問題はないが、2、6の「それで」「それが」の「それ」になると、一単語の代用といふよりも、その前文を受けて、それを展開さす役目を持つているとゐふ点で、この代名詞の機能は、一文の範囲を越えてゐると見なければならない。かういふことは、接続詞についても云はれることである。
このやうな新しい領域を持つた口語法が組織されたとして、その学習によつて、講読や作文が、極めて合理的に、又、自覚的に遂行されたとしたならば、その時、自ら国語の構造や言語の機能が、どのやうなものであるかといふことが会得されて来るのである。それは、結局、実践することによつて、認識を高めることを意味するのである。実践することによつてのみ、真に認識されるといふことは恐らく一切の文化現象について云はれることであらうが、この原理が、また、文法学習の極めて重要な基礎となつて来るのである。
文法科を、文化現象を反省し、観察する唯一の学科として、自然科学的諸学科に平行して、これを生徒に課さうとする考方に対しては、私は、二重の意味でこれに賛成することが出来ないのである。その第一の理由は、生徒の知能の発達段階から考へてのことである。文法科は、今日、中等学校の低学年に於いて課することになつてゐる。ところで、文化現象を反省し、これを観察するといふことは、自然現象と観察することとは、比較にならないほどの困難を伴ふのが常である。自然科学的対象は、比較的明瞭な形で与へられるから、従つて、対象を捉へて、これを観察することが容易であるが、文化現象は、多くのばあいに、観察者の意識現象としてのみ対象化されるから、従つて、これを観察することが困難なばあいが多い。もし、これを、性急に、粗漏に観察するならば、対象に対する誤つた判断を、先入主的に植付けてしまふ危険がないとは云へないのである。従つて、言語の観察といふやうな作業は、中学校の上級か高等学校程度に於いて、もつと厳密な科学的態度と方法に基いてなされることが望ましいのである。
第二の理由は、以上の時期尚早論は、単に知能の発達段階といふ点を見たのであるが、それは、単に時期の問題だけでなく、もつと別の重要な理由がこれに伴ふのである。文化現象の観察のためには、その前提として、文化それ自体の実践或は体験といふことが、是非とも必要である。すなわち、観察の前に、実践が存在しなければならない。文学を観察し、研究するためには、正しい文学的体験といふものが前提とならなければならない。音楽についても、更に社会とか、宗教とか、人間のあらゆる文化活動について、同じやうなことが云へるのではないかと思ふ。従つて、これらの科学的観察と研究の前に、これらの文化を、正しく自覚的に実践し、身につけることが先決問題である。ところが誤つた科学主義は、これらの実践をさしおいて、性急に、対象に対する科学的態度と方法とを要求する結果、文学を体験せずして、文学を論ずるやうなことになり、理論が皮相になり、受売りになり、空廻りすることになるのである。曽ての国語教育に於いて生徒が文壇的口真似を弄することが、しばしば流行したのも、当時の国語教育が、作品を忠実に読み解くこと、作品の中にひたり切ることを教へないで、換言すれば、文学的経験を体得させることを主眼としないで、作品の対象的把握を性急に要求したがために外らないと思ふのである。読むことよりも、把握すること、味ふよりも、それについて論ずることが教へられようとしたのである。あやふやな体験から、学問的観察が生まれ得ないといふことは、少くも、文化現象については確実に云へるのではないかと思ふのである。
以上のやうな二の理由によつて、私は、文法教授を、国語を反省、観察する学科としてではなく、国語的実践、国語的経験を、正しく、自覚的に体得させるに必要な学科としてあらしめたいと思ふのである。このやうにして指導せられ、このやうな自覚に基く国語的経験を積んだものにして、始めて、国語の学問的観察に堪へ得ることとなるのである。私が、先きに、知能的段階を問題にしたのは、単に生理的な知能について云つたのではくな、右のやうな、経験と観察との間に、重要な段階が考へられるからであつたのである。
以上のやうに、中等学校初年級の文法教授に於いては、生徒の国語的経験を指導し、訓練し、これを達成さすことに主眼を置き、適宜、生徒に対して、ことばに対する科学的な興味を抱かせるやうな指導を与へることが、適切な行方ではないかと考へるのである。
今後の文法科のありかたを、右のやうに考へて来る時、文法科に於ける、生徒自らの作業によつて、文法的法則を探究するといふ開発主義は、当然批判されねばならなくなる。文法は、云はば、猟場に出て、獲物を打落す猟銃のやうなものである。生徒は、この銃を有効に、正確に使用することに苦心すればよいので、いかにして精巧な銃を作り出すかといふことから始める必要はないのである。もちろん、猟師は、自分の用ゐる銃の構造や性能を充分知つて置くことは必要であるが、それは、どこまでも銃を有効に操作するため以外のものではないのである。どうしたならば正確な銃を作ることが出来るかについて苦心するのは、専門の国語学者の義務であり、責任である。今日、中等学校初年級のための文法科が、余りに多く学問的に探究の方向をたどりながら、高等学校の国語概説或は要説が、専ら国語現象の記述に偏して、国語を観察する態度や方法について示唆することの少いのは、むしろ本末顛倒の感がする。それは、或は、中等教育に於いて、より多く教育的考慮が払はれた結果であらうが、もし、真に教育的考慮が払はれるのであるならば、中等学校に於いては、記述的に、高等学校に於いてはより開発的に、教科書が組織されるのが当然であると考へられるのである。