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An Earthworm's Mutterings
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An Earthworm's Mutterings
徳冨健次郎
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번역 Pagera AI
원문 Public Domain
Chapter 7 of 95

都落ち

一

二月ばかり経った。

明治四十年の一月である。ある日田舎の人が二人青山高樹町の彼が僑居に音ずれた。一人は石山氏、今一人は同教会執事角田新五郎氏であった。彼は牧師に招聘されたのである。牧師は御免を蒙る、然し村住居はしたい。彼は斯く返事したのであった。

彼は千歳村にあまり気がなかった。近いと聞いた玉川は一里の余もあると云う。風景も平凡である。使って居た女中は、江州彦根在の者で、其郷里地方には家屋敷を捨売りにして京、大阪や東京に出る者が多いので、の様に廉い地面家作の売物があると云う。江州――琵琶湖東の地、山美しく水清く、松茸が沢山に出て、京奈良に近い――大に心動いて、早速郷里に照会してもらったが、一向に返事が来ぬ。今時分田舎から都へ出る人はあろうとも、都から田舎にわざ/\引込む者があろうか、戯談に違いない、とうっちゃって置いたのだと云う事が後で知れた。江州の返事が来ない内、千歳村の石山氏は無闇と乗地になって、幸い三つばかり売地があると知らしてよこした。あまり進みもしなかったが、兎に角往って見た。

一は上祖師ヶ谷で青山街道に近く、一は品川へ行く灌漑用水の流れに傍うて居た。此等は彼が懐よりも些反別が広過ぎた。最後に見たのが粕谷の地所で、一反五畝余。小高く、一寸見晴らしがよかった。風に吹飛ばされぬようはりがねで白樫の木にしばりつけた土間共十五坪の汚ない草葺の家が附いて居る。家の前は右の樫の一列から直ぐ麦畑になって、家の後は小杉林から三角形の櫟林になって居る。地面は石山氏外一人の所有で、家は隣字の大工の有であった。其大工の妾とやらが子供と棲んで居た。此れで我慢するかな、彼は斯く思いつゝ帰った。

石山氏はます/\乗地になって頻に所決を促す。江州からはたよりが無い。財布は日に/\軽くなる。彼は到頭粕谷の地所にきめて、手金を渡した。

手金を渡すと、今度は彼があせり出した。万障一排して二月二十七日を都落の日と定め、其前日二十六日に、彼等夫婦は若い娘を二人連れ、草箒と雑巾とバケツを持って、東京から掃除に往った。案外道が遠かったので、娘等は大分弱った。雲雀の歌が纔に一同の心を慰めた。

来て見ると、前日中に明け渡す約束なのに、先住の人々はまだ仕舞いかねて、最後の荷車に物を積んで居た。以前石山君の壮士をしたと云う家主の大工とも挨拶を交換した。其妾と云う髪を乱した女は、都の女等を憎くさげに睨んで居た。彼等は先住の出で去るを待って、畑の枯草の上に憩うた。小さな墓場一つ隔てた東隣の石山氏の親類だと云う家のおかみが、莚を二枚貸してくれ、土瓶の茶や漬物の丼を持て来てくれたので、彼等は莚の上に座って、持参の握飯を食うた。

十五六の唖に荷車を挽かして、出る人々はよう/\出て往った。待ちかねた彼等は立上って掃除に向った。引越しあとの空家は総じて立派なものでは無いが、彼等はわが有になった家のあまりの不潔に胸をついた。腐れかけた麦藁屋根、ぼろ/\崩れ落ちる荒壁、小供の尿の浸みた古畳が六枚、茶色に煤けた破れ唐紙が二枚、蠅の卵のへばりついた六畳一間の天井と、土間の崩れた一つ竈と、糞壺の糞と、おはぐろ色した溷の汚水と、其外あらゆる塵芥を残して、先住は出て往った。掃除の手をつけようもない。女連は長い顔をして居る。彼は憤然として竹箒押取り、下駄ばきのまゝ床の上に飛び上り、ヤケに塵の雲を立てはじめた。女連も是非なく手拭かぶって、襷をかけた。

二月の日は短い。掃除半途に日が入りかけた。あとは石山氏に頼んで、彼等は匆惶と帰途に就いた。今日も甲州街道に馬車が無く、重たい足を曳きずり/\漸く新宿に辿り着いた時は、女連はへと/\になって居た。

二

明くれば明治四十年二月二十七日。ソヨとの風も無い二月には珍らしい美日であった。

村から来てもらった三台の荷馬車と、厚意で来てくれた耶蘇教信者仲間の石山氏、角田新五郎氏、臼田氏、角田勘五郎氏の息子、以上四台の荷車に荷物をのせて、午食過ぎに送り出した。荷物の大部分は書物と植木であった。彼は園芸が好きで、原宿五年の生活に、借家に住みながら鉢物も地植のものも可なり有って居た。大部分は残して置いたが、其れでも原宿から高樹町へ持て来たものは少くはなかった。其等は皆持て行くことにした。荷車の諸君が斯様なものを、と笑った栗、株立の榛の木まで、駄々を捏ねて車に積んでもろうた。宰領には、原宿住居の間よく仕事に来た善良な小男の三吉と云うのを頼んだ。

加勢に来た青年と、昨日粕谷に掃除に往った娘とは、おの/\告別して出て往った。暫く逗留して居た先の女中も、大きな風呂敷包を負って出て往った。隣に住む家主は、病院で重態であった。其細君は自宅から病院へ往ったり来たりして居た。甚だ心ないわざながら、彼等は細君に別を告げねばならなかった。別を告げて、門を出て見ると、門には早や貸家札が張られてあった。

彼等夫妻は、当分加勢に来てくれると云う女中を連れ、手々に手廻りのものや、ランプを持って、新宿まで電車、それから初めて調布行きの馬車に乗って、甲州街道を一時間余ガタくり、馭者に教えてもらって、上高井戸の山谷で下りた。

粕谷田圃に出る頃、大きな夕日が富士の方に入りかゝって、武蔵野一円金色の光明を浴びた。都落ちの一行三人は、長い影を曳いて新しい住家の方へ田圃を歩いた。遙向うの青山街道に車の軋る響がするのを見れば、先発の荷馬車が今まさに来つゝあるのであった。人と荷物は両花道から草葺の孤屋に乗り込んだ。

昨日掃除しかけて帰った家には、石山氏に頼んで置いた縁無しの新畳が、六畳二室に敷かれて、流石に人間の住居らしくなって居た。昨日頼んで置いたので、先家主の大工が、六畳裏の蛇でものたくりそうな屋根裏を隠す可く粗末な天井を張って居た。

日の暮れ/″\に手車の諸君も着いた。道具の大部分は土間に、残りは外に積んで、荷車荷馬車の諸君は茶一杯飲んで帰って行った。兎も角もランプをつけて、東京から櫃ごと持参の冷飯で夕餐を済まし、彼等夫妻は西の六畳に、女中と三吉は頭合せに次の六畳に寝た。

明治の初年、薩摩近い故郷から熊本に引出で、一時寄寓して居た親戚の家から父が買った大きな草葺のあばら家に移った時、八歳の兄は「破れ家でも吾家が好い」と喜んで踊ったそうである。

生れて四十年、一反五畝の土と十五坪の草葺のあばら家の主になり得た彼は、正に帝王の気もちで、楽々と足踏み伸ばして寝たのであった。

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